ep2 鍵
次の日。
「おはよう、陽波」
学校の廊下で志月がいつも通りのあいさつ。
「お、おはよ」
昨日のことを思い出して動揺する私を見て、志月は「ははっ」っておかしそうに笑う。
「意識しすぎ」
「だって……」
志月が私の頭の上に手をポンと乗せる。
「そういう陽波もかわいいけど、普通にして。放課後もいつもみたいにうちに来て欲しいし。じゃ、授業がんばって」
そう言って、彼は自分の教室に入っていった。
ひとの心臓の音なんて全然気にしてないって感じの余裕ぶり。
「陽波、おはっ」
教室の後ろ側にあるロッカーから教科書を取り出そうとしていると、背後から明るく声をかけられる。
「おはよ、
ゆるくパーマのかかったセミロングの髪をおろしている彼女は
「さっき見たよー」
「何を?」
「王子に頭ポンポンされて、真っ赤になってる陽波チャン」
志月は本当にみんなの憧れで、品の良い感じだから〝王子〟なんて呼ばれてる。
「なんかあった? いつもと雰囲気違ったけど」
「べ、べつに……」
「あやしいな〜! 教えろー」
星良が私のブレザーの上からコチョコチョくすぐってくる。
「ちょっとー!」
って、私が振り返った瞬間だった。
「邪魔」
通路をふさいでた私たちに、高いところから不機嫌そうな低い声。
「……あ、ごめん……おはよう」
進路をあけてあいさつする私なんか無視して、架月は自分の席に向かう。そして不機嫌そうなまま、ドカッと腰を下ろす。
「こっちはいつも通りだね」
星良がヒソヒソ耳打ちする。
そう。べつに今日が特別不機嫌なわけじゃなくて、学校に来た日の架月はだいたいこう。
ブレザーにニットベスト、それにワイシャツとネクタイをきちんと着こなしていた志月に対して、架月はブレザーにボタンが二つ開いたワイシャツ、それにゆるいネクタイ……。元はそっくりな顔だけど、顔つきとファッションがあまりにも違うから、とても双子には見えない。
そんな架月の席は私の隣だったりする。
朝のホームルーム。名前を呼ばれた架月は熱の無い返事で出席を知らせる。
一時間目、国語。机に突っ伏して爆睡。
二時間目、数学。私のとなりの席は空っぽ。
いつものことだけど、ついため息をついてしまう。
「何度も言ってるでしょ、昼休み以外は立ち入り禁止」
二時間目の休み時間、校舎の屋上の隅で寝ている架月に声をかける。
「教室戻って」
「うるせえなぁ……放っとけよ。学校来てやってるだけマシだろ」
「そういうわけにはいかないよ。生徒会長として、立ち入り禁止の場所への侵入は認められない」
志月が生徒会副会長で、どういうわけか私の方が生徒会長。
架月が舌打ちする。
「マジでうるせえ……」
そうボヤいて、架月の大きな身体がムクッと起き上がる。
このまま教室に行ってくれることを願いながら、彼の後について屋上を出る。
〝ガチャッ〟って私が鳴らした音に、階段をおりかけていた架月が振り返る。
「これからは昼休み以外は鍵、かけることにしたの」
にらまれるのは、想定内。
「志月と一緒に先生に相談したの。これからは生徒会で管理するから」
「……お前、本当にうぜぇな」
そう言って、架月が階段をのぼってこっちにくる。
「出せよ、鍵」
今閉めたドアを背に追いつめられる。
「ダメだよ」
架月の鋭い目で見下ろされて、心臓が緊張してドクドクって鳴ってる。
「お前さあ——」
「何やってんの?」
階段の下から志月の声。
「陽波が屋上行くって言うから、見に来て良かった」
「さっすが王子サマ、か〜っこいー」
バカにしたように言うと、架月は階段をおりてどこかへ行ってしまった。
「大丈夫?」
「う、うん……鍵、志月が持ってて」
志月に鍵を渡して歩き出しても、私の心臓はまだバクバクと落ち着かない音を立てている。
架月の鋭くて冷たい視線が胸に突き刺さってるみたい。
結局架月は教室には戻っていなかった。
二人のお父さんは、私たちの高校にたくさん寄付してる。だから架月の出席日数だって、少しくらいは学校がごまかしてくれるんだと思う。……いけないことだけど。
放課後。
「陽波」
教室のドアのところから、迎えに来てくれた志月に呼ばれる。
「やっぱりもう付き合ってるんだよね?」
ニヤけた星良の目。
「ちがうよ、一緒に勉強してるだけ。塾みたいなもんだよ」
「〝会長と副会長はお似合いだ〟ってみんな言ってるよ」
ニヤニヤ顔の星良を無視して、志月と下校する。
「架月、結局五時間目まで戻ってこなくて。戻って来たら来たで、ずーっと寝てた」
「まあ、教室にいただけマシかな。ていうかあいつの場合、登校してただけマシだろ」
志月の発言に、思わず「クスッ」と笑う。
「架月も言ってた。『来てやってるだけマシだろ』って。やっぱり双子だね、言い方が似てる」
「そうかな」
めずらしく、少しご機嫌ナナメな感じの志月の声。
「あ、文房具屋さんに寄りたいな。ノート買いたい」
「それって架月に渡すノート?」
彼の質問に、コクッとうなずく。
「買っても買ってもすぐ無くなっちゃうんだよね」
苦笑いで言う。
「そんなことしなくていいんじゃない?」
「え?」
「……だってあいつ、お礼も言わないし、何も返してこないだろ?」
私はうつむいて首を横に振る。
「そういうの、欲しいわけじゃないから……」
これは……ただの罪悪感。
「だけど架月だってもうガキじゃないんだからさ、〝あの日〟のことはもう忘れていいんじゃない?」
また、首を横に振る。
架月はきっと、今でも私を許してない。
◆
中一の夏の終わり。
あの頃は私と架月はお互いのことが好きだった。幼いなりに、恋人として。
『離婚? 架月たちのお父さんとお母さんが?』
ある日の放課後、架月と二人で行った家の近くの河川敷で聞かされた離婚の話。
『まあ、わかってたんだけど。うちの親って全然仲良くなかったから』
『そうなんだ……』
『ヒナが落ち込むことないじゃん』
架月が頭をクシャクシャッてしてからなでてくれた。
私はその頃から髪を伸ばし始めていた。
あの頃の架月は、髪は今と同じように真っ黒だったけどサラッとした短髪で、スレたところなんて全然無かった。
『じゃあ……』
離婚の話を聞いて、ある不安がよぎった。
『二人はどうなるの? どこかに引っ越しちゃうの?』
『……』
その質問に、架月が少しの間黙ってしまった。
『志月は母さんと一緒に隣街に行く。俺は父さんと、この街に残る』
架月はさみしそうに笑って言った。
『そうなんだ、志月いなくなっちゃうんだね……さみしくなるね』
そう言ってしょんぼりした私を、架月がギュッて抱きしめた。
それから、優しくキスしてくれた。
『俺にはヒナがいればいいんだ』
『架月……』
二人の両親の離婚の話も、志月が引っ越してしまうことも悲しくてさみしかった。だけど架月がくれた言葉と、抱きしめてくれたのはうれしくて、そんな時でさえドキドキときめいていた。
架月のさみしそうな笑顔の意味にも気づかずに。
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