第六話 トムソーヤ

 リムジンからりて来たのは、柏崎かしわざき ゆかりだった。いつの間にか、白いフリルがついた真っ赤なワンピースに着がえている。


「奏也、探したのよ! 一体どこにいたのよ?」


 紫は、こしに手を当てて、奏也をにらんだ。なぜかおこっているようだ。

 べつに紫とは遊ぶ約束なんてしてなかったよなーと考えながら、奏也は、晃牙を見た。

 晃牙も、わからない、といった風にかたをすくめて見せる。


「えっと……男には、いろいろと事情じじょうがあるんだよ」


 奏也は、説明するのがめんどうになって、適当てきとうにそう答えた。

 その時、晃牙が、紫の着ている服が変わっていることに気が付く。


「あれ? 柏崎かしわざきファッションは?」


 今日、学校のしょう降口で、晃牙が見た紫の服は、黒色のワンピースだったはずだ。

 紫の顔が、ぱっと赤くなった。


「うるさいわね! 〝ダメダメ〟じゃなくて、ダメージファッションよ!

 あなたに用はないの。ちょっとだまっててくれるかしら」


 紫は、おでこに青筋を立てながら晃牙に言った。わざわざ奏也のために家に戻り、着がえて来たことを、晃牙に指てきされたと思い、はずかしかったのだ。

 そんなこととは知らない晃牙は、はいはい、と両手をひらひらさせると、くるりと二人に背中を向けた。


「じゃあ、おれの家こっちだから」

「え、おい晃牙。どうすんだよ、読書感想文は?」


 奏也がたずねると、晃牙は、にやり、と笑って奏也を見る。


「あー……まぁ、家にある本でも使って、適当てきとうに書くよ。じゃあな」


 そう言うと、晃牙は、手をふって自分の家へと帰って行った。


「読書感想文って、何のこと?」


 二人きりになってから、紫が奏也にたずねた。

 奏也は、こまった顔で頭をかく。


「ああ……明日の宿題に、やってかなきゃいけないんだ。

 でも、図書館も閉まっちゃってるし、うちにはマンガしかないし……どうしたら……」

「ふーん。本なら、うちにたくさんあるから、今から読みに来る?」

「いいのか?!」


 ぱっと奏也の顔がかがやくのを見て、紫は、ほほをそめた。この笑顔が見たくて、ここまで探しに来たのだと思った。


 奏也は、紫の家のリムジンに乗って、紫の家へ向かった。

 紫の家は、奏也の家から車で五分ほど行ったところにある。

 真っ白なリムジンが、大きな白い門の前でとまった。門柱の上部にカメラがついていて、自動で門が開く。中は、長いアプローチが続いていて、その先に、紫の住んでいる家が見えた。

 四階建ての白いかべに、大きなガラスまどがたくさんはめこまれて、夕陽を反射はんしゃして光っていた。見るからにお金持ちの家だと分かる。〝家〟というよりも、〝お屋しき〟と言った方がしっくりくるだろう。庭だけで、奏也の家がすっぽり三つは入りそうなほど広い。


「お前んちって……図書館みたいだな」


 奏也は、紫に案内された部屋に入ると、口をあんぐり開けて言った。かべ一面が本だなになっていて、どこもかしこも、ぎっしりと分厚ぶあつい本でうめられている。


「どれでも好きな本を選んでいいわよ」


 紫が言った。

 しかし、奏也は、どこから手をつけていいのか分からない。


「どれでもって言われてもなー……たくさんありすぎて、わかんねーよ。

 何かおすすめの本とかあるか?

 できれば、すぐに読める短いのがいいんだけど~……あ、絵があるやつな!」


 紫があきれた顔で、ため息をつく。


「それ、絵本じゃない。しょうがないわね。私が何冊かみつくろってあげるから、そこから選んでちょうだい」


 紫が本だなから五冊の本を取り出して、奏也に見せた。


『モモ』

『トム・ソーヤの冒険ぼうけん

あらしおか

『宇宙樹の生贄いけにえ~アムルと不思議なりゅう〜』

幽霊ゆうれい横丁よこちょへいらっしゃい』


 奏也は、それらのタイトルを見くらべながら、どれにしようかと考える。


「う~ん……よし、この本にしよう!」


 奏也が選んだ本のタイトルは、『トム・ソーヤの冒険ぼうけん』だ。


「ふーん……ま、いいんじゃない。

 小学生が読書感想文を書くには、ちょうどいいかもね」


 口ではそう言っているが、紫の顔は、ちょっと不満そうだ。本当は、他に読んでしい本があったのかもしれない。

 しかし、そんな紫の気持ちになど気付くはずもなく、奏也は、笑顔で紫にたずねる。


「で、この本、どんな内容なんだ?」

「それくらい自分で読みなさいよっ!!」


 盛大せいだいなツッコミを入れた紫だったが、結局そのあと、奏也に聞かれるまま、だいたいのあらすじを語って聞かせた。

 奏也には甘い紫であった。


 奏也が家に帰った時には、すっかり空が暗くなっていた。

 母親は、買い物に行ったきり帰ってこない奏也を心配して、ちょうど警察けいさつに連らくしようとしているところだった。


 「一体どこまでまで買い物に行ってたのよ! 心配するでしょう!」


 と、引ったくり犯をつかまえたヒーローは、母親にしかられて一日を終えた。



 次の日、五年三組の教室では、担任の河合かわい先生が、みんなに宿題をやってきたかたずねていた。

 すると、めずらしいことに、いつも宿題をわすれる一人の男子生徒が真っ先に手を上げた。

 富瀬とみせ 奏也そうやだ。


「すごいじゃない、富瀬くん。それじゃあ、まずは富瀬くんから書いてきたを発表してもらおうかな?」

「はいっ!!」


 奏也は、昨日、紫に教えてもらいながら書いた読書感想文を発表した。その声は、自信に満ちあふれていた。


「……ぼくも、トムソーヤみたいな冒険家ぼうけんかになりたいと思いました」


 奏也が読み終えると、河合先生は、とまどった様子ではく手をした。

 周りのクラスメイトたちは、なぜか奏也を見ながらくすくすと笑っている。


「……ごほんっ、富瀬くん。とってもすばらしい読書感想文を書いてきてくれましたね。ありがとう。でもね……ちょっと大きながあったみたいね」


 河合先生が、こまった顔で笑う。

 奏也は、先生の言っている意味が分からなくて、まゆをしかめた。


「え、何が? おれ、ちゃんと宿題やってきたでしょ? 先生」


 奏也は、あせった。何をまちがえていたというのだろう。


「あのね、富瀬くん。先生が昨日出した宿題は、『家族との思い出』について作文を書いて来て、と言ったのよ。覚えていないかな?」

「えーっ?! うそだー! だってオレ、晃牙から聞いたんだぜ」


 奏也は、あせって先生にうったえた。

 河合先生が、まゆをせる。


「晃牙くんって……三組の白山しろやまくんのこと?

 クラスがちがうんだから、宿題もちがって当たり前でしょう。

 うーん……でも、おかしいわねぇ。たしか三組でも、これと同じ宿題を出すって聞いていたけど……」

「え……えーっ?! コーガのやつ、オレのことをだましたのかぁ?!」


 大声でさけぶ奏也を、河合先生がこら、と注意ちゅういする。


「宿題をわすれたことを、人のせいにするのは悪いことよ。

 女子トイレには入る、宿題はわすれる……富瀬くん。

 バツとして……明日までに反省はんせい文を書いて来なさい! 原こう用紙五枚分よ!!」


 河合先生は、手のひらを開いて、奏也に見せた。


「えーっ?! そりゃないよ、先生ぇ~……」


 その時、クラスメイトのだれかが言った。


「よっ、トムソーヤ!」


 わっ、とクラス中から笑い声があがった。

 それ以来、奏也は、みんなから『トムソーヤ』くんと呼ばれることとなった。

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