第72話 硬根ゴーレム



 3層に辿り着いて、薫子かおるこがより一層の注意が必要だと朔也さくやに提言して来た。そんな訳で、鞄の中に入っていた『強化の巻物(防御)』の劣化版を使用する事に。

 これは1時間限定で、魔方陣内のキャラの防御力をあげてくれる魔法アイテムである。宝箱からも結構ドロップするので、朔也は今後も積極的に使って行く予定。


 それから死霊軍対策に出していたメイドちゃんを送還して、戦闘力とコストがピカ一のエンを召喚する事に。呼び出された義手の戦士は、早く呼び出せよと不満顔。

 それをなだめて、買ったばかりの『鋼の盾』を差し出すも見向きもされなかった。義手の戦士は、守りはそんなに気にしない模様である。


 ところで、エンを召喚しようとカードを色々と整頓していたら、光洋みつひろとの戦いで召喚不可能なカードが意外に多いのに気付いてしまった。その後のフェンリル騒ぎでスッポリ忘れていたが、その前の戦闘で召喚ユニットに被害が出ていた模様である。

 そう言う意味では、今回の変則チームはまぁ良い練習になりそう。いつでもベストのチームが組めるわけでもないし、エンがいない場合だってあるのだ。


 例えばフェンリル戦では、無理やりそんなシチュエーションに持ち込まれてしまった。その時に、朔也自身が戦う術を持っていないのは地味にこの先不安かも。

 そんな訳で、薫子に相談してみる朔也である。


「えっ、剣術とかの修行ですか……? そうですね、本格的に探索者の道を進むのなら、そっち系の鍛錬も必要になって来ますよね。

 この館の使用人では、やはりメイド長か毛利もうり様が実力的には一番ですけど……お2人とも普段のお仕事が忙しいですし、訓練の時間を取るのは難しいかも?」

「そうですよね、まぁいきなり一流の人から教えて貰っても大変でしょうし。もっとお気軽に、剣術を教えてくれる人っていないのかなぁ?」


 薫子は小首を傾げて、執事やメイドはみんな仕事持ちですからねぇと難しそうな反応。薫子自身も、薙刀なぎなたは一流だが剣術は良く知らないらしい。

 自己流で頑張るしかないかなぁと、あれこれ考えていたらカー君が敵の接近を知らせて来た。今回はリザードマン兵らしく、その爬虫類の容姿はちょっと怖い感じ。


 もっとも、薫子は関係無さそうに武器を振るって、打ち合わせ通りに敵を弱らせて行く。それに遅れまいと、朔也も前衛まがいの動きを頑張ってみたり。

 何しろこ3層から、エンが前衛に出張っているのだ。ボーっとしていたら、獲物を全部持って行かれてしまう可能性が。敵のリザードマン兵は5体いて、槍持ちが大半だ。


 奥の2体は弓持ちで、容赦のない矢弾がこちらへと飛んで来る。朔也はそれを盾で防ぎながら、薫子が転がした敵兵の止めを刺して行く。

 リザードマン兵の前衛の戦士たちは、オーク兵より腕は良くて動きは素早い。オーク兵は体格は良いが、武器の扱いは力任せで洗練はされていない感じ。


 とは言え、薫子やエンには関係無いみたいで、敵を圧倒して始末して行く姿はさすがである。戦いが始まると同時に開始された、オモチャの兵隊の演奏の効果もあるのかも。

 ラッパと太鼓だけのシンプルな演奏だけど、勇ましいメロディは確かにバフ効果が乗ってそう。エンの動きも、明らかにいつもより興が乗ってて殲滅速度が速い気も。


 お陰で、朔也が止めを刺した敵はたった2体のみ……ただし、ラッキーな事にその両方のカード化に成功してしまった。

 リザードマン兵は初めてのゲットなので、素直に嬉しい。


【リザードマン】総合D級(攻撃D・忠誠E)


 そんな感じで喜んでいると、次の敵の接近をカー君が知らせてくれた。遺跡の通路で待ち構えていると、今回は初顔合わせのミノタウロスである。

 相変わらず巨体の敵に、備えていて良かったと朔也は胸を撫で下ろす。


 そんな訳で、巻物で防御アップ&オモチャの兵隊のバフ効果で攻撃力も上がっている前衛陣でのお出迎え。薫子とエンに加えて、獅子娘さんが敵を倒そうと飛び出して行く。

 敵のミノタウロスは、上半身が裸の防具こそ無い状態ながらも、武器は巨大な斧持ちである。少しくらい防御をあげていても、あの攻撃が直撃すればお陀仏だぶつだろう。


 ところが薫子とエンは、敵の攻撃をまるで遅いと感じているかの鬼神ぶり。小さな攻撃を何度も当てて、あっという間にミノを出血状態に追い込んでしまう。

 自身の出血に興奮するミノタウロスだが、数と速度の優位は揺るぎは無い。獅子娘さんの炎のブレスでひるんだ相手に、薫子の薙刀の突きがわき腹へと突き刺さる。


 朔也もあわよくばと、『連射式ボウガン』に持ち替えて『射撃』スキルでの援護に余念がない。いや、援護と言うか止めが刺せれば言う事は無いってのが本音。

 スキルの威力は優秀で、朔也の攻撃は敵の胸や喉元に命中して行く。


「えっと、この敵を弱らせて朔也様に止めを刺して貰うのは、さすがにちょっと苦しいかもです……とか言ってる間に、鬼人の戦士に止めを持ってかれちゃいましたね。

 この召喚ユニット、かなり強いけどランク幾つですか、朔也様?」

「ああ、エンは最初F級で今はE級ですけど、F級で隻腕の頃から強かったですよ。ってか、エンは鬼人だったんですか?

 それにしては、角とか生えてないですけど」


 折れちゃってるんじゃないですかと、薫子は適当な事を口にしながら戦闘態勢を解いて戻って来た。カー君も、ミノタウロスの落とした魔石(中)を拾って戻って来る。

 オモチャの兵隊たちも、戦闘が終わったらすかさず演奏を止めて周囲は静かに。それよりエンが鬼人と聞いて、そうだったのかと驚く朔也である。


 人型のモンスターは珍しいので、薫子もそれなりには気になっていたようだ。その強さも相当なのは見てわかるレベル、そんなユニットのランクがE級とは驚き以外の何物でもない。

 朔也もどういう理屈か分からないし、ひょっとして妖精のお姫みたいな特殊な経緯を持つユニットなのかも。もしくは祖父に縁のあるカードが、秘かに新当主から配布されたデッキ内に埋もれていたって可能性もある。


 朔也が最初に貰ったデッキ内にも、その手のカードがあったと思うと残念でならない。勿体無い気持ちも湧いて来るが、エンに巡り合えたので良しとしよう。

 ひょっとして、元はF級の古びた宝剣もそうなのかも知れない。そう考えたら、朔也の運も決して悪くは無いとも思えて来た。


 この祖父の遺産カードの回収ゲームの、最終地点がどんな感じなのかは朔也にはさっぱり分からない。それでも何かの縁で、朔也の元にやって来るカードはせめて大切に扱ってやりたい。

 そんな事を思いながら、朔也チームは3層の探索を続ける。ミノタウロス戦の後に小休憩をしたせいで、時間は突入してもうすぐ1時間半といった所。



「カードの集まりはまずまずですかね、朔也様? でもまぁ、3層まで来たのならもう少し大物カードが欲しい所ですね。

 例えば、さっきのミノタウロスとか」

「そうですね、大型ユニットの有用性は前回の対人戦特訓で身に染みましたからね。その対策に、1枚くらいは大物が欲しい所ですね。

 僕の持ってるユニットで、一番大きいのはコック型パペット兵ですから」


 そのパペット兵のコックさんも、今は傷付いていて使いたくない感じ。今夜の対人戦特訓で、大型ユニット対策として出すとしたら【フェンリル(幼)】くらいだろうか。

 もし使うのなら、ダンジョン内でお試し召喚をしておいた方が良いかも知れない。とは言え、また話し掛けられたらと思うとそれも少し怖い朔也である。


 何しろ祖父の遺産カードは、最初から底が知れない所があるのだ。あの蜻蛉とんぼの兜にしてもそうだ、あんな大物が指先グルグル程度で目を回すだろうか?

 今考えてみたら、その入手の過程はいかにも怪し過ぎである。恐らくお姫が、何かのカードゲットの鍵だったのだろう。もしくはあの蜻蛉の兜も、秘かに新たな持ち主を捜していたとか?


 そう考えると辻褄つじつまが合うけど、残念ながら諸事情でそのカードは手放してしまった。そして2枚目の祖父の遺産カードを前に、従兄弟たちがどんな行動を取って来るか。

 考えるだけで憂鬱ゆううつになってしまう、とは言え夜の訓練をサボる訳にも行かないし。そんな事を考えていたら、先頭を歩いていた薫子が奇妙な声を発した。


 どうやら進路方向が、巨大な根のカーテンで塞がれているらしい。それは幾重にも折り重なっており、潜り抜けて向こうに進むのはちょっと無理っぽい。

 そう報告する薫子は、その奥を見てとっても残念そうな素振り。


「見て下さいよ、朔也様……奥の小部屋に、これ見よがしに宝箱が設置されてますよっ! 何ともいやらしい仕掛けですね、ユニットを活用して宝箱だけでも回収出来ませんか?

 ほら、カラスちゃんはこの隙間は入れないっ?」

「うわっ、これはまた盛大な通行止めですね……うん、カー君でもこの隙間は無理そうかな。他に何か有効な手段は無いかな、例えば燃やしちゃうとか?

 獅子娘さんとソウルの炎で、ちょっと試してみようか」


 忠誠度の比較的高い2体は、朔也の言う事を素直に聞いてブレスと火の玉飛ばしを敢行してくれた。そして改めて、巨大な根は多少焦げ付いたけで、ビクともしない事実を知る破目に。

 薫子も武器の薙刀で、何度か斬りつけているけど無駄みたい。エンなど、そんな自然の障害物になど見向きもしない徹底振りである。


 いや、自然でこんな通せんぼは有り得ないので何かの仕掛けなのだろう。根っこの太さは、一番太い所で朔也の胴体くらいはありそうだ。

 お姫なら通れそうだけど、彼女だけで宝箱を確認して貰うのもちょっと怖い。罠などあった場合、お姫の小さな体では抵抗も出来ずに倒されてしまう可能性が高い。


 薫子も、小さなお姫に無茶をしろとは言い出さずに別の方法を考えている様子。朔也も同じく、物理でも魔法でも駄目なこの障壁をどうすべきか頭をフル回転させ始める。

 お姫も同じく考えているようだが、その姿は何だか可愛らしくてホッコリさせられる。そして結局、コイツを試してみようと言い出したのは朔也だった。


「これは【ゴーレム魔核】って言って、鉱石とか何らかの物体をもとにゴーレム系のユニットを作成出来るんだそうです。それで硬そうな素材を捜してたんですけど、この根っこでも良いかなって思って。

 上手く行けば、ゴーレム系のユニットがゲット出来て、しかも根っこも消滅してくれますよ」

「おおっ、ナイスアイデアですねっ、朔也様っ……ただまぁ、根っこのゴーレムがどの程度活躍してくれるかは不明ではありますが」


 薫子は、そんな根っこから造られたゴーレムは、デザイン的に格好良くないと思ったのだろう。微妙な顔をしての賛成だけど、確かに思い悩むより実行が先決だ。

 それが駄目だったら、また別の方法を考えれば良いだけの話である。ところが、この方法はお姫もノリノリで、頑張れとしきりに応援を飛ばしてくれる有り様。


 その応援が届いたせいかは分からないが、【ゴーレム魔核】カードは周囲の素材を吸い取って新たなカードに進化してくれた。そして目論見通り、素材となった根っこは全て消滅してくれた。

 喜ぶ薫子とお姫さん、そして奥の部屋の宝箱へと揃って突進して行く。他の面々も、それを追ってゆっくりした足取りで追従の構え。


【硬根ゴーレム】総合D級(攻撃D・忠誠D)


 元がD級のカードなので、大きな進化は無かったようだ。それでも欲しかった盾役ユニットの補充に、これで夜の対人戦特訓にもゆとりが出来そう。

 今日は錬金合成が出来なかった分、このユニット追加は嬉しい限り。





 ――後は宝箱の中身を、チェックすれば午後の探索は恐らく終了だ。







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