第83話 初の実技講義
40名以上いる剣術C級の生徒だが、その内容は初心者から割と剣を扱える物までピンキリみたい。実際、教師の近藤が型の動きをするよう指示したのは生徒の1人だった。
要するに、この生徒はのC級の中でもトップレベルなのだろう。B級やA級もあるらしいので、テストか何かでそちらに上がれる可能性もあるって事だろうか。
剣術の型を披露しているのは、青山と言う名の男子生徒だった。二十歳くらいの精悍な顔つきで、その繰り出す突きや
C級にいるのが不思議な程だが、恐らく剣術歴は浅いのだろう。それとも、上のクラスはもっととんでもない猛者がうようよいるとか、そんな感じなのかも。
それよりも
何しろ周りの同級生は、恐らくだが1ヶ月は先を行っているのだ。そう思ってチラッと視線を飛ばすと、何とモヒカン君やピアスにタトゥーなんて生徒もいる。
確か昨日の
この人達は、企業からの出向組だろうか。良く分からないが、ジャージ姿も不似合いでとても探索者の卵には見えない。木刀を持つ姿も、同じくどことなく
型の動きは、幸いにも簡単な何通りかの剣の打ち込みで、朔也も何とか1度で覚えられた。それから教師の近藤は、生徒たち同士に間隔を取らせてその動きを指示する。
講師助手の
40名以上の型の乱舞はなかなかの迫力だけど、朔也はそれを気にする余裕はない。間違わないように、ひたすら周囲と同じ動きか気にしながら体を動かす。
それを見回る近藤先生、手元のボードで何やら確認しながら列順にチェックして行く。生徒達は、各自胸元に名前のプレートを貼っているので、或いは点数をつけているのかも。
それから数分後に、近藤先生は生徒を5組に分けての訓練に切り替えた。恐らくは腕前によって分けられたメンツなのだろう、8名の中には例のモヒカン君やピアス君もいる。
それから順当に、30代の眼鏡を掛けた会社員風の人物も1名ほど。残りの企業組は、どうやら他の組に割り当てられたようだ。
「さて、ここからは腕の近い者同士で組手形式で授業を進めるぞ。型を染み込ませたい者は、残りの時間を型の動きをこなすように。
残念ながら、打ち込み人形は各組に1つしか割り当てられない。対人での組手は怪我をしやすいので、各自防具を着込んで行うように。
ただし、これも残念ながら人数分には少し足りないので
「授業中のスキル使用は、いつも言っている通りに禁止事項なので忘れないように。それから当然、悪意をもって相手に怪我をさせる行為も禁止だ。
それが見付かれば、最悪退学もあり得るので肝に
近藤先生と助手の
同じ組に問題児のモヒカン君とピアス君がいるので、その辺は
有り難いと朔也も同意して、これでハブられる事は無くなった。お互い自己紹介しつつ、じとっとした不良組からの視線を敢えて気付かない振りの2人である。
そんなひょろっとした30代の男だが、土田と名乗ってジャージのボッケから名刺を差し出して来た。それに目を通すと、『ロード製薬』と書かれてある。
なるほど、ダンジョンドロップの薬品目当ての探索者の育成なのだろうか。
「いやいや、会社が全部お金を出してくれるのはいいけど……若者に交じって実技をこなすのも、大変で参ってるんだよ。講座は別にどうってことは無いし、午後のダンジョン演習もチームが決まってるから構わないんだけどね?
君は昨日からの転入だそうだね、そっちも大変そうだ」
「ええ、まだ全然分からない事だらけですよ。午後のダンジョン演習も、まだ1度も行った事も無いですし。
その、それって会社員チームでも平気なんですか?」
素人の30代ばかりのチームで、ダンジョン探索なんてかなり大変そうである。思わず気になってそう尋ねる朔也だが、どうやら20代のスキル持ちも2名ほど混じっているそうな。
そのエース格にキャリーと言うか、経験値稼ぎを手伝って貰っているのが現状っぽい。それも大丈夫かなと思うのだが、安全確保は大事には違いない。
実力がつくかはまた別の話で、浅層やC級ランクのダンジョンに潜る程度なら平気なのだろう。そんな話をしながら、型を行う土田はやっぱりへっぴり腰。
朔也に限っては、それよりはマシって程度だろうか。始めたばかりなので仕方がないと、先生の言った通りに型を体に染み込ませる作業に従事する。
そうこうしていると、近藤先生が見回りに来てあれこれとアドバイスを飛ばしてくれた。もっと腰を落とせとか、腕に込める力は振り抜く時だけとか簡単な指示を貰う。
単純な動きの連続だが、使ってない筋肉が悲鳴を上げ始めたらしめたモノらしい。そうやって体に覚え込ませて、初めて実戦でその動きが役に立つのだそう。
つまりは先は随分と長い想定なのは、朔也としても分かっていた事なので戸惑いは無い。一段飛ばしで上達するには、それこそスキル取得くらいしか手段は無いのだ。
そう言えば、先ほどの講座ではその下準備的に色んな武器や理念に触れておくように言われた気が。探索者って、強くなるためのルートもある程度確定してるみたい。
それなら、この学校にも意義はしっかりあるって事だ。
初の実技を無事に終えて、朔也は着替えを終えてロッカー室を後にする。中盤からずっと一緒だった土田さんと、あれこれお互いの境遇を話しながらの帰り支度。
『ロード製薬』から出向させられた土田は、元は製薬部署にいたらしい。研究職のチームでそれなりに結果も出していたのが、ここ数年は鳴かず飛ばずで。
会社の意向により、呆気無く閑職行きとなってしまったそうな……その結果が、30代での探索学校⇒探索者デビューらしい。食べて行くためとは言え、何とも世知辛いモノである。
大変ですねと
「今後もお互い頑張りましょうね……それから、次の実技も出来れば組む感じで行けたらいいですね。
「そうですね、土田さんはこの後は演習でダンジョン探索ですか? 怪我せず頑張って下さい、影ながら応援してます」
いかにも探索者に向かない土田に応援の言葉を贈りながら、朔也は学校の敷地を後にする。企業勤めも大変である、成果を示さなければダンジョンで薬品を集めて来いとは。
もっとも、朔也や従兄弟たちに示された祖父の遺言も似たようなモノではある。そうと分かっていたら、もっと早く準備も出来たと思っている従兄弟もいただろうに。
それを49日の内に全て完了させようとは、スパルタも良い所である。そんな事を思いながら、朔也は学校裏の駐車場で
そして送迎車に乗り込んで、ようやくホッと一息。
「お疲れ様です、朔也様……お昼は外で食べますか、買い物に寄るのも全然大丈夫ですよ。またハンバーガー屋か、それとも牛丼屋にでも寄りましょうか?」
「棟田さん、あまり朔也様にジャンクフードばかり勧めないで下さい。あっ、買い物はいいですね……お金の事は気になさらず、朔也様。
代金は全て、こちらのお財布から支払いますので」
「あっ、それなら実技の予習で木刀が欲しいんですけど……」
薫子の提案にそう返す朔也は、頭の中で授業で習った型をリフレインするのに必死。そこまで複雑な型では無かったけど、やはり実力者の動きは模倣して取り入れたい。
その言葉に、棟田はそれなら館に幾らでもありますよと請け合ってくれた。買うまでも無いとの事で、それなら朔也としても一安心である。
さすがに部屋の中で、探索用の抜身の武器を振り回すのは気が引ける。そうならずに済んで、まずは安心である。ちなみに昼食は、館で食べる事に。
それよりも、薫子に預けていた妖精のお姫がちょっと
いまは朔也の肩に乗っかって、時折思い出したようにご主人の頬を突いたり耳たぶを引っ張ったりしている。可愛い生き物だが、かまってちゃんの相手はそれなりに大変。
それでも無事に館に戻って来れて、後はお昼からの“夢幻のラビリンス”探索を頑張るのみ。それから皆に内緒で、夕方にこっそりノーム爺さんの元に向かうのも忘れずに。
今日は夜からの対人戦特訓がある日なので、実はそれまでに2つダンジョンを回ろうとしたら結構辛い。スケジュール的には、先に“訓練ダンジョン”の方が良さげかも。
そちらでカード合成をすれば、単純にデッキの強化にもなってくれる。お昼ご飯も、ノーム爺さんと一緒に食べれば賑やかで楽しい時間になってくれる。
そんな感じでお付きメイドの薫子に告げると、向こうも心得たモノでランチを持参してお庭で合流しますとの事。そんな訳で、朔也は探索着に着替えてこっそりと別館の部屋を後にする。
その後ろには、やっぱりコッソリ宙を漂うお姫の姿が。従兄弟たちに移動先がバレたら面倒なのを、理解しているようでさすがの優秀さだ。
いや、ただ単に朔也の行動が面白くて真似している可能性も高いけど。とにかくそんな珍道中の2人は、庭の端っこで無事に薫子と合流して3人に。
そこからも、人目を避けるような移動で一行は例のガレージ小屋へと侵入を果たす。薫子の持って来たランチ箱は、しっかり2人分でなかなかの容量を誇っていた。
そこから流れ出る美味しそうな匂いに、妖精のお姫も機嫌を取り戻してくれたようで良かった。そして隠しハシゴで2階へと登っての、久々の感のある“訓練ダンジョン”の応接フロアへ。
そこにはしっかり、ノームのアカシア爺さんが控えていてくれて、感激のあまり朔也は思わず抱き付きそうに。その間に色々あって、会いに行けなかった事を
ノーム爺さんは全く気にしていないようで、どうも時間の
そんな訳で、薫子も交えてのお昼ご飯タイムに突入。ノーム爺さんは、お昼から酒を飲み始めるのに全く抵抗が無い模様だ。2人のお弁当のおかずを勝手に摘みながら、朔也の
それでも学校に通う事になって、ここに来る時間が減りそうですとの言葉には。修業はどこでも出来るワイと、悟ったような言葉が返って来た。
確かに修行である、探索と言う苦行を死なずに潜り抜けるための準備の時間だ。そうしないと本当に、道半ばでダンジョンの養分になってしまう可能性が大きい。
本当に、我知らずとんでもない道に進もうとしているのに気付いてビックリ。
――それは、午後に巡る2つのダンジョンとて同じ事。
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