チャリンコ

清明

第1話

ブレーキをかけながら坂道を下る。

昔そういう感じの歌があったような。

でも確かあれは二人乗りで、だからその分重くなってスピードが出ててしまうせいでブレーキをかけていたのではないか。

今の私は一人乗り。

ブレーキを離してしまおうか。

いや、やっぱり止めておこう。

こう見えてジェットコースターに乗れないくらいビビりなのだ。

自転車といえども、坂道では結構なスピードが出る。

小学生でもないのに、度胸試しする必要はあるまい。


そういえば小学生の時、度胸試しをした。

私が通っていた学校が坂の上にあり、勇猛果敢、無知蒙昧、曖昧模糊、焼肉定食、一日一善、我こそは勇気ある者、と証明したいガキンチョどもはこぞってその坂道をチャリンコノーブレーキで下っていった。

もちろんそんなことを学校の先生達が許すわけはなく、全校集会で何度も交通安全の講習と坂道チャレンジの禁止令を繰り返していたが、特に効果は無かった。


あの頃は、ビビっているやつは下に見られた。

下に見られるのは、小学生じゃなくても辛い。大人になった今でもそう思う。

大人になれば対処の方法はいくらかあるが、小学生の時は相手の誘いに乗るしか方法が無かった。


そう、小学生の私は誘いに乗った。

あいつは本当に嫌なやつだった。今でも嫌いだ。

私は運動は得意ではないけれど、頭は良かった。態度も良かったし、先生からの評価も高い。

あいつは運動は得意だったが、頭は悪いし態度も悪い。先生も手を焼いていると言っていた。

私はあいつと関わりたくはなかったのだが、なぜか事あるごとにつっかかってくるのでしょうがなく相手をしてやっていたのだ。

そんなある日、あいつが勝負しようと持ちかけてきた。

公平な勝負だ、テストも体育も関係ない、必要なのは度胸だけ。どうだ、やろうぜ。

やるか馬鹿。

そう思ったが、しかし、度胸が無いと思われるのも面白くない。

それにどうせ、坂道チャレンジをしようと言うのだろう。

やったことは無いが、別に大したことはあるまい。

いいよ、やろう。それで何をやるのさ?

へへ、坂道チャレンジさ。

やっぱり。


先に坂の下にある踏切を渡り切ったやつが勝ち。

そういうルールになった。

大人になって思うが、マジでそういうのやめろ。

もっと周りを見ろ。そこらじゅうに危険が溢れているぞ。

ともあれ、あの頃の私達は周りが見えていなかったわけで、そんなルールで勝負することになった。


カウントダウンが始まる。

あと数秒でこの坂道をノーブレーキで下る。

賢い私は、事前に親友に相談をしていた。

どうせどっちが先に踏み切りを渡ったか揉めるから、判定人として踏み切りにスタンバイしておいてくれ、と。

あいつは馬鹿だから判定人とかそういうの考えてもいない。

きっと私がビビってブレーキかけるだろうから、圧倒的な差で勝てる、と考えているのだろう。

馬鹿め、絶対にお前より先にブレーキはしないぞ。


3

2

1

スタート。

私もあいつも立ち漕ぎで一気にスピードを出す。

ペダルがスカスカ空回りし始める。

もうここからは漕いでも無駄だ。

そのまま立ちながら、気持ち前傾でスピードに乗る。

両者互角。

下り切る前にペダルを回した方が勝ちか…?

そんなことを考えていた時、


坂の下から車が登ってきた。

この坂道は片側一車線。

そうだ、先生が言っていた。

車が、来るから、

でもまだ事故にあったやつはいないんだっけ、

いや、避けなきゃ、

ブレーキ、

いや、

勝負、

ブレーキじゃぶつかる、

避けろ。

避けろ。

自転車を傾けた時、すぐ隣にあいつがいた。


あいつの、あの顔はいまだに覚えている。


大人の私はゆっくり坂道を下る。

下りきった先、私がいつも行く定食屋がある。

店に入るといらっしゃいませーと威勢のいい言葉が聞こえる。

焼肉定食で。

はーい、焼肉定食一丁。

店主が奥から顔をだす。

よう、また太ったんじゃねえか?


ほらな、やっぱり嫌なやつ。


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チャリンコ 清明 @kiyoaki2024

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