第19話


 中がチラリと見えた瞬間、そう溢した。指先は脱力したけれど、重力に勝てない包装紙が、ハラリと捲れ、包んでいたものをさらけ出す。

「わぁ、いつもサキちゃんが持ってきてくれてたやつに似てるね」

 カレンさんが、顔を近づけ、手に取りたそうにそれを見つめた。我慢ならずに人差し指をのばす、と、タッくんの手が優しくそれを払った。

「サキねぇ」

「んー?」

「今日も、持ってきてくれた?」

「うん。もちろん」

 私は、私の缶をカバンから取り出して、そぅっとプレゼントの隣に置いた。ここまではっきりと見比べるのは、私もはじめて。なんだかとっても、不思議な気分。じっくりじっくり、違いを探す。

 記憶の中の缶と比べた時は、もう少し似ていたような気がする。

 でも、隣に並べてみると、やっぱり違う。

 けれど雰囲気は、兄弟か何かみたいに、まるでそっくり。

 缶と缶も、クマとクマも、ロボットとロボットも。

「あ、あのさぁ、タッくん」

「なぁに? サキねぇ」

「こっちの方がいい? っていうか、ほら。こっちのロボットは、タッくんに返そうね。それで、ええっと……」

「サキねぇ」

「だから、その……。ちょっと待ってね。頭の中がこんがらがってきちゃった」

「サキねぇ!」

 今まで、タッくんの話し声を、何度も聞いてきた。元気な声も、弱った声も。いろんな声を聞いてきた。そんな私でも、その声は聞いたことがなかった。はっきりとしていて、力強くて。ベッドの上なんて似合わない、話を聞かない生徒に注意する先生みたいな声だった。

「え、えっと、なに?」

「ロボット、返さなくていいから。サキねぇからのプレゼントをもらう。これからずぅっと、大事にする。そっちのカンカンは、サキねぇが大事にして。宝物だと思って、大事にして。カンカンとアイちゃんだけじゃなくて、オレのロボットも大事にするの、忘れないでよ? アイちゃん、ひとりにしちゃだめなんだからね?」

「あ、あぁ……うん」

 ユウくんの大きな手が、タッくんの頭をわしゃわしゃと撫でる。

「アイのこと、想ってくれてありがとな」

 タッくんが、鼻の下をぐしぐしと擦りながら、恥ずかしそうに笑った。

 その様を見て、心があたたかくなったからだろう。心の中でキンと冷えた小さな塊の存在が、心の目で見えるほど、はっきりと浮かび上がる。

 私には踏み込めない世界で起きている、心の会話が目の前で交わされている。私のような、当事者に近いけれど当事者ではない不思議な存在には、想像しかできない世界で起きている、心の会話が、目の前で。

「で、ユウにぃは何かくれんの?」

「コラッ。プレゼントってものはねぇ、要求するものじゃないんだから!」

 ついさっきまで撫でられていた頭に、コツン、と優しいゲンコツが落ちる。

 イテテ、と、私にもわかる心の声が聞こえた。

「俺からもあるよ。だけど、ここを出て、しばらくしてからね」

「ちぇーっ。退院してからのお楽しみかよ」

「いいじゃんか。楽しみがあった方が、より嬉しいだろ?」

「ま、そうだね!」

「と、いうことで、カレンさん。後日ご協力のほど」

「ええ、もちろん。打ち合わせ通りに」

「なんだよぅ! 母ちゃんは知ってんのかよぅ!」

 カレンさんが、ぺっと一瞬、舌を出した。

 私も知らない計画が、水面下では動いているらしい。

 タッくんの唇が、ブゥ、ととがる。私も少し、ほんの少し、同じ顔をしたい気分。ユウくんのいじわる。誘ってくれてもいいじゃん。って、心がこっそり拗ねてる。

「それ、サキねぇも一緒じゃなかったら貰わないから!」

 タッくんが不貞腐れながら言った。私の心は、タッくんの応援団長と化していた。フレー、フレーとタッくんの主張をおす。

「何言ってんの? タツキ。サキちゃん呼ぶに決まってるでしょ!」

「なーんだ。それならいいや」

 もちろんいい。いいけど、よくよく考えたら、よくない! その計画のことを、私は少しも知らないんだから。

「え、えっと? 私、も、ですか?」

 焦り訊ねると、

「話してなくてごめん。でも、大丈夫」

「いや、何が大丈夫?」

「サキと遊ぶ予定、この前入れたじゃん?」

「ああ、うん」

 心当たりはある。一緒に遊びに行こうと誘われて、二つ返事で了承した記憶がある。

「それ、これ」

「はぁ……。はあっ?」

 ピリッとした雰囲気を全身で感じて、もう考えなくても出せるようになってる、絶妙なボリュームで私は囁く。

「すみません、お騒がせしてます」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る