第16話
にゅいーっと空へ向かって伸びるそれは、下から見ると歪んで見えた。錯覚か何かなのだろう。地球が丸いからなのだろうか。
「サキ。なんか食べたいもの、ある? あたし、なんか食べたい」
「お、確かに小腹空いたかも」
ふたり分の視線を感じる。私は、「メニューを決めてくれ」って言われているような気がする。
「じゃあね……たこ焼き食べたーい!」
根元に広がる、地上都市への入り口を指さした。
熱々のたこ焼きを、はふはふと火傷しそうになりながら頬張る。幸せ。この後、前歯が青のりまみれにならないか、ちょっと不安だけど。今日は歯磨きセットを持ってきてないんだよな。でも、本当に困ったらコンビニへ行ってパッと買ってトイレに行けばいいか。今はただ、美味しい時間を満喫しなくちゃ。青のりを気にして楽しめないなんて、勿体無いにも程がある。
そもそも、こうしてなんとなくたこ焼きを食べられない人だっているんだから。
ふと考えて、ハッとした。自分がどうしてたこ焼きを選んだのか。それは、純粋な自分の意思ではなかった。タッくんの願いの小枝が、私の心にたこ焼きを渇望させたんだ。
心の中に意識的に刻み込んだところで、日々の様々な出来事が上書きされるうちに、どこかへ隠れていたそれが、無意識に顔を出したんだ。
「どったの? 箸止まってるけど。まんぷく?」
「え? あぁ……ちょっと、考え事!」
パクッとまんまるのまま、口に放る。鉄板から逃げ出してしばらく経ったそれは、もう火傷しそうなほどの熱を持ってはいなかった。美味しくて、心地いい熱さが、口の中で弾ける。
「それで? ふたりはいつになったらくっつくの?」
コーラをズズッと啜った後、「このコーラ、ちょっと薄い」と微笑むような、軽やかな口調でミドリが言った。
「……ん?」
噛みきれていないタコを丸呑みしそうになって、私は咽せる。
「そもそもさ、運命の赤い糸に導かれて、再び出会ったっていうのにさ、くっつかない以外の選択肢が存在してることに驚きなんだけど。え? ふたりとも、誰かと付き合ってるわけじゃないんだよね?」
「ま、まぁ……」
ユウくんを見ようとした。でも、ついさっきまでのように見られない。どうしてこうも、ドキドキしてしまうんだろう。
ようやくチラリとユウくんを見る。たこ焼きが残っているっていうのに、両手を合わせてる。ごちそうさま? なぜ、今? 不思議なことが、頭をぐるぐるした。それが、ごめんね、みたいな意味であると気づくまで、何秒かかったかわからない。
「その話をここでするとは、小谷も悪よのぅ」
「いや、ササッキーがちゃんとしないのが悪い」
「ごめん」
大学の時、よっぽど仲が良かったんだろうな。私が知ってるミドリとも、私が知ってるユウくんとも、どこか違う気がする。
「ま、あたしは先に? まーじで幸せになるんで。そこんとこよろしく」
ミドリが私のたこ焼きを一個、勝手に食べた。
ニッて笑いながら、もぐもぐしてる。
「喉渇いた。レモ……レモンティー飲みたい」
私は、無意識に――背く。
カレンさんから、メッセージが届いた。
そこには退院が決まったと書かれていて、だから私は駅のホームで電車を待っていることを忘れて、ガッツポーズをした。
周囲から冷たい視線を感じて、身が震える。
いいじゃないか、このくらい。
そう思うけれど、冷たい目で見たくなる気持ちも、わかる。
続けて、ユウくんからもメッセージが届いた。
――退院ちょっと前祝い、一緒に行かない? 久しぶりに。
今度はガッツポーズをしていない。だからか、周囲から冷たい視線を感じることはない。けれど、身が震えた。心ごと、ブルッて。
肉体と衣服と。そんな、誰かから見て私だろう部分を除く全てが、数日後のことばかりを巡らせた。何を持っていこう。コンビニにちょっと寄って買ったお菓子とか、そんなんじゃ嫌だ。でも、高価すぎても気をつかうだろうな。ただ「ありがとう」って受け取って、それっきりのものがいい。
なんだ? そんな都合がいいものを、私の頭や心はパッと思い浮かべることができない。
目の前に、乗ろうとしていた電車が滑り込んでくる。ドアが開いた。ムスッとした表情の人々が、ダラダラと降りてくる。似たような表情の人々が、我先にと乗り込んでいく。おしゃべり相手がいる人は、にっこり笑って吊り革を掴んだ。その隣、スーツの二人組は、緊張感でいっぱいだ。何かうまく行かないことでもあったのだろう。貫禄たっぷりの上司らしい人に、もう一人がぺこりぺこりと頭を下げている。
ドアが閉まります、とアナウンス。ピコンピコンと警告音が響く。ドアが閉まると、電車はすぅっと、走り始めた。
私はそれを、ただ見ていた。
――あと、もうひとつ話があるんだけどさ。
メッセージに二つ返事を返して、電車が行くのを見送ると、入った改札から、私は出る。
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