第17話


 相手は男の子だ。

 女の子だったらなんとなくツボがわかるけれど、男の子のツボはさっぱりわからない。こんな時こそユウくんに聞いた方がいいような気もするけれど、なんだか今は違うって感じがする。わかっている誰かに頼って選ぶんじゃなくて、わかろうとして考えて、悩んで選んだもので、私は喜んでもらいたい。

 いつものように食べ物でもいいけれど、今回は物でもいいかもしれない。記念品のようなイメージで。

 とりあえず、なんでも売ってそうな雑貨屋さんに入る。ここならなにか、ヒントをくれると信じて。

 素敵な商品が並ぶパラダイスのようなそこは、誘惑でいっぱいだ。人のために来たはずなのに、いつの間にやら自分が使ってみたいものを手に取っていた。首をブルブルと振る。違う。お祝いの品を探しに来たんじゃないか、と、自分に言い聞かせる。

 何度も何度も言い聞かせながら、ゆっくりゆっくり、店内を巡った。頭を使っているからか、それとも時間をかけすぎたからか、お腹の虫が、ギフト菓子のコーナーへと誘う。

「……あ」

 それはまるで、ユウくんから貰ったクッキー缶のようだった。ひょい、と手に取り、ぐるりと全体を見る。思いついて、缶を片手にキーホルダーコーナーへと急いだ。クマとロボットが欲しい。この缶に入るくらいの、クマとロボットが。

「あぁ……」

 いざ、キーホルダーを前にして、私は人目も気にせず頭を抱えた。これは、不要か? 彼にロボットを返して、アイちゃんを渡せばそれでいいのではないか? いや、アイちゃんを誰かに渡すとしたら、ユウくんに返すべきなのでは? 結局、私はどうしたらいい?

「あれぇ? サキ? 何してんの?」

 背後から、知っている声がした。私は泣きそうになりながら振り返る。

「ミドリぃ、助けてよぅ」

 言いながら、私は消えてなくなりたくなった。ミドリの隣には、噂の婚約者なのだろう、見知らぬ人がいた。初対面の人には絶対に見せたくない顔を、見せてしまった。恥ずかしい。けれど、恥をかいてしまったという過去を変えることなんてできない。だから、諦めた。もうどうでもいい。婚約者の友だちが、情けないからなんなのだ。私がこんな情けなくても、ミドリの魅力が減るわけじゃない。なんなら増すんじゃないか? そうだ、きっとそうだ、そうに違いない。

 私は、今抱えている悩み事を、二人が聞いてくれるかどうか確認するでもなく、綿球のマシンガンを放つように喋り出した。私は、穏やかとは無縁な心が吐き出す言葉を止めなかった。

 伝えたいことは全部言った気がする。けれど、思考回路はショートしているから、伝える順序なんてさっぱり。そんな難解だろう言葉を、二人は真剣に受け止めてくれた、と、私は思う。

「ほうほう。それで、困ってると」

 ミドリは私から缶を奪い取り、真面目な顔をしてキーホルダーと大きさを比べ始めた。

「ミドリ。さっき見てたところにさ、これくらいのクマとロボット、あったよね」

「ん?」

「見なかった?」

「気にしてなかった」

「あったんだよ。このくらいのふわふわのクマのぬいぐるみと、このくらいのロボット。たぶん、この缶にふたり仲良く入れると思うんだけど」

「ハルト、それマジ?」

「サイズ感は勘だけど」

「よっしゃ。行くよ、サキ!」

 持つべきものは友って言葉が、これほどまでにはっきりと事実であると思えたのは、はじめてのことだ。

 その友との再会を、縁を再び繋げてくれたユウくんに、感謝しなくちゃ。

 

 それがあるだろうコーナーの近くまでは、ミドリが案内してくれた。私たちの三歩後ろを、ハルトさんがついてくる。

 ミドリがこれ以上わからないって手を上げたその先は、ハルトさんが私たちを追い越して、三歩前を歩いた。

「アレ」

 ハルトさんが指差す前に、私の目はしっかりとそれを捉えていた。これもまた、全く一緒ではない。けれど、どこか兄弟のような、似た雰囲気をまとっていた。

 お菓子の缶を開けることはできない。実際に、中にそれらを入れてみることはできない。だから、缶に二つをあてて、あちこちから大きさを確認してみる。

 いい感じ。お菓子を全部食べたなら、ここに二人を住まわせられる。

「噂のキューピッドへのプレゼント?」

「え? キューピッド?」

「その……タッくん、だっけ?」

「あぁ、うん。もうすぐ退院だって聞いて」

「そっか」

「でも、もしかしたら私のものになるかもしれないし、ユウくんのものになるかもしれない」

「何それ。どういうこと?」

「私が持ってるやつをタッくんにあげて、これを私が持った方がいいかな、とか。これをタッくんにあげて、私が持ってるやつはユウくんに渡したほうがいいかな、とか……」

 ミドリの顔を見た。視線はすぐに合わなくなった。ミドリの視線はハルトさんへ向いて、二人はなにか納得し合うような、「でしょう?」と同意し合うような、不思議な顔をして、笑った。

「少なからず、ササッキーには聞かなくていいと思う」

「え、なんで?」

「そういう未来だろうからさ。あー、もう! 甘酸っぱいなぁ! 何歳だよ! 青春かよ!」

 ミドリがニカッと笑った。ハルトさんがそんなミドリの頭を撫でると、無邪気な笑みがどんどんと恥じらいに染まる。

 ――甘酸っぱいのはどっちだよ。

 そうツッコミたくなって、だけど言葉を飲み込んだ。

 ミドリが言いたいことが、はっきりと言わなかったことが、私にはわかった。それが間違いではないのなら、私とて頬を恥じらいで染めなければならなくなりそうだ。

 甘酸っぱいの、ごちそうさま――内緒の言葉を表情に変える。ニッコリ笑うと、赤いニッコリが返ってくる。

 そんな未来が来るだろうかと疑う心をひた隠し、レジへ向かう。選んだそれらは、包装紙の中に隠してもらった。

 手を振る。甘いふたつの背中を見送る。

 運命ってなんだろう。

 いくつになってもわからない。

 ただ、今日こうして寄り道したのも、ここで二人に会えたのも、きっと誰かの優しいイタズラなんだろうな、と思う。

 例えば、いるのかどうだかわからない、神さま、とか。



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