第18話


 ちょっと買い物に行く時みたいな、いつもとなんら変わらないメイクと服で身を飾り、約束の五分前に、プレゼントを持ってそこへ行く。

 やっぱり、と言えばいいのやら。ユウくんは、文庫本片手にすでにその場所にいた。

「お、きたきた」

「ごめん。お待たせ」

「全然待ってないし」

「本当?」

「まだ十ページしか読んでない」

「それ、結構待ってそうに聞こえるけど?」

「いやいや、俺、結構読むの速いから」

 会話は途切れない。どちらが「行こう」と言うでもなく、足は勝手に動き出す。私はユウくんの隣を、話しながら、笑いながら歩いた。

 歩道の花壇は、今日も美しい。

 もうすぐこれを、タッくんも見ることができるのだろうと考えると、心にも花が咲くようだった。

 歩き続けると、視界には見慣れた白い巨体。

 それに私が慣れたのか、はたまた白い巨体が私に慣れたのか。いや、タッくんの状態が良くなったからだろうか。はじめてここに来た時や、ひとりで通った時と比べて、この時は張り詰めた緊張をあまり感じなかった。チクチクとした痛みはある。けれど、その棘の先端は、今は丸い。

 巨体の独特の雰囲気と香りにのまれる。今日は比較的穏やかに、力強く歩ける。

 ユウくんが面会の受付をしてくれている間、私はそのそばにひっついて、彼が走らせるペン先を見ていた。

 私は刹那、そこに違う書類を想像した自分に気づいて、首を振る。

「どうした?」

「なんでもない」

 ――何をしにここへ来たのか、わかっているでしょう?

 ひとり、自分を責めた。すると、巨体もともに、私を責めてくれた。私をぶすりと緊張感という棘で刺してくれる。その痛みで、すべきことへとまっすぐに心の目を向けられた。

 白い巨体の愛情に、私は「ありがとう」と心の声をそっと放つ。


 廊下を歩く。

 病室の前で立ち止まる。

 コンコンコンと、ノックする。

 返事を待たず、ドアを開ける。

 ニカッと眩しい笑顔が、私たちを迎えてくれる。


「きたきたぁ」

「おお、元気そうじゃん」

 ユウくんの言葉は、小さく弾んでいた。

「久しぶりだね。ユウにぃとサキねぇが一緒にくるの」

「まぁ、そっか」

「それで? いつ結婚するの?」

「け、けけけ、けっこん!?」

 病室だっていうのに素っ頓狂な声を出してしまって、周りの人にギリギリ聞こえて、だけどお騒がせしないくらいのボリュームで、

「すみません、お騒がせしました」

 囁きながら、ぺこりぺこりと頭を下げる。

 そんな私を柔らかく見つめながら、タッくんとユウくんが、クスクスと笑い合う。

「ごめんね。茶化すなって何度も言ったんだけど」

「そんな母ちゃんは、『ふたりが結婚するなら、結婚式にお呼ばれしたいぃ』って言ってましたぁ」

「コラッ! ……あっ、すみませ〜ん」

 カレンさんが、ポリポリと頭を掻きながら微笑んだ。こんなに穏やかな笑顔、はじめてかもしれない。ずっと彼女の笑顔には、必死さが混じり続けていたから。

「そうだ。これ、気が早いんだけど。退院のお祝い」

「え、いいの? ありがとう、サキねぇ」

 ニッコニコの笑顔が、太陽のように眩しい。差し出したプレゼントに伸びる腕に、絆創膏がチラリと見えた。

「開けていい?」

「もちろん」

 タッくんは、胸に手を当てながら、ふぅ、と大きくひとつ、深呼吸をした。そして、タッくんのタイミングで、それを開けた。

「……あ」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る