第8話 キリカ、君がヒーローになればいいんだホ!

 学校が長期休暇に入り、キリカは魔法で空を飛んで上空から市内をパトロール。いつバエンナーが襲ってきても即対応出来るようにしていた。

 ある時、いつもの定期巡回コースをチェックしていると、彼女の友達のたまきの姿が目に入る。


「今日はどこかに遊びに行くのかな?」


 パトロールついでに友達のメガネ少女を見守っていると、彼女はキリカが瞬きをしたその一瞬の間にフッと姿を消してしまった。


「えっ?」


 キリカはすぐに消滅地点に降下。ステッキを取り出して、この周囲のどこかに異常がないか念入りに調べ始めた。


「人が一瞬で消えるなんて……魔法でもないと有り得ない」


 魔法少女の魔法探査能力は、周囲に魔力の残滓があればそれに気付くと言う程度のもの。痕跡が丹念に消されていたら感知する事は出来ない。修行して力を増したキリカであっても、その条件は一緒だった。


「ダメだ、何も分からない」


 自力で謎が解けなかったので、ここはサポート魔法のエキスパートのトリの出番だ。キリカはすぐに彼を呼び出した。


「お待たせホー!」

「お願い、たまきが消えちゃったの」

「任せるホ!」


 やって来たトリは、すぐに周囲を調べ始めた。上空、周囲、路上、ぐるりと三次元的に異常がないかを調べ、その結果をキリカは固唾を飲んで見守る。


「どう?」

「あったホ。地面に魔法陣の痕跡があるホ」

「えっ? 全然気付かなかった」

「それも当然ホ。この魔法陣、もう魔力が霧散してしまっているホ」


 トリいわく、たまきを転移させた魔法陣は使い切りのもので、一度使用するとすぐに消滅してしまうらしい。

 そうなると、魔法少女の探知魔法では感知出来ないのだとか。


「どうにか出来る?」

「この魔法陣なら、構造式が簡単だからすぐに復元出来るホ」

「お願い!」


 キリカはトリに向かって両手を合わせ、彼も復元を了承。秒で魔法陣は復活した。


「この中に入れば同じ転移先に行けるホ」

「分かった。ありがと!」


 彼女はすぐにその魔法陣に飛び込み、トリも後を追う。2人が転移した先は、今北市内の廃校になった小学校だった。

 その意外な転移先に、キリカは戸惑う。


「何故こんな場所に?」

「たまきちゃんはきっとあそこホ!」


 感知能力で気配を察したトリが指し示したのは、廃校の体育館。彼女は相棒の言葉を信じ、周囲を警戒しながら古いかまぼこ状の建物へと向かった。


「ねぇ、これもジドリーナ帝国の仕業なのかな?」

「まだ分からないホ。でも、もしそうなら戦略を変えてきたって事ホね」

「別の魔法を使う組織の可能性は?」

「それは聞いた事ないホ。とにかく油断は禁物ホ」


 体育館に着いた2人は、こっそり中の様子を確認する。すると、確かにそこにたまきの姿はあった。彼女ははりつけのような形で体を拘束されていて、今は意識を失っているように見えた。


「いたホね。早く助けに行くホ」

「……」


 この状況で、キリカはすぐに動かなかった。いつもの彼女の性格を知っているトリは、不思議そうな表情を浮かべてくりっと首をひねる。


「キリカ? どうしたホ?」

「この姿のまま飛び出したら、たまきが私の正体に気付いちゃう。そうなったら、いつかジドリーナ帝国に彼女が狙われる事があるかも知れない……」


 そう、魔法少女と言っても顔はそのまま。知り合いに会うとバリバリに正体が分かってしまうのだ。一応記憶を消す魔法もあるものの、最初からの知り合いには効果が薄い。キリカは友達を心配するあまり、逆に動けないでいた。

 こうして真相が分かったところで、トリは軽くため息を吐き出す。


「何だ、そんな事かホ」

「そんな事って! 私は……」

「正体がバレなきゃいいんだホ。僕に任せるホ!」


 トリはそう言うと、キリカに向かってふうっと甘い息を吹きかける。それは魔法のブレスで、彼女は光の繭に包まれながらその体型を変えていった。


「な、何したの?」


 キリカの質問に、トリは黙って手鏡を差し出す。それを受け取った彼女は、自分の顔を見て驚いた。


「これが……私?」

「それなら正体はバレないホ」


 鏡に写ったキリカの姿は、見事に少年の体つきになっていた。当然顔も少年顔で、誰もキリカだとは気付かないだろう。

 服装もミニスカではなくてパンツ姿。魔法少女から魔法少年へと変わったのだ。


「確かにこれなら大丈夫かもだけど……ちょっと違和感が」

「友達を助けるには些細な事ホ」

「そうだね! 行こう!」


 こうして、彼女、いや彼は友達を奪還するために体育館に突入する。ガランとした体育館内では、磔になったたまき以外に人の姿は見当たらなかった。彼女の頭には何かの器具が取り付けられており、伸びたコードが特殊な装置に繋がっている。拘束された彼女がまぶたを閉じているのは、何かの実験を受けて気を失ったのか、それとも――。

 とにかく、とても痛々しい光景には違いなかった。


「今助けてあげる!」


 キリカがたまきのところまで駆け寄ろうとしたところで、突然背後からものすごい殺気を含んだオーラが漂ってきた。


「お前……誰だ?」


 その声に振り向くと、ガングロでスキンヘッドでムキムキの大男が体育館の入口に立っていた。その肉体を誇示するかのように服は素肌にジージャン。当然前ははだけている。下半身はキワキワのデニム地ホットパンツだ。

 結構な露出具合だったので、キリカは思わず口走る。


「へ、変態?」

「キリカ、そいつは四天王のガングロンだホ。前にも一度遭遇しているホ!」

「え?」


 トリの言葉に、彼女は自分の記憶を反芻する。ムキムキなマッチョに覚えはなかったものの、ツルッツルのスキンヘッドには該当する記憶があった。


「もしかして、超バエンナーをけしかけたのはあなただったの?」

「俺、お前知らない。初めて見る。邪魔をするなら殺す。早く出ていけ」


 どうやら、ガングロンはあまり好戦的な性格ではないようだ。とは言え、キリカだってここで引く訳には行かない。何しろ友達が捕まっているのだ。その事件の首謀者を目の前にして、逃げる選択肢なんてあるはずがなかった。


「あなた、何が目的なの!」

「女王の命令。それだけ……」


 ガングロンは言葉少なめに誘拐の理由を語る。詳しい事は聞かされていないようだ。彼はゆっくりとキリカに近付いてくる。その筋肉に比例した重い圧が、彼女の精神を圧迫しつつあった。


「くっ……」

「ここはお前のいるべき場所じゃない。早く出ていけ、でなければ……」


 キリカが目に見えない圧に抗っていたその頃、トリはたまきに接近して、彼女の頭につけられている謎の器具の正体を突き止めていた。


「キリカ! たまきちゃんは洗脳魔具を付けられているホ! 洗脳が完了したらヤバいホ!」

「たまきになんて事を!」

「女王の命令だ……邪魔を」

「邪魔するに決まってんでしょーがっ!」


 キリカはステッキに魔力を充填させてガングロンのガングロの肌に直接当てる。そして、ゼロ距離で攻撃魔法を炸裂させた。


「シン・爆熱エクスプロージョン!」

「グアアアアッ!」


 本気を出した彼女の魔法を直接浴びたガングロンは、この一撃で体育館の壁を突き破って空高く吹っ飛んでいく。3人目の四天王とのバトルは、敵に反撃の隙を与えるまでもなくキリカの一方的で圧倒的な勝利に終わった。


「あれ? 結構弱い?」

「四天王の強さはギャールオ以外の3人はほぼ同格なんだホ。つまり、パリピーナに勝てたら後の2人にも勝てるって訳ホ」

「そうなんだ」


 邪魔者もいなくなったと言う事で、改めてキリカはたまきの体を固定していた拘束を解いていく。頭の洗脳装置は複雑な解除方法を実行しないと爆発するような厄介な代物だったものの、キリカの魔法とトリの的確な指示で無事に取り外しに成功。

 開放した友達をお姫様抱っこで運んでいる途中で、たまきはゆっくりとまぶたを上げた。


「あ、あなたは……?」

「え? えっと」


 この想定外の状況にキリカは一瞬戸惑う。ただ、少年化しているのでたまきは自分を助けた人物の正体に気付いてはいない。

 友達の反応に安心した彼女は、不信感を抱かせないように演技を始める。


「ぼ、僕は……君を助けに来たんだ」

「あ、あなた様が私を? あの黒い男は?」

「あいつは僕が倒したよ。だからもう大丈夫」


 体育館を出たところで、キリカはたまきをゆっくりと下ろした。


「あの、私はこれからどうしたら」

「今から君を元の場所に戻すよ。そこから先は大丈夫でしょ?」

「え? あ、はい……」


 キリカはステッキを振って、彼女を転移前の場所に転移させる。こうして事件は無事解決。キリカはパトロールを再開させたのだった。



 翌日、コンビニまで買い物に出かけた彼女は、その途中にある公園のベンチでぼうっとしているたまきに遭遇する。


「たまき? 大丈夫?」

「あのね、昨日ね。私、謎の大男にさらわれちゃったんだ。そしたら、かっこいいいヒーロー様が助けてくれたの」

「そうなんだ。良かったね……」


 昨日の出来事をマシンガントークされて、キリカは冷や汗を流す。その会話の内容から、どうやら彼女は昨日自分を助けてくれた美少年に心を奪われてしまったらしい。


「ああ、また会いたいな。私だけのヒーロー様ぁ……」

「あ、会えるといいね。あはは……」


 愛想笑いをするキリカをスルーする格好で、たまきの独白は延々と続いていく。仕方なく、コンビニはあきらめるキリカなのだった。

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