第3話
ひとりもくもくと、カツカレーを食べた。
昔、食堂で食べたカレーは、野菜がゴロゴロしてて甘めだった。今日のカレーは、野菜がドロドロに溶けているし、自分でそうしたっていうのもあるけど、ピリリと辛い。
「あーあ。今年も終わるのかぁ。ひとりぼっちのまま」
ひとりごちた。
近くのおじさんと目が合って、微笑まれて、照れ笑う。
何やってるんだろう、私。
また、何にも変わらなかった。
ただ、なんとなく幸せに生きただけ。
それは、とても幸せなことだ。
でも、ほら。
彼氏が欲しいなぁとかさ。今年こそは結婚して、同窓会に行かないための言い訳が欲しかったなぁとか、思っちゃうんだ。
卒業してすぐは、同窓会やるよって言われたら、喜んで行った。
でも、ある時から、「仕事の都合が」とかボソボソ言って、避けるようになった。
年々、結婚したからとか、子どもができたとか、遠方に転勤になったとか、そんな理由で参加者が減っていく。
だんだんと、幸せをつかめない惨めな奴の慰め合いをする会みたいになりだして、嫌になって逃げた。
独り身なんだから暇でしょ? って、断るたびに言われるのが、正直ストレス。だから、今年こそはって思ってたんだけど。
思ってるだけじゃダメみたい。縁結びの神様のところにでも、頼みに行けばよかったかなぁ。
薄く積もった雪を踏みしめ歩く。おっとっと、時折つるりと滑りかける。ペンギンみたいにヨチヨチ歩く。誰もいない家に、私は帰る。
汚れを落としたいつも通りの家でひとり、年を越す。
煩い、迷惑だ、と鳴らされなくなった、近所の寺の除夜の鐘。代わりに動画サイトで配信されている鐘の音を垂れ流す。
ゴウン、ゴウン、ゴウン……。
鐘の音が鳴るたびに、なぜだか煩悩は膨らんだ。
春が近づいて、私はようやく、重い腰を上げた。
縁結びにはここがいいと、ネットが、顔と名前はわかるけど会ったことのない、現実感の乏しい人が言ってる神社に来た。
「いい出会いがありますように」
手応えなんてないけれど、神頼みなんてこんなもんだろう。神様に頼んだことを私自身が忘れないように、お守りをひとつ、買ってみる。
川沿い、駅までの道中は、少し咲いた桜を愛でることができた。満開まではまだまだ遠そうだけれど、桜まつりが始まっているらしい。まつり会場へ向かったり、そこから帰ってくるたくさんの笑顔は、桜よりも先に満開となっていた。
そんな顔を見ていたら、私も混ぜて、って気持ちが膨らむ。せっかくここまで来たのだから、雰囲気だけでも味わっておくか、と、寄り道を決めた。
熱せられた油やソースの香りがぷわん、と広がり、わたあめ屋台からはいくつもの雲が旅に出た。まだまだ肌寒いというのに、かき氷は売れるらしい。「寒いぃ、凍えるぅ」と笑いながら、サクサクと氷を掬い、口に運ぶ若者たち。
射的に挑戦している老夫婦。子どもを連れたお母さんが、りんご飴に齧り付く。
幸せが、溢れている。
「この奥で、レモネード売ってます!」
そう、大きな声で言いながら歩く人は、プラカードを持っていた。小児がん支援のために、レモネードを売っているのだと、そのカードに書いてあった。
まつりには来たけれど、何を買うつもりもなかった。雰囲気だけのつもりだった。
けれど、今このすっきりとした心には、レモネードが合うと思った。いま、レモネードを飲むだけで、誰かのためになるのなら――わたしはそれを、したいと思った。
買ったらすぐに、駅へ行こう。
直近数分の予定を決めて、私はレモネードスタンドへと歩みを進めた。
たどり着いたそこには、他の屋台に負けず劣らず、威勢のいい声で協力を求める、数人の大人がいた。
さっきのプラカードの人と同じジャンパーを皆着ている。この紺色のジャンパーが、この活動をする人の証、といったところか。
会計に使っているらしい机の上には、レモネードのペットボトルと、募金箱。机の横にドン、と置かれた大きなクーラーボックスの中では、氷と水と、ペットボトルが揺れている。
「あ、あの、一杯……じゃないか。一本いただけますか?」
「ありがとうございます!」
お金を差し出す。返ってきたお釣りを、手のひらの上に乗せたまま、三秒見つめた。グッと握りしめてから、募金箱の中に、全部入れた。
「ありがとうございます、ありがとうございます!」
心の底の感情が、瞳に宿った笑み。深々としたお辞儀。
手渡された、水気を拭き取られたレモネードを、ぐっと握りしめる。空っぽになった私の手が、ひんやりと温められる。
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