中編
数日後、俺たちはパーティメンバーの募集に応募が来ていないか確かめに酒場を訪れた。
「ああ。あんたたちか。来てるよ」
四六時中赤ら顔の酒場の親父さんは、カウンターの下を漁って三枚の紙を天板の上に置いた。
「三通か。まぁ、上々だな」
ビフが三枚の紙を横に並べる。そこには名前の他に簡単な略歴が書いてある。さすが、募集したのが魔術師とあって、どれも簡潔ではあるがちゃんとした文章で必要な情報が書き連ねてあった。これが戦士などとなると、名前だけしか書かれていなかったり、そもそも字が書けないから親父に言伝する人間だっている。
「見てよ、この人。弓も使えるってよ」
バーニャが俺の肩を叩く。
「おい、どういう意味で言ってるんだよ。俺じゃ不満なのか? どれだけ弓の腕に自信があるのか知らんが、ローグ・レンジャーの俺に狙撃で勝てるとは思えないな」
俺は鼻で笑った。クロスボウの扱いと鍵開けに関しては誰にも負けない自信がある。
「まぁ、俺もブラットと同意見だな。魔術師は魔法を専門としてほしい。マジック・ボルトが撃てるなら、弓なんて使う必要ないだろう」
俺たちは残りの二枚を順番に見た。一枚はごくごく平凡な経歴の書かれたもの、そして残りのもう一枚に俺の目は留まった。同時にビフとバーニャの目も同じ紙に留まったのがわかった。
「エルフだと?」
俺はふたりと顔を見合わせた。
「魔道学院を飛び級で卒業したって書いてあるけど、これマジ?」
バーニャが懐疑的な目を向けてくる。
「エルフだったら可能性はなくはないかな。魔術の素養はズバ抜けてるとも言うし。元々、入学のときにすでにある程度のレベルにあって、トントン拍子に進級したってことも考えられるだろ」
俺が真っ当な意見を返しても、バーニャの渋面は変わらなかった。
「そんな優秀なヤツが応募してくる? もし、この経歴に嘘がないんだったら、引く手数多でしょ。それでも売れ残ってるんだったら性格的にヤバいヤツなんじゃないの?」
バーニャの言うことにも一理ある。俺はリーダーの意見をうかがうためにビフへ目をやった。ビフは無言でうなずいた。
「まぁ、一回会ってみりゃいいだろ。これが本当ならキッシュの穴はすぐに埋められるし、ヤバい人間かどうかはすぐにわかる。確かめてみよう」
件の魔術師は名前をガイ・ヤーンといった。初顔合わせは酒場の一角だったのだが、ガイがやって来たとき、俺たち三人はもれなく戸惑った。戸惑いのあまり、挨拶以外、誰も他の言葉を口にできなかったほどだ。だが、そこはリーダーのビフがなんとか言葉を絞り出してくれた。
「え~っと、ガイ。応募の紙を見たよ。優秀な魔術師が俺たちのパーティに興味を持ってくれて嬉しい。まずはありがとうと言わせてくれ」
ビフの逞しい手とがっちり握手を交わし、俊英らしい切れ長の目元に笑い皺を浮かべたガイは、どこからどう見ても人間だった。魔道学院を飛び級で卒業したというところをわずかに疑った俺たちだったが、その疑いは大渓谷ほど深まった。そもそもこいつはエルフじゃないじゃないか。何度も耳を見たが長くもなければ尖ってもいない。とんでもないペテンだ。種族を偽って応募してくるやつが経歴詐称をしていないとは思えない。さすがのビフもまずそこに切り込んだ。
「でだ、ガイ。ここにはお前はエルフだと書いてあるんだが」
ビフが応募の紙に指先を置く。
「俺の目にはどう見たってお前が人間に見えるんだ。その、事故か何かで耳をやってるとか、何か理由があって人間の姿を取ってるっていうのなら、俺は失礼なことを言ってるのかも知れないが、どうしても確認せずにはいられなくてな」
ガイは気分を害したような様子もなく、穏やかな表情のままうなずいて、ビフの言葉が終わるのを待ってから口を開いた。
「わかります。確かに僕は人間の見た目をしています。ですが、僕はエルフなんです。つまり、種族自認がエルフなんですよ」
「ん?」
即座にバーニャが片眉を潜めて鋭い空気を放った。
「種族自認がエルフなんです」
ちゃんと聞こえなかったと判断したのか、ガイは少しゆっくりした口調で丁寧に言い直した。
「いや、あーしが聞きたいのはそれどういうことって話なんだけど」
ビフが黙っておけと言わんばかりに片手でバーニャを遮り、会話を代わった。
「それはなんだ? 幼い頃に取り換え子に遭ってるとかそういうことか?」
取り換え子は生まれたての人間を別の種族と入れ替える邪妖精の悪習だ。だがもし取り換え子だったとしても姿形が変わるわけじゃない。案の定、ガイはかぶりを振った。
「違うんです。僕は人間の体を持って人間の両親から生まれたんですが、中身はエルフなんです。つまり心はエルフということですね。本来の種族と自認種族が一致していないんです」
俺たちは返答に困って三人で何度も顔を見合わせた。
「なぜ、自分のことをエルフだと思うんだ?」
これはもう直接的な質問をするしかない。俺は切り込んだ。
「まず、手前味噌ですが、幼い頃から僕には魔術の高い素養がありました。物心ついたときには魔導書を読んでましたし、最初に喋った言葉はエンチャント・ウエポンの呪文の最初の一節だったと両親も言ってます。そこに書かせていただいた経歴も本当ですよ。魔道学院の授業では常に主席で、飛び級で卒業しました。基本的に菜食主義ですし、草花にも詳しいです。あと、ちょっと人間が苦手ですね」
俺は思わず眉を潜めてしまったが、ビフですら聞いている間、張り付いた微笑みを浮かべていた。
「だから、種族自認がエルフ?」
バーニャが確認する。
「ええ」
ガイはうなずいた。
「だったら、あーしだって胸自認巨乳なんだけど」
「言ってて悲しくならないのか」
俺が言うとバーニャは鋭い目を向けていた。俺は肩をすくめた。
「よし」
ビフがパンと両手を叩く。
「じゃあ、とりあえず今日の顔合わせはこれくらいにしようか。他にもうちのパーティに興味を持ってくれている連中がいるんだ。ガイ。結果はまた後日伝えることにしよう。今日はありがとう」
ビフはガイと握手を交わし、ガイはそのまま酒場を去って行った。
「あのガイってやつ、どう思う?」
晩飯を囲みながら、俺はふたりに尋ねた。この日は何度もこの話題を繰り返していた。
「だから。どうもなにもヤバいっしょ。どっからどう見たって人間なのに、僕はエルフです。だよ。あーし、イラついて手ぇ出そうになったもん」
「でもなぁ、バーニャ。世の中には心は女性なのに男の体で生まれた人間だっているんだぞ」
ビフは諭すように言ったが、バーニャは眉間に皺を寄せたままだ。
「それとは全然違うじゃん。心が男、心が女、そりゃわかるよ。でも、心はエルフだよ? 受け入れられる? 意味わかんないし」
「本当にそういうことってあんのかな」
俺は首を捻った。
「たとえば、生前エルフだったけど、なんらかの魔術によって魂が抜かれて人間の体に転生して生まれてくるとかさ。だとしたら、体が人間で心がエルフでもおかしくないだろ」
「実際にそういうことがあったとしてもさ、第三者にはわかんないじゃん。あーしが実は伝説の勇者の生まれ変わりだって言い出したら、ブラット信じてくれんの?」
「ええ? ま、まぁ、伝説の剣でも抜いてくれりゃなぁ……」
つまり実際に証拠になるものを見せてくれれば信じる気にもなるってことだが、そんな伝説の剣が都合よくあるはずもない。
「でしょ? 言ったもん勝ちなんだって」
バーニャの言うことはもっともだ。こんなときにキッシュがいれば、俺たちに思いつかないような知恵を授けてくれただろうのに。
「なぁ、ふたりとも。確かにガイは奇妙なことを言っちゃいるが、本当に大切なのは、あいつが優れた魔術師かどうかだろう? 魔術が使えてパーティのために力を尽くそうという気があるなら、人間だろうがエルフだろうが、種族自認エルフだろうが関係ないじゃないか」
ビフは確かにいいことを言っている。だが、バーニャは納得しない。
「本当に生まれた頃からエルフだと思ってるんならそれでいいよ。でも、あーしが不安なのは、ハッタリかましてても確かめようがないってことよ」
「別にハッタリだっていいじゃないか。なにか問題があるか?」
「大ありでしょ。パーティメンバーにハッタリかまし続けるヤツに、自分の背中預けられんの?」
バーニャのこの言葉にはさすがのビフも言葉に窮した。確かにその通りだ。俺たちはただの仲良しグループじゃない。危険な探索にお互いの命を預け合う冒険者パーティなのだ。
「ねぇ、信頼できる?」
バーニャが追い打ちをかける。俺もビフも返す言葉はなかった。だが、もしあの経歴が本当ならば、このままさよならするには惜しい人材であることは確かだ。
そのとき、ふと俺の頭でアイデアの卵が孵化した。
「なら、ガイが本当にエルフの心を持っているのか確かめてみちゃどうよ」
俺はふたりに提案した。
「どうやって? ブラット。うまい方法があるのか?」
「うまい方法かどうかはわからんけど、判断するための材料にはなると思うぜ」
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