第13話


 カレンさんは、さっきよりも少しスッキリした顔をして、病室に戻ってきた。

「はしゃぎすぎて疲れたみたいで……」

 ユウくんが申し訳なさそうに言うと、

「だと思った! 平気よ。あとで叱りつけておくから」

 タッくんが掛け布団を鼻の上までグッと引いた。

「うっそ〜。叱りつけたりはしないよーだ。良かったね。お兄ちゃんお姉ちゃんが遊びにきてくれて」

 穏やかな声が響く。掛け布団が、タッくんの全身を包み隠した。カレンさんが微笑みながら、その視線を私にくれた。懐かしい、感情たっぷりの視線。愛が溢れた、心温かい、柔らかい視線。

「それで? タツキはサキお姉ちゃんに見せたの?」

 ガバッと音がする勢いで、掛け布団がめくれて、タッくんの顔が見えた。タッくんは、カレンさんのことをじぃっと見る。たぶん、今、ふたりは視線で会話してるんだと思う。このふたりなら、そんなことができても、なんらおかしくはない。

 カレンさんは、引き出しを開けて、中からロボットをひとつ取り出した。大きさは、アイちゃんのクマと同じくらい。

「これが、タツキ」

「……え?」

「タツキがね、ユウお兄ちゃんから、アイちゃんのこととか、クマさんのこととか、サキお姉ちゃんのことを聞いて、『オレにもそういうの欲しい!』って言い出したの」

 私はその瞬間、とても失礼な想像をした。

 化身を欲する、それつまり、自身の死期を悟っているのでは? っていう、最悪な想像を。

 何を言ったらいいのかわからなくって、口をつぐむ。余計なことを口走らないように。

「母ちゃんは、オレの話、ちゃんと聞いてない」

 ふてくされた、小さな声。

「え?」

「欲しいって言ったけど、なんか、こう……。その言い方だと、ただロボットが欲しいヤツみたいじゃん。オレ、そこまでガキじゃない」

「まだまだガキだろ?」

「ユウにぃまで! もう! オレはこんな病気やっつけて、ユウにぃみたいにでっかくなるんだもん!」

 ぷくぅ、とタッくんのほっぺたが膨れた。私も、とっても彼に失礼だけど、まだまだ小さい子だな、なんて思って、少しだけ頬を高くした。

「サキねぇ。お願いがあるんだよぅ」

「んー? なぁに?」

「そのロボット、サキねぇのカンカンに入れておいてくれない? アイちゃんと一緒に」

「私は構わないけど……」

「ふたり一緒だったら、アイちゃんは寂しくなくなるし、オレもひとりぼっちじゃなくなる気がするからさ」

「タッくんは、ひとりぼっちじゃないよ」

「わかる、けどさ。なんか時々、寂しくなるんだ。だから、アイちゃんからしたら迷惑なんだろうけど」

「迷惑っていうようなヤツじゃないよ、アイは」

「ああ、うん。だから、その……。誰かと一緒にいられて、それを誰かが大事にしていてくれたら。ひとりじゃないからって、なんていうんだろう、そのぅ」

 タッくんの中に、言いたいことの形は、見えている気がした。恥じらいを感じる。そりゃあ、そうだよな、なんて思って、私は目尻を少し落とす。

 タッくんくらいの歳のとき。同じようなことを言おうとしたとき。私に私の顔は見えないけれど、きっと、こんな感じだったんだろうな、なんて思う。

 誰かとの繋がり、誰かとの愛を、無邪気に語れる歳を、ほんの少し通り過ぎた時。それまで感じることのなかった恥じらいが膨らんで、戸惑いを感じる時。

 複雑な今を、彼は病気と闘いながら、生きている。

「頑張れる気がした?」

 長く感じた沈黙を経て、ユウくんが明るい声音でそう問いかけた。

「……そんな感じ。今もね、ユウにぃが来てくれるから、頑張れてる。母ちゃんだけだったら、ちょっと違う気分だったと思うんだ」

 カレンさんの身体が、ビクッと震えた。

「母ちゃんだけだったら、もっとこう……変に頑張っちゃったと思う。甘えられる存在が、母ちゃんとか父さんだけじゃないって、その、あのぅ……」

 また、タッくんの姿が、掛け布団の下に消えた。


 家に帰るとすぐ、カバンから缶を取り出して、そっと机に置いた。

 ふぅ、と大きく息を吐いてから、それをゆっくりと開く。

 つい数時間前まで、クマしか入っていなかった缶に、今はクマとロボットがいる。ふたりが入るには、少し小さい。だから、ふたりはギュッてくっついて、そこに収まっている。

「元気になってくれたら、うれしいなぁ」

 ロボットをそっと撫でながら、私は呟く。

 ロボットをそっと撫でる時、小指が少し、クマに触れた。

 どう言い表せばいいのか大人になってもわからない、あたたかい何かが私の手を通って、クマからロボットへ、ロボットからクマへと、行ったり来たりしているような気がした。



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