第四話 ソーヤのお使い

!」


 〝ただいま〟と〝いってきます〟を合わせた奏也の造語ぞうごだ。早く遊びに出かけたい時に、使う。

 奏也は、背負せおっていたランドセルを家の中に置くと、そのまま外へとび出して行こうとした。早く公園へ行かなくては、友だちが待っている。


「おかえり~……って、奏也! 宿題は?」


 リビングから女の声が聞こえた。奏也の母親だ。在宅ざいたくで仕事をしていて、手がはなせないのだろう。


「ないよ! ……あ、じゃなかった。学校でやったんだったー」


 奏也が適当てきとうに答えると、おくから、どしどし、と足音がして、母親が顔を出す。


「本当にぃ?」


 母親は、うたがうような目で奏也を見る。


「本当だよー」


 と言いながら、奏也は、母親から目をそらした。あとで帰って来てからやれば、ウソにはならないだろう、と思っているのだ。


 母親は、まだ奏也のことをあやしんでいるようだった。だが、それよりも仕事の方が気になるようで、部屋のおくをちらちらを見ながら言う。


「それなら、買い物に行って来てよ」

「えーっ、これから友だちと約束があるんだ」

「夕飯がたまごかけごはんになってもいいの?」

「いいよ。オレ、卵かけごはん好きだし」

「だめよ! いいから行ってきなさいっ!」


 そう言うと、母親は、無理やり奏也に買い物バッグをたせた。ピンクの花ガラだ。中には、黄色い長財布ながざいふと、折りたたんだ紙切れが入っている。


「ぇえ~」

「買い物リストは、バッグの中に入れてるからね」


 それだけ言うと、母親は、さっさとおくの部屋へもどってしまった。

 残された奏也は、だんだんだんと足ぶみをする。


「あ~もうっ! 早く行かないと、遊ぶ時間がなくなっちゃうよ~!」


 奏也は、ぱっとボールがはねるように家の外に出て、自分の自転車の前カゴに、ピンクの買い物バッグをつっこんだ。フルスピードでペダルをこぎ、近所のスーパー『モンブラン』へ急ぐ。

 モンブランは、最近できた大型のスーパーだ。食材はもとより、薬局から日用品まで何でもそろっている。

 奏也は、自転車を止めて、店の中へ入った。

 店内は、買い物をする客たちでにぎわっている。

 奏也は、買い物バッグをおなかにかかえながら、きょろきょろと周りを見回した。近所に住んでいる人たちは、大体このスーパーを使うので、知り合いと会うことが多いのだ。

 ピンクの……しかも花ガラの買い物バッグを持っているところを同じ学校の女子にでも見られたらと思うと、おなかの底がそわそわする。

 奏也は、周りに知っている顔がいないことを確認かくにんすると、買い物バッグの中から買い物リストを取り出した。リストに書かれている食材を口に出して読んでいく。


「えーっと……ぶたバラ、ナス……うげぇー、オレ、ナスきらいなのになぁ。

 ……よし、ナスは売り切れだったことにしよう」


 野菜売り場で、山りに置かれているナスの前を、奏也は、素通すどうりした。


「……ダイコン、トマト……う~ん……トマトって、たくさん種類があるんだなぁ。どれを買ったらいいんだ? ……まぁ、いいや。この一番真っ赤なやつにしよう」


 奏也は、じゅくしてやわらかくなったトマトを二つ取って、カゴに入れた。


「あとは……何なに? なわとび?

 だれが使うんだ? ……あー……シドのか」


 弟の獅斗しどは、小学二年生だ。授業で使っていたなわとびが切れてしまった、と昨日話していたのを思い出す。

 雑貨コーナーから適当な色のなわとびを選んで、カゴに入れた。

 ついでに、あとで公園へ持って行く用として、炭酸ジュースとスナック菓子をカゴに放り込む。

 そうして、ようやく奏也がレジへ向かうと、そこで見知った顔に声をかけられた。


「あら、奏也ちゃんじゃない」


 レジで、奏也の買い物カゴを受け取ってくれたのは、近所に住んでいる知り合いのお姉さんだった。空色のエプロンを身に着け、胸元に『高橋』というネームプレートがついている。奏也の五つ上だったので、たしか今年で高校一年生になるはずだ。

 小さいころは、よくいっしょに遊んでもらっていたが、最近は学校がいそがしいのか、道で顔を合わせることもほとんどない。それでも、お姉さんは、奏也のことを覚えてくれていたようだ。

 奏也も、お姉さんのことは覚えていた。


「お使い? えらいわねぇ」


 お姉さんにほめられて、奏也は、少し得意気とくいげむねを張った。


「へへっ。恵子けいこ姉さんは、ここでバイトしてたんだ?」

「そうなの。あんまり近所だから、知り合いばかりに会うわ。

 晃牙くんは、元気?」


 恵子は、手を動かしながら話を続けた。右から左へ、流れるように商品が機械に読みこまれていく。


「あー……たぶん」


 奏也は、お姉さんの質問しつもんに、気まずそうに頭をかいた。


「たぶん? なによ、ケンカでもしたの?」


 恵子が、まゆをしかめながら奏也を見る。

 だが、奏也も何と答えていいのか分からない。


「うーん……そういうわけじゃないんだけど……」

「早く仲直りしなさいよね。あんたたち、すっごい悪ガキになるだろうなーって思ってたけど、見ていて面白いんだから。

 ……あら。それ、かわいいバッグね」


 恵子は、全ての商品を機械に打ち終わると、奏也の持っていたピンクの買い物バッグを指さして言った。

 奏也は、顔を真っ赤にして首をすくめる。


「いや、これは……そのぉ~……母のです……」

「ふふ、わかってるわよ。気を付けて帰りなさいよー」


 奏也は、財布からお金をはらい、買い物カゴを持ったままレジをはなれた。そそくさと買い物バッグに商品をつめて、店を出る。


 せっかく知り合いに会わずにすんだと思ったのに、最後の最後で油断ゆだんしてしまった。よく見てレジの列を選べば良かったかな、と奏也は思った。

 でも、ひさしぶりにキレイになっていたお姉さんと話ができて、それはそれでうれしい奏也なのであった。


 買い物バッグを自転車の前カゴに乗せて、自転車をこぐ。前カゴが重くて少しふらつくが、急いで帰らなければ、遊ぶ時間がどんどんなくなってしまう。

 奏也があわてて角を曲がろうとした時、目の前に一台のバイクがせまって来ていた。


「わっ!!」


 奏也は、びっくりして急ブレーキをかけた。


 危ない!!

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