私の種族自認はエルフです
三宅 蘭二朗
前編
冒険に危険は付き物だ。もっとも、だからこそ危険を冒すと書いて冒険なのだが。
俺たちのようなそこそこキャリアのある冒険者パーティでも、未だに全滅の危険をはらむ冒険に出会うことがしばしばある。プライドに背中を押されて意地を張った結果、帰って来ることができなかった同業者の話なんてのは、立ち寄る酒場ごとに耳にする。
とりわけ、廃墟聖堂地下洞窟の探索は、俺の冒険者生活の中でもトップクラスにヤバかった。洞窟全体がゾンビやスケルトンたちアンデッドのコロニーになっていて、最初、俺たちはこの数がヤバい理由なんだと思っていた。無論、パーティにはバーニャって神官戦士もいるし、アンデッド対策ができていないわけじゃない。いかに数が多くても俺たちなら何とかできる。途中まではそう本気で思っていた。
この地下洞窟がヤバいのは最深部にリッチがいたからだ。
リッチ。生前、高名な魔術師や高位の神官だった人間が、不死を求めて自ら生ける屍と変じたアンデッドの上位存在。やつらは長い年月をかけて魔術を追求している連中で、そんじょそこらの人間が太刀打ちできる相手じゃない。
俺たちは電光石火の判断力で回れ右をして、全速力で洞窟からの脱出を試みた。だが、危険を冒して離脱の援護に回った我らがパーティの魔術師キッシュが、魔法合戦の際に受けた精神系魔法の後遺症によって、冒険に出られない体になってしまった。
四つの命は無事。キッシュも魔術後遺症さえどうにかなれば再び冒険に出られる。だが、しばらく俺たちのパーティは魔術師を欠く布陣となってしまった。その後一度、三人で探索に出かけてみたが、ジャイアントスパイダー相手に大苦戦して、あやうく三人分の繭が出来上がるところだった。キッシュのファイア・ボルトがあればあんな虫相手に苦戦なんてすることはなかっただろうに。
「そういうわけで、キッシュが復帰するまでの間、臨時で魔術師を雇おうと思うんだ」
そう言ったのはリーダーのビフだった。戦う以外には取り立てて何の特技もない不器用な男だが、どんなときも前向きで決して人の悪口も言わず、逆境でも必ずパーティを奮い立たせてくれるリーダーの中のリーダーだ。両親も冒険者で、地下迷宮の深くで生まれた冒険の落とし子だと本人は語っているが、はっきり言って俺は信じていない。臨月を迎えた妊婦が重たいお腹を抱えて冒険なんてするか?
ビフはファイターならではの丸太のような腕で、エールで満たされた樽型の木杯持ち上げながら俺たちを見回した。見回したと言っても他には俺とバーニャしかいないが。
「どうだ? ブラット、バーニャ」
「どうだも何も、あーし、キッシュがアホになったときからそう言ってんじゃん。他の魔術師入れようって。何とかなるんじゃないかって無視して繭にされかけたのはどこの酒浸りの筋肉バカよ」
神官戦士のバーニャがキツい口調で言葉を返した。下級貴族の出身で冒険者でありながら気品すら感じさせる美人だが、神官修行で何を学んできたのか、口は悪いし言い方はいつもキツい。幼くして親元を離れて修道院暮らしになったからか、思春期に年頃の娘さんが父親に向けるはずだった攻撃性が、いつもビフに向いている。鷹揚なビフは気にも留めないが、俺がビフなら何度枕を涙で濡らしているかわかったものじゃない。
「ちなみにバーニャ。キッシュはアホになったわけじゃない。あれは精神系魔法の後遺症だ」
俺はバーニャの言葉を一部訂正した。キッシュは俺の幼馴染でもある。幼馴染に対する悪態を許すわけにはいかない。
「結果、アホになってんでしょ」
「言語系統に支障が出て、下品な言葉三語しか喋れなくなってるだけだ。うんこ、ちんこ、ま」
「もういいもういい。そこまでだ、ブラット。ここでキッシュのことを言っても仕方がない。とにかく、提案をないがしろにしたのを気にしてるなら謝るよ、バーニャ。で、どうだ?」
「もち、あーしは賛成」
「そうだな。うちのパーティの魔術師はキッシュだ。でも、魔術師抜きの冒険はさすがに無理がある。キッシュが復帰するまでの間、同行してくれる魔術師を探そう」
「あいつが復帰したときには、寂しい思いをさせないように盛大に祝ってやろう」
ビフは真っ白い歯を見せて笑い、杯を掲げた。
「キッシュよりちょっと劣る魔術師にしようよ。キッシュのこと忘れるようなヤツだったらキッシュが可哀想じゃん」
なんだかんだ言って優しいバーニャだ。
「まぁ、まずは募集をかけてみないとな。どんなヤツが来るかもわからんし」
ビフはゲップをしながら、早速、紙とペンを取り出して応募要項を書き始めた。
俺は振り返って酒場の壁を見た。板張りの壁の一角には、所せましといろんな貼り紙が貼ってある。冒険者が集う酒場では、大抵どこかの壁がこんな風に掲示板代わりになっている。酒場は冒険者同士の情報交換の場なのだ。
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