第81話 登校2日目



 さて、この館にやって来て13日目の朝である。祖父の遺産カード争奪戦の筈が、昨日から少々様相が変わって来たこの館の生活をどう考えるべきか。

 つまり朔也さくやは、この館から車で15分ほど離れた場所にある『探索学校』に通う事となったのだ。無理やりな転校だが、将来の為になると信じて新当主の言葉に従った次第である。


 今日も講義はあるので、さっさと支度をして執事の棟田むねたに送迎して貰わなければ。ちなみに、今日も薫子かおるこが同伴するかは不明である。

 送迎されている場面は、恥ずかしいので同期生たちには見られたくはない。昨日も良い所の坊ちゃんかと、新しい友達に詮索されたけど説明はとても面倒くさい。


 そんな事を考えながら、朔也は昨日の唯一の探索結果を振り返る。いつもは“夢幻のラビリンス”と“訓練ダンジョン”の2本立てだが、昨日は午後に潜った“夢幻のラビリンス”のみだった。

 ところがその探索結果は上々で、魔石や回収品の販売額も19万円と過去最高。回収した魔法アイテムの『巨人の腕輪』も、どうやら良装備の模様。


 ついでに、カード回収枚数も過去最高の11枚を記録して執務室に待機していた執事やメイド達を驚かせた。自分でもビックリな結果だが、理由は良く分からない。

 残念ながら、即戦力のユニットは【双頭狼】位だろうか……後は雑魚の狼やゴブリン、オーク兵などなど。錬金合成に回したかったのだが、昨日はノーム爺さんの所へは行けなかった次第である。


 今日は何としても行こうと思うが、夜は対人戦特訓があってなかなか時間の調整が難しそう。まぁ、探索学校も土日は休みだそうなので、最悪でもそこまで待てば時間は確保出来る。

 とか思ってたら、朝の挨拶と共に薫子が朝食を運んで来た。普段は館付きのメイドの仕事なのだが、彼女が無理やり奪い取った可能性も。


「おはようございます、朔也様……今日は相変わらずの小雨模様ですが、張り切って参りましょう。まずは学校ですね、友達をバンバン増やして学園生活をエンジョイですよ!

 戻っての探索活動は、まぁオマケ程度で構いませんからね」

「おはようございます、薫子さん……外は雨が降ってるんですね、気が付きませんでした。ああっ、本当だ……通学2日目なのに、憂鬱な天気なのは残念だなぁ」


 そんな会話の中、薫子に朝食の用意をして貰っていると、いつものように妖精のお姫が勝手に召喚されて来た。そして当然のように、自身の取り分を主張しての賑やかな朝食に。

 薫子は壁際に控えて、ご主人に気を配りながらの今日の学校の講義報告など。その姿は、まるで出来る専属メイドのようで何だか違和感が。


 とにかく今日は講座×3本でも良いし、3限目に実技『剣術』を受講しても良いそうだ。どうやら学校の実技場はスペースが狭くて、『槍術』や『棍棒術』と同じ時間に出来ないらしい。

 つまり、1限目に『槍術』を取る生徒は、講座の代わりに1つしかない実技場で実技を取るみたいな。広い敷地ではあったけど、実技場は1つしかないのは残念な限り。


 比較的に町中にあるので、その辺は仕方が無いのだろう。4ヶ月の1期で卒業と言うシステムで、先輩や後輩と言った関係性が出来ないのも良い点だろうか。

 そのせいで、何期も居座る強者も出ていると、知り合ったクラスメイトが言っていたような。まぁ、大抵の者は真面目に修学して探索者デビューしていると思いたい。


 そんな感じの薫子の話を聞きながら、朔也は鞄の中に昨日買ったばかりのジャージを仕舞う。配布して貰ったテキストやタブレットも鞄に入れて、さてこれで準備完了だ。

 楽しみと言う程では無いけど、ずっと館にこもりきりの生活からすれば学校通いは嬉しい変化ではある。昨日と違ってラフな普段着で、朔也は出発の準備が出来たと薫子に告げる。


 そこからは館の駐車場へと移動して、昨日もお世話になった棟田むねたとご対面。執事兼運転手と朝の挨拶を交わして、車に乗り込んで昨日と同じ道を進む。

 当然のように薫子は付いて来たが、朔也が講義を受けている間は暇だろうに。その辺を尋ねると、執事やメイドは常に主の側に控えているモノだと返された。


 つまり、決して暇だなぁとか思ってはいないって事なのだろうか。良く分からないが、こちらは向こうの余計な心配をしないでも良いみたいだ。

 偉くもない立場なのに恐縮ではあるが、取り敢えず朔也としては学業を頑張るしかない。そう言うと、2人ともその通りだと激励の言葉をかけてくれた。


 この2人にむくいるには、なるべく早く探索者として独り立ちする事だろうか。先はとっても長いが、一歩ずつ進んで行くしかない。

 送迎車は昨日と同じく、学校の裏から入って駐車場にゆっくりと停車する。始業まであと10分はあるので、慌てる必要もない時間帯だ。


 とは言え、同期に知り合いも作りたい朔也は、さっさと講堂に入ってその雰囲気に慣れておきたい思いも。そんな訳で、2人に別れを告げて足早に目的地へと向かう。

 今日使う予定の講堂も、昨日と同じく同期生たちであふれていた。ガヤガヤと騒がしくあちこちで歓談がなされており、それは講義が始まるまで終わらないだろう。


 朔也は適当に、後ろの方の空いている席について一息つく。この学校は熱心な生徒が多いようで、前の方の席は既に満杯で座る余地もない。

 中学生の朔也は、まるで大学の講義にまぎれ込んだような錯覚に浮かれる思い。


「あなた見ない顔ね、ひょっとして中途入学生? だとしたら、単位を取るの大変そうだけど、その辺は大丈夫なの?」

「ええ、最初に恐らく2期に渡って在籍するみたいな説明を受けました。なので、のんびり履修りしゅうしてくれれば良いと、案内をしてくれた辻堂つじどう先生からは言われています」

辻堂つじどう女史は学校の経営者の1人で、先生ではないよ? ふむっ、あの人が出て来るとなると……キミの家系は、随分と立派なのだろうね。

 深く詮索はしないけど、まぁ困った事があったら私に訊いて頂戴」


 そう言って自己紹介をして来たのは、朔也より幾分か年上の女性だった。西田と名乗った彼女は、落ち着きのあるしっかり者の雰囲気をまとっていた。

 その隣から、派手な身なりの女性が何事と話し掛けて来た。西田の友達らしく、彼女は越水こしみずで~すと明るく名乗りを上げて来た。


 朔也も名乗り返して、よろしくお願いしますと丁寧な口調を崩さない。何しろこちらが年下のは確実だし、学校内の事も教わる立場なのは確定なのだ。

 そんなやり取りに割って入ったのは、彼らの後ろに座る男性だった。探索体験の有無を唐突に尋ねられ、一応レベルは9ですと素直に答える朔也。


 後ろの席の男性は感心したように、ここの生徒の平均的な数値だねと返答する。階段状の座席の造りで、見上げる格好になるが朔也は何とか質問の主を確認する事が出来た。

 そこには割と年上の、眼鏡をかけた理知的な感じの男性が腰掛けていた。そして座学や実技も大切だが、一番重要なのはダンジョンに潜っての演習だと口にする。


「そのために、同期とのコミュニケーションも大事だ……これをおろそかにすると、ろくなメンツとチームを組めなくなるからね。既に入学式から1か月が経っているから、君はその点苦労するかもな。

 まぁ、1人位なら空きがあるチームも多いだろうから頑張れ?」

「アイツ、室岡むろおかって言うんだけど、バカだから放っておいていいよ? まぁ、剣術はトップクラスらしいから、チームからあぶれる事は無いみたいだけどさ。

 よくトラブル起こすから、友達付き合いしようと思ったら覚悟は必要かもね」


 そんな身もふたもない事を口にする越水こしみずは、ギャルっぽい風貌なのに割としっかりしている。逆に自分の性格をバラされた室岡むろおかは、ギャフンと小さく呟いている。

 面白い人だなと思うけど、探索の腕は確からしい。アイツは既にレベルも15を超えてて、一応エリートだねと西田も背後の男をフォローしている。


 そんな西田と越水こしみずも、チームでは前衛で使える後衛を捜しているとの事。コナをかけられたと悟った朔也は、自分はステータスは後衛寄りだけど前衛の勉強をしたいと素直に打ち明ける。

 そうなんだとの西田の表情は、朔也の内心を推し量るような感情が透けて見えていた。なるほど、チーム員の選別はそれ程に熾烈しれつらしい。

 もっとも、ソロで探索が可能な朔也にはあまり関係のない話だけど。




 そんな話をしていたら、いつの間にか始業のチャイムが鳴り響いて教壇に教授が立っていた。それから1限目が唐突に始まって、この形式にはなかなか慣れない朔也である。

 中学校だと、担任教師がまずはクラスの出席を取って提示報告などを話したりするのに。いきなり講座が始まるこの情緒の無さは、果たして他の生徒も受け入れているのだろうか。


 ところが、講義の内容はたちまち朔也の興味をいて、それは他の生徒も同様らしい。静まり返った講堂内に、男性教師の“大変動”とダンジョンの生まれた謎の説明が響いて行く。

 それからオーバーフロー騒動の説明について、特に念入りにその危険性についての説明がなされた。それは現代に生きる者としては、当然の常識ではあったモノの。

 これから探索者となる立場の者達からだと、視点が変わって行くのも確か。


「この“大変動”だが、地軸がズレたり月との距離が変わったりと、天変地異に関しても酷かった。若い人の中には、まだ生まれてない人もいるかな?

 とにかく1年間は激動の時期で、そこにダンジョン生成からの“オーバーフロー騒動”も含まれている訳だ。まぁ、とにかく世界中で大パニックでね、人死にもかなり出た。

 君たちの肉親にも、これに巻き込まれて亡くなられた方は多いんじゃないかな?」


 その講師の言葉は、広い講堂に寒々しく響き渡った。多かれ少なかれ、それは的を射ているのだろう。朔也にしても、母親の親族が亡くなった話を耳にしている。

 日本に限れば、“大変動”に関する騒動で人口は6割にまで減少したらしい。それから1年間は、そのダンジョンの捜査で追加でかなりの被害が出たそうだ。


 その頃にはまだ『探索者支援協会』は設立されておらず、主に自衛隊や警察官と言った組織が矢面に立たされたとの話。つまりは使い捨てみたいな重労働を強いられ、実際に被害も大きかった。

 それに各地で反乱が起きて、それを指示した政治家は一気に立場を無くしたそうだ。警察機関も人員を失い過ぎて機能しなくなり、しばらくの間は大変だった。


 そこから何とか持ち直せたのは、反乱を起こした自衛隊が『協会』組織を立ち上げたからだ。そして探索者の支援に奔走し、少しずつ被害を食い止める努力をほどこして行ったのだとか。

 それから初期に活躍した探索者達が、魔石販売や宝箱からの回収品で大きな富を築き。それを使ってようやく出来たのが、この『探索者養成学校』らしい。


 講師役の先生は、ひとしきりこの学校の素晴らしさを語って、1期4ヶ月なのを非常に残念がっていた。本当は半年なり1年なり、じっくりと探索者の卵たちを育て上げたいみたい。

 それと言うのも、知識を詰め込むのは比較的楽だが、実戦や戦い方となるとそうはいかない。本来は時間を掛けて、実践的な実技を教え込みたいとの事。


 なるほどと感心しながら耳を傾ける朔也は、確かにカリキュラムに少々かたよりがあるかなと思ってしまう。朔也が学校に期待するのも、剣術を本格的に学びたいってのが目的なのだ。

 その辺を共感しながら、しかしダンジョンの謎については明かされず仕舞いに。どうやら研究者の間でも、そこは未だに討論されている問題らしい。

 分かっているのは、その中が未知の空間であるって事くらい。





 ――それからモンスターの徘徊と、価値の高い魔石や宝箱の存在と。







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