第14話  実績づくり一筋800年

 この前来た時からとっても気になっていた事がある。

 シェリーさんが、私への支度金を渡す前に飛び込んだ奥の部屋。

 どうなっているのかな。

 金庫だったら、この規模の施設に相応しくバカでかいはず。

 せめて扉だけでも見てみたい

「奥の部屋なのですけど、どうなってるんですか」

「奥ですか。ただの金庫室ですけど、よろしかったら見学します?」

 やはり金庫だった。

 ぜひ見たい。

「御願いします」

「ではどうぞ」奥を指し示す。

「あのー、勝手に入っていいんですか」

「どうぞ、ただし仮眠中の方がいますので、お静かに」

「はい」

 半信半疑、恐る恐る扉を開ける。

 いきなり金庫の中‥‥か?

「あのー、金庫室、扉とかないのですか」

「そこが金庫で、それが金庫の扉よ」

 蹴とばせば壊れてしまいそうな、薄い板の扉が金庫の扉。


 中は作業場のようになっていて、私よりも小柄でがっちりした体格のおじさん達が金貨を溶かしている。

「各国から集まった金貨を溶かして、精製していますの。金の純度を99.9999%まで上げているのですよ」

 一緒に入ったエポナさんが教えてくれる。

 作業をしている奥には、富士山か‼ と言いたくなる程の金貨や金製品が積んである。

「随分とあまい警備体制ですね」

「奥の方、よく目をこらして御覧なさいませ」

「奥ですか」

 暗くてよく見えないけど、暫く見続けていると何かの輪郭が見えてきた。

「ドラゴン?」

「はい、警備主任です」

 生ドラゴン。

 始めて見たわ。


 部屋から急いで出ると、幻覚としか思えない光景は水に流し、現実的且つ肝心な質問をする事にした。

「私のお給料日はいつですか」

「異世界司書の方は毎月末になっていますが、現金での受取ですと、出張していた場合は帰還後になります」

 ん? 出張。

 さっきのエポナさんの話と合わせて考えると、異世界への出張があるのが異世界司書ってなるけど。

「出張って」

「出張経費とか手当が出るから、御心配なく」

 聞きたいの、そこじゃない。

「出張手当って」

「ここの時間で、一日千円です」

 そうじゃなくて。

「出張経費って」

「出発前に一時金として金貨二枚を支給。それ以上に関しては、異世界司書の権限による現地調達も許されてるわね」

 一時金二万六千円か、主張手当より多い。

 短期なら悪くないわ。

「基本給って、私の場合はどうなってます」

「今は一時間985円ですね」

「低っ! バイトの時給より安いんですけど」

「初任給ですから」

 十五・六万てところか、一引き二引きだとー、結構厳しいなー


「ねえ、エポナさんの月給は」

 下世話な話で失礼とは思ったが、比べるものが欲しかった。

「わたくしですか。今月は小金貨で12枚でした」

 円換算してくれないかな。

「えーっと。円にすると?」

「120万円ほどかと、もう少し入っていますが、日々レートが変わりますので」

 給料がえらい博打になってないか。

「どうして。何で。私悲しいです」

「しかたありませんわ。お給金は勤続年数・経験・仕事の効率・博物館への貢献度等々、総合的に判断されますから。まだ実績のない奈都姫様は最低ランクからですわよ」

「ランクね。最低って、私ってば、どこら辺りのランクなんでしょうか。シェリーさん教えて」

「産まれたばかりの新生児と同じ【Z】」

 ショーック‼

「実績って、いくら何でも貧富の差が大き過ぎますよ。エポナさんは勤続何年なんですか」

「わたくしですかー。今年で823年目に入りましたわ」

 何も言えないじゃないか。


「そんな事より、クリスマスのお買い物ですわよ」

 何と、今日はイヴだったか。

 ここ数日というもの、あまりにも忙し過ぎてすっかり忘れていた。

 それよりここ数年、イブは一人で家に引き籠っていた。

 取り立ててやる事もないと決めつけていたし。

 シェリーさんとの茶飲み話を早々に切り上げ、サッと帰る。

 エポナさんの買い物準備が素早い。

「奈都姫様、早くー。行きますわよ」

「はいはい、分かりましたから。そんなに慌てなくても、お店はまだ開いてますよー」

 急かされるままガレージに行くと、トラックに乗ったエポナさんが待っていた。

「トラックで行くんですか」

「はい、買い物が沢山あるものですから」

 エポナさん、やけに楽しそうだ。

「なんだかとっても楽しそうですね」

「それはそうですわ。あっちの神界では宗教儀式を制限されていますし、人間界ではクリスマスをきっかけに戦争が起きた事もあるのですよ。今でも、クリスマスを祝うのは博物館のタブーなのです。それが、こっちの世界では堂々とバカ騒ぎができるますから、嬉しくて嬉しくて」

「クリスチャンなんですか」

「いいえ、バカ騒ぎが好きなだけです。私、お仕事の都合上、宗教団体には属しておりませんし、どの神にも同じように対応させていただいていますの」

「ふーん、気を使う仕事なんですね」

「はい、ストレス溜まりまくりですわ。あっ、奈都姫様のお仕事は別ですわよ。とっても楽しくやらせていただいています」

 本人目の前にして、異世界人の同類とは言えないわね。

 でも、今の発言は善意として受け止めましょう。

 今夜は久しぶりに楽しいイブになりそうな予感。


 予想の通り、イブはとっても盛り上がった。

 エポナさんは分身達と並んで、見事なラインダンスを披露してくれた。

 私には特技がないので、DVDプレーヤーをプレゼントした。

 ところが、異世界博物館にはDVDそのものがないとかで、おばあちゃんが好きだった闇金業者を主人公としたヤクザ映画の全巻セットも一緒にあげた。

 これを、彼女は恐ろしく気に入ったようで、暇さえあれば見ている。

 近々、博物館の所蔵品にするような話も出ているらしい。


 ホールケーキを切りながら、エポナさんがぶつぶつ独り言を唱え始めた。

「何か言いましたか」

「聞こえちゃいましたー。実は、もう直ぐあちらに行かなくてはなりませんでしょ。何を揃えて行けばいいか暗唱していたのです」

「メモしないんですか」

「何百点もありますから、覚えた方が楽です」

  

 翌日、またもやトラックに乗り込み、研修期間中に必要と成るであろう物の買い出し。

「DVDにゲームに漫画本。お酒、あとお菓子ね。チョコレートははずせないわ」

「エポナさん、娯楽品ばかりじゃないですか。遊びに行くんじゃなくて研修ですよ」

「分かっていますわよ。分っていないのは奈都姫様です。研修とは言ってますけど、あれは事実上の軟禁ですの。一年間のうち、研修日数は150日です。それも、9時から17時までの8時間きっちり。休憩なしの昼食なしですけどね」

「なにそれ、飯抜きって、酷い。拷問じゃないですか」

「よーく聞いてくださいな。研修日は、予備日も入れて150日しかなくてですね、215日はお休みなのです」

「それ、いいかも。いっぱい観光できますね」

「それは違います。ここからが本題。期間中、研修場の中に張られた結界からの外出は一切禁止されていますの。私も含めて」

「エポナさん、本当の話してます? 盛ってませんか」

「このような事情がありますので、とにかく夜は暇です。テレビもラジオもありません」

 寂し厳しだなー。

「ですので、この手の物はいくら有っても良いのです。決して要らなかったなどと言う事にはなりませんの」

 私も、思いつく限りの食品や娯楽を買いあさった。

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