第五話 引ったくり犯をつかまえろ!

 あやうくバイクにぶつかりそうになった奏也だったが、バイクの方がよけてくれたため、無事であった。

 ただ、急に自転車のブレーキをかけたため、前カゴに乗せていた買い物バッグからトマトが一つ、道路に転がり落ちてしまう。


 バイクは、奏也をよけた時にバランスをくずして、道のはしに転がった。乗っていた人は、ヘルメットをかぶったまま、バイクから放り出されてしまう。


「わっ、わっ、わっ」


 奏也は、あわてて自転車を止めた。

 そして、転がったバイク…………ではなく、トマトを拾った。

 トマトは、少しつぶれていた。


「あーあ……もったいない。これじゃ、もう食べられないよぉ」 


 そう言って奏也が、トマトに息をふきかけて、ついていたすなを落とす。


 その時、バイクが来た方向から、一人のおばあさんが走って来た。何かさけんでいる。


「ドロボー! ドロボー!」

「おばあちゃん、どうしたの?」


 奏也は、目を丸くして、おばあさんにたずねた。手には、まだトマトをにぎっている。


「ああ……わたしのバッグ、とって行かれちゃったのよ~!」


 おばあさんは、ぜぇぜぇと息を切らしながら、奏也の質問に答えた。


「ええ?! それって、引ったくり?!」


 奏也は、おどろいて大声をあげた。思わず、にぎっていたトマトをにぎりつぶしてしまいそうになる。

 その声に、周りを歩いていた人たちが何事だろうと、視線しせんを向けてくる。


「ほら、あのバイクよ」

「えっ」


 奏也は、おばあさんが指さす方――転がったままの黒いバイクを見た。

 たおれていたバイクの持ち主が、それに気付き、そばに落ちていたヒョウがらのバッグを手に取って、立ち上がる。


「あっ、わたしのバッグ!」


 どうやら奏也がぶつかりそうになった相手バイクは、おばあさんのバッグをぬすんだ引ったくりはんだったようだ。


「くそっ……」


 と、ヘルメットの下からくぐもった男の声が聞こえた。顔は見えないが、全身黒い服を着ていて、いかにもあやしそうだ。

 男は、たおれていたバイクを起こして、シートにまたがると、エンジンをかけた。

 走り出すバイクの背中を指さし、おばあさんがさけぶ。


「ああ……だれか、そいつをつかまえてーっ!」

「待てーっ!」


 奏也も、バイクに向かってさけんだ。

 だが、『待て』と言われて待つ犯人はいない。

 奏也は、走って追いかけようとしたが、足でバイクに追いつくはずがないと気付いて立ち止まる。

 どうしよう、と思った時、奏也は、自分の手に、少しつぶれた真っ赤なトマトがにぎられたままなことに気付いた。走り去ってゆく黒いバイクを見つめ、目標物までのきょりをはかる。

 約五十メートル。

 ……いけるっ、と奏也は、確信かくしんした。


「ピッチャー奏也、投げますっ!!」


 奏也は、そうさけぶと、大きくふりかぶり、持っていたトマトをバイクに目がけて、思い切り投げつけた。

 ちゅうをとぶ赤いトマト。真っすぐ、犯人に向かって行く。


 べちゃっ!


 と、トマトがいやな音を立てて、犯人のヘルメットにぶつかった。


「きゃーっ、ストライク―!」


 おばあさんが両手をたたきながら、とびはねてよろこんだ。

 でも、トマトはトマト。しょせん、ただのトマトでしかない。

 しかも、じゅくしてやわらかかったので、そのまま何事もなかったように犯人はんにんはにげてゆく。


「絶対つかまえてやるーっ!」


 奏也は、自転車にとび乗って、もうスピードで犯人を追いかけた。

 犯人は、頭から真っ赤な血……ではなく、トマトのしるをらしながら去って行く。そもそも自転車でバイクに追いつけるはずがないのだ。

 奏也の自転車は、どんどん犯人のバイクから引きはなされてゆく。

 もうダメか……と奏也が思った時、にげていくバイクの前方に、見覚えのある人物があらわれた。


 白山しろやま 晃牙こうがだ。ペットボトルに入ったコーラを飲みながら歩いている。


「コーガ! そいつを、逃がすな!

 引ったくりだ!」


 奏也は、晃牙に向かってさけんだ。

 すると晃牙は、持っていた『モンブラン』のビニールぶくろから何かを取り出すと、飲みかけのペットボトルの中へ入れた。そして、自分の方へ向かってくるバイク目がけて、ペットボトルの口を向けて……


 シュワワワワァ~~~~!


 ペットボトルの飲み口から、いきおいよく茶色のあわがふき出した。まるで何かがペットボトルの中で、ばく発したかのようだ。

 その正体が〝メンタスコーラ〟だということを奏也は、すぐに見て分かった。

 おかしのメンタスをコーラに入れると、火山がふん火するかのようにあわがふき出すのだ。昔、晃牙が奏也に教えてくれた。

 あわは、犯人のヘルメットにかかり、犯人から視界しかいをうばう。あわてた犯人が、ハンドル操作そうさあやまり、バランスをくずしてバイクが横にたおれた。

 犯人は、ヘルメットをかぶったまま転がる。

 そこへ、後ろから追いついた奏也が、自転車を飛び降りて、たおれた犯人の上にとび乗った。


「ぐぇっ」


 下じきにされた犯人は、カエルがつぶれたような声で鳴いた。

 奏也は、身長142cm、体重36kg。

 しかも、犯人の男は、意外と細身のようだ。


「おい、おばあさんのバッグを返してやれ!」


 奏也がさけぶと、犯人は、首をイヤイヤさせて、にげだそうとした。さすがに奏也一人では、大人の力にかなわない。


「奏也っ!」


 すると、かけつけた晃牙が、犯人の背中にとび乗った。


「ぐへぇっ!」


 犯人は、のどにモチをつまらせたおじいさんのような声を出した。

 晃牙は、身長145cm、体重37kg。

 奏也と合わせれば、大人の男性の平均体重はゆうにこえている。


「はいやーっ!」


 どすんっ、と、追いついてきたおばあさんまで、犯人の背中へとび乗った。

 おばあさんの身長148cm(こしが曲がっているため)、体重……は、不明。

 だがこれで、さすがの犯人もぬけだせないようだ。


「おい、晃牙。そこにあるバッグ、取れるか?」


 奏也が言った。


「え? バッグって……どれのことだよ」


 晃牙は、きょろきょろ周りを見て、聞き返す。

 道路には、ヒョウがらのバッグと、さっき晃牙が落としたモンブランのビニール袋が落ちている。


「あぁ~……だから、オレの自転車の前カゴに入っている……そのピンクの花ガラのやつのことだよ!」


 奏也は、なかばやけくそになりながらさけんだ。


「ああ、これか。……ほら。お前、センス悪いな」

「うるせぇー! これは、母さんのだ!!」


 奏也は、必死に否定しながら、買い物バッグを晃牙から受け取った。

 そして、バッグから、あるを取り出す。


「えぇーい、お縄につけぇーい!」


 奏也は、テレビの時代劇じだいげきで見たセリフを口にした。その両手には、なわとびがにぎられている。弟である獅斗しどのためにスーパーで買ったものだ。

 奏也と晃牙が、なわとびで犯人のからだをしばっているところへ、スーパー『モンブラン』のエプロンをつけた恵子がかけつけた。

 いつの間にか、犯人を追いかけているうちに、モンブランの前までもどって来てしまっていたようだ。


「奏也ちゃん! 晃牙くん! 一体これは、どういうこと??」

 

 恵子は、他のお客さんたちがさわいでいるのを聞いて、スーパーを出て行った奏也と晃牙のことが心配になり、とび出して来たのだった。奏也と晃牙、そして、おばあさんがヘルメットをかぶった人をなわとびでしばろうとしているのを見て、目を白黒させている。


「あっ、恵子姉さん!

 こいつ、おばあさんのバッグをぬすんだ引ったくり犯なんだ!」


 奏也が答えた。


「なんですって?!」


 それを聞いた恵子の表情が、さっと暗いものに変わる。


「だから、早く警察けいさつに……」


 奏也が最後まで言い終える前に、恵子が犯人の前に仁王立におうだちする。


「……さぁ、犯人。かくごしなさい。

 柔道じゅうどうの関東大会で準優勝じゅんゆうしょうした、恵子お姉さまのうで前……見せてあげるわっ!」

「ひぃ~~~!」


 この時、恵子にボコボコにされた犯人を見て、奏也と晃牙は、恵子だけはおこらせてはいけない、ということを学んだ。



 しばらくして、通報つうほうを受けた警察官けいさつかんがパトカーに乗ってやって来た。

 犯人は警察けいさつにつかまり、奏也と晃牙は、二人して人生初の事情聴取じじょうちょうしゅを受けることになった。


「えー……それで、バイクに乗ってにげて行く犯人に向かって、手に持っていたトマトを投げた、と?」

「はいっ! ストライクでした!」

「いや、ストライクだったかどうかを聞いているんじゃなくてだね。

 なぜ、トマトを投げようと思ったのかな?」

「えー、なんとなく? 手にもってたから」


「……で、何を使って犯人のバイクを止めたんですか?」

「メンタスコーラです」

「〝メンタスコーラ〟? なんですか、それは。炭酸ジュースをふって、犯人に向けてかけた、ということですか?」

「いやいや、メンタスコーラは、やばいっすよ。そんなもんじゃないから」

「はぁ……」


 そこへ、奏也が横から口をはさんだ。


「いやぁーよくあのタイミングで、メンタスコーラなんて思いつくよな、晃牙~」

「まぁ、とっさにやったにしては、うまくいったな。

 奏也、覚えてるか? 昔、いっしょに近所の公園でやったら、親にしかられたの」

「覚えてる覚えてる」


 奏也と晃牙が二人で楽しそうに思い出話を始めたのを見て、そばで聞いていた恵子がおこった。


「ふたりとも! 今回は、無事だったから良かったけど……もし、犯人がナイフとか危ない武器をかくし持ってたらどうするつもりだったの?

 いい? また同じようなことがあっても、子供だけで犯人をつかまえようなんて、絶対にしちゃダメだからね!」


 恵子にしかられて、奏也と晃牙は、頭を下げた。


「「はい、ごめんなさい」」


「……ごほんっ。高橋たかはしさん、あなたもですよ。

 いくら柔道じゅうどうが強いからって、まずは、警察けいさつ連絡れんらくしてください。いいですね?」


 警察官けいさつかんにしかられて、恵子は、顔を赤くして頭を下げた。


「……はい、ごめんなさぃ……」



 事情聴取じじょうちょうしゅが終わった時には、すでに空がオレンジ色にそまっていた。

 奏也は、がっくりとかたを落とす。


「あ~あ、結局、公園へ遊びに行けなかったなぁ~……約束してたのに……悪いことしたなぁ」

「なんだ、それで近道して帰ってたのか」

「え、お前、なんでそのこと知ってるんだ?」


 ぎょっとしたように奏也がたずねた。

 晃牙は、ぴゅーいと口笛を鳴らしてごまかした。


「あ~……それより、奏也。お前、読書感想文やったか?」

「え、なんのことだ?」

「今日の宿題だよ。お前がやってたら、写させてもらおうと思ってたんだけど……その様子じゃあ、知らなかったみたいだな」

「知らないよ! えー……今日も宿題わすれて、トイレそうじやらされたんだ。

 明日もまたわすれたら……ヤバイ! ぜったいにヤバイ!

 どうしよう、晃牙?!」

「どうしようったって……お前、本とか読まなさそうだもんな~。

 それに、今からじゃ、もう図書館閉まってるぜ」

「えーっ! ヤバイ! マジでヤバイ!!」


 その時、二人の目の前に、真っ白にかがやくリムジンがまった。

 後部座席こうぶざせきのドアが自動で開き、中から二人の見知った人物が顔を出す。


「げっ」

「紫?!」

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