last ep 優しい月

〝一之瀬兄弟が幼なじみを取り合って対決〟なんて噂はすぐに全校に広まってしまった。〝生徒会長は魔性の女〟だとか〝負けた方は学校を去る〟だとか、尾ひれもついてるみたいだけど。

試験は七月の初めだから、あと二週間と少ししたら結果が出る。


その二週間も、私は今まで通り志月に勉強を教えてもらってる。

「他動詞にはaboutはいらない」

「あ、またやっちゃった」

違うのは、もう架月のノートはとってないってことと……

「架月は今日も図書館なの?」

「俺と陽波が一緒にいるのを見てるとムカつくって」

志月が苦笑いで言った。

架月はあれから真面目に授業に出て、休み時間も放課後も勉強してる。

「急に志月と勉強で勝負なんて、何考えてるんだろうね」

「でも陽波、うれしそうだよ」

「え……」

志月の言葉に首をぶんぶん振る私を見て、彼はまた苦笑いで私の頭をなでた。

「いいよ、気をつかわなくて。架月が変わってくれて、俺だってうれしいんだから」

「……うん、私も」

志月は本当に大人で優しい。


教室では、私があげたノートを見ている架月の姿が信じられなくて、ついつい隣の席に目がいってしまう。

「あんまり見るなよ。集中できねえ」

変わったはずの架月は口の悪さはそのまま。

「……だって、あの頃の架月が戻ってきたみたいなんだもん」

気にしないなんて無理。

「戻ってない」

架月はノートに目をやりながらつぶやく。

「俺の隣にヒナがいないんだから、あの頃とは全然違う」

「……」

答えに困る。

「絶対取り返すから」

あの頃よりも低くなった声でそんなことを言われたら、ついドキッとしてしまう。


放課後、今日は星良とファーストフード店でおしゃべり。

「魔王って勉強できるの?」

「まあ志月と双子だからね。でも、ちゃんと勉強してた頃の話だよ」

「それで? 魔性の女の陽波ちゃんは、どっちを応援してるのかな?」

「その言い方やめてよ。志月に決まってるでしょ、彼氏なんだから」

私の彼氏は志月なんだってことをはっきりさせるための勝負なんだから。

そんな会話を繰り返しながら、試験期間はあっという間に終了した。


「え!? 架月満点かよ」

「勝手に見るなよ」

「でもお前、世界史も満点だったよな」

「だから、勝手に見てんじゃねーよ」

架月と友だちが騒いでいる声はクラス中の耳に届いていて、私にだって聞こえてるのにわざわざ星良が報告をくれる。

「これは、もしかするともしかするんじゃない?」

私だって、バスケの時とは反対のことが起きていて驚いている。

星良の言う通り、もしかしたら……なんてことを考えてしまう。


試験結果の順位が廊下に貼り出される日。

自分の順位は今まで気にしたことが無かったし、志月がずっと当たり前に一位だったから、こんなにドキドキしながらこの紙を見るのは初めて。

上位五十名の順位と氏名と点数が掲載された紙を、後ろの方からゆっくり見ていく。

二十位……十位……

五位、四位、三位……

まだ、どちらの名前も無い。

一瞬目を閉じて、小さく深呼吸して目を開ける。

【二位 一之瀬架月】

【一位 一之瀬志月】

「魔王もすごいけど、さっすが王子」

星良が感心しながら言う。

二人の点差はたったの四点だった。

「あぶなかったな」

二人の名前を見つめてたら、後ろから声をかけられた。

「志月」

「これで堂々と陽波の彼氏を名乗れる」

「うん」

わかりきってた、当たり前の結果。

志月が私に微笑みかける。

「陽波、ちょっと話いい?」



志月と話をした私は、屋上に向かった。

「立ち入り禁止だって言ってるでしょ?」

柵にもたれかかって考えごとをしている背中に声をかける。

「今日くらいいいだろ。打ちひしがれてんだから、放っとけよ」

声音が、前とは比べ物にならないくらい優しい。

「俺、超ダセえ。バスケも負けて、勉強も負けて……」

ボヤくみたいにつぶやく。

「志月から伝言預かってきた」

「なんだよ、勝利宣言かよ」

私は首を横に振る。

「『サボってたわりにやるじゃん。俺から一点あげる』って」

志月マイナス一、架月プラス一、これで二人の点差は二点。

「いらねーよ。俺の負けは変わらないし」

「いいの? そんなこと言って。陽波賞もあげようと思ったのに」

「え?」

「〝ヒナミ〟の〝ミ〟は〝三日月〟の〝三〟だから、陽波賞は三点」

指を三本、ピースみたいにする。

「いらない?」

「……いる」



『さすが志月、すごいね。おめでとう』

志月について行った空き教室で、お祝いの言葉を伝えた。

『ありがとう』

『架月もすごかったけど、志月が勝って安心した』

これで全部平和におさまるから。

『陽波、本当にそれでいいの?』

『え?』

『陽波が目を合わせないのは、嘘ついてる証拠』

『そんなことない』

志月が私の頭に、なでるみたいにポンと手を乗せる。

『あのね陽波。俺、最近気づいたんだ』

『何に?』

『俺が好きなのは、架月のことで一生懸命になってて、架月の横で笑ってる陽波だったんだって』

『……』

『最近の陽波、すごく良い顔してるよ。それが答えだって思ってる』

『でも、勝負……』

『こんな短期間で陽波のためにあれだけ点数が取れたんだから、架月の勝ち』

志月は優しく笑ってくれた。

『電車で見かけたら目で追うくらい、バスケしててもコートの隅の陽波が気になって仕方ないくらい、あいつにとって陽波はずっと特別なんだよ』

だからすぐに私のピンチに気づくんだって、志月は言った。

『それに俺も、陽波に想われてる架月がうらやましくて意地悪してたとこあるし』

『え?』

『母さんが俺を選んだんじゃなくて、架月は長男だから連れて行くなって父さんに強く言われて連れて行けなかったんだ』

志月が眉を下げて言う。

『俺が父さんに選ばれなかったんだよ。ずっと知ってたのに教えなかった』

『選ばれるとか選ばれないとか、そんなんじゃないよ』

首を振って否定する私の言葉を、志月は意思の読めない笑顔で聞いていた。

『もう一つ、あいつに伝言』



「『もう陽波を泣かすな』って」

「……それは無理」

架月はため息交じりの苦笑い。

「だってもう泣いてんじゃん」

「だって……」

架月に優しく抱きしめられる。

志月の優しさと、またこの温もりを感じられる日が来たことが信じられなくて、涙が溢れる。

「今までの分まで大事にする。もう、うれしいこと以外で泣かせない」

また、涙がこみ上げる。

「ねえ架月」

「ん?」


「今日、一緒に帰ろ」


fin.

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冷たい月 ー双子の幼なじみと消えない夜の傷あとー ねじまきねずみ @nejinejineznez

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