第63話 最初のリドル部屋



 葉っぱを噛み切って食事を行う芋虫の口は、それなりに鋭くてこれに噛み付かれたらかなりマズそう。朔也さくやは悲鳴を上げながら、糸で動きを封じられた体を動かす。

 そして窮地で加速した思考で、この状況からの脱出方法を必死に考える。ショートソードを持つ右腕は、迷彩蝶を倒すのには有効には動かす事が出来た。


 ただし、柱の上に陣取った大芋虫を倒すのには、柱が邪魔で上手く振り回せない。この距離では、腕を振り回せば命中する筈なのにアンラッキーである。

 いや、既に召喚したユニットは救助には間に合わないのは仕方ないとして。新たに召喚するユニットなら、この窮地を救ってくれる筈!


「誰か出て来て、お願いっ……!」


 手元を見ている暇はないので、ショートソードを放り投げて自由にした右手を使っての召喚である。ちなみに左手は、食い付こうとする大芋虫の顔をブロックするのにフル稼働中。

 そして出て来たのは、【合成ゾンビ(臭)】と言う冗談みたいな展開だった。そう言えば、対人訓練で従兄弟たちへの嫌がらせに使おうと、デッキの前の方に置いてた記憶が。


 忠誠がFの臭ゾンビは、主のピンチに全くの知らん顔。死臭を振り撒きながら、動く新鮮な敵を求めて歩き去って行ってしまった。

 どうやら腐った目ん玉では、柱の上の獲物は見えなかった模様。


 悲鳴と怒声を我慢して、味方の臭いにダメージを受けつつも。朔也は大急ぎで、2度目の召喚へと踏み切る。出来ればクモ系に来て欲しいとの願いは、残念ながら叶わず。

 次に出て来たのは【ブラウニー】のメイドちゃんで、にこやかな笑顔はあるじの窮地にビックリ顔に。反対に朔也は落胆顔、この娘も実質的な戦闘能力は無いに等しいからだ。


 ところが、メイドちゃんのはたきで窮地の現場に驚く効果がもたらされた。ちなみに彼女の忠誠はB級なので、主を見捨てるなんて事は無くてその点は超安心。

 そして、はたきによって溶けて行く粘糸は、まるで魔法のよう。そして一気に自由になった朔也は、転がってようやくこの窮地の脱出に成功した。


 その頃には、お姫の指揮で駆けつけた別働隊が大芋虫をロックオン。人魂と青トンボの遠隔攻撃で、呆気無く床に落ちて行く芋虫モンスターであった。

 朔也も根性で床に落ちたショートソードを拾って、何とか止め差しを自分の手でと奮起する。その甲斐あって、執念で大物捕り物に成功して最後にガッツポーズ。


【大芋虫】総合E級(攻撃E・忠誠E)


 そこまで強くはないけど、蟲の癖に忠誠がEとは珍しい。もっとも、蚕など昔から人の生活に馴染んだ蟲もいるので、そこまで変では無いのかも知れない。

 それより周囲を見渡したら、ほぼ綺麗に大蜂と球根型モンスターの討伐は終わっていた。球根型の奴は、根っこが人の身体みたいな形になっていて、意外に素早い敵だった。


 配下に1枚欲しかったのだが、どうやら全部倒してしまった後らしい。お姫とカー君が魔石(微小)を拾って来てくれて、それは軽く10個以上ある感じ。

 朔也が驚いたのは、ドロップ品に例のピースが2個混じっていた事だった。どうやら戦闘中に透明の蝶に絡まれて、お姫の指示で撃破に至ったらしい。


 そもそもさっきの騒動は、『魔力感知』に使うMPをケチって焦った朔也が勝手にバタバタした事に起因する。それを反省しながら、取り敢えず臭ゾンビとメイドちゃんを送還する。

 メイドちゃんにはしっかりとお礼を言って、向こうも手を振って別れを惜しんでくれた。それからMP回復ポーションを飲んで、取り敢えずは体制を整え直す。


 考えていたより、リドル部屋の仕掛けは厄介みたいである。それでも改めて、室内にいる迷彩蝶を全て倒し終わった。朔也はそれを確認すると、集まった12枚のパズルピースを組み合わせる作業へと移行する。

 そっちの作業は超簡単、数分も掛からず揃った長方形のパネルは組み合わさった瞬間に宝箱へと変わって行った。驚く朔也とお姫だが、その表情は喜びを抑えきれない感じ。


 中には鑑定の書や魔玉(光)、エーテルも2本に魔結晶(小)が3個とまずまずな品揃え。ステアップ木の実(筋力)も1個入っていて、頑張った甲斐もあったと言うモノ。

 それと一緒に大振りの鍵が入っていて、それでどうやらあの扉を開けて先に進めと言う事みたい。後は400ピースのパズルも入っていて、これは薫子のお土産に良いかも。



 そんな事を考えながら、休憩を終えた朔也と仲間達は鍵を使って扉を開けて次のフロアへ。そこは長い廊下が続いていて、何となく遺跡チックなたたずまい。

 石造りの壁や廊下もそうだが、根っこや蔦が至る所に蔓延はびこっていてワイルドな感じ。敵の姿は見えないが、全くいないって事は無いだろう。


 そんな訳で、注意しながら一行が進んでいると、さっそく何かが這いずり回る気配が。蟲系かと思ったら、どうやら蔦のモンスターみたい。

 こちらは人魂の攻撃で弱らせた所を、朔也が止めを刺す事が出来た。嬉しい事に一発で《カード化》にも成功して、このフロアの幸先は良い模様。


【マッドプラント】総合F級(攻撃F・忠誠F)


 とか思っていたら、何かが朔也の後頭部に派手にぶつかった感触が。ヘルメットが無ければ、或いは大怪我を負っていたかも。慌てて周囲を見渡す一行だが、聞こえて来るのは不気味な羽音のみ。

 今回も迷彩系の敵かと、朔也は咄嗟とっさに『魔力感知』を使用する。すると、バランスボールほどの飛翔物体が、続けてアタックを掛けようと向かって来ているのを発見出来た。


 慌ててショートソードで斬り捨てるも、相手は硬くて朔也の腕では一撃とは行かなかったよう。ただし、その傷を見たエンが敵の場所に見当をつけての追撃をしてくれた。

 これが致命傷となって、敵は倒れてくれた様子……おそらくカナブンとかの甲虫だろう、鞭打ちにならずに済んで良かったと、朔也はホッとため息をつく。


 そしてこのエリア、もれなく迷彩の敵が潜んでいる可能性が浮上して来た。MP的には全く優しくないけど、不意打ちを受け続けるよりは『魔力感知』に頼る方が数倍マシ。

 そう考えて、慎重に進む事をお姫と話し合う朔也である。


「本当に厄介なエリアだね、ここって……その代わり、報酬は良いの貰えるんだっけ? それを楽しみに、慎重に進むしか無いのかな?

 MP回復ポーションやエーテルはたくさんあるし、この先はMPをケチらず進もうか」


 お姫もそれが良いねとのリアクション、それから部下を増やせとアドバイスをくれた。確かに今回は、様子見にと割と少な目の配置にしているのは事実である。

 そんな訳で、話し合った結果【殺戮カマキリ】と弓スケを仲間に加える事に。カマキリも、待ち伏せ系の昆虫界のハンターである。

 ひょっとしたら、迷彩の敵の気配を察知出来るかも知れない。


 弓スケに関しては、完全に賑やかしで人魂とのセット運用って感じ。どうやらお姫さん、仲間達への指示出しが楽しくなって来たみたいである。

 それは別に良いと言うか、朔也の負担が1つ減ってくれて逆に大助かりである。これを機に、朔也も戦闘の動きを本格的に学びたい所。


 今は身につけた装備品を信用しての、我流の戦闘をこなしている段階である。果たしてこんな感じで、この先やって行けるかどうか不安な思いは確かに存在する。

 それでもまぁ、カード回収率はそれなりに良いそうなので、敢えて大きく作戦を変える必要は無いのかも。そんな事を考えながら、ほぼ真っ直ぐな遺跡の通路を進む。


 定期的に出て来るマッドプラントと迷彩甲虫だが、両者とも不意打ちを受けなければ強敵ではない。サクサク倒して進んで行くと、やがて通路は突き当りとなった。

 そこには扉があって、6種の小さなパネルとスイッチが。


「あれっ、今回は迷彩の敵を倒しても魔石以外はドロップしなかったよね? この扉を開けるには、どう言う仕掛けをクリアすればいいんだろう?」


 朔也の言葉に、お姫は可愛く小首を傾げてハテナ顔に。それから取り敢えず、そこのスイッチを押してみればとのアドバイスをよこして来る。

 確かに他にヒントは無いし、素直な朔也は言う通りにスイッチを押してみる。すると、一番上のモニターがパッパッパッと3度点滅して、急に静かになった。


 代わりにその下の6色の小パネルが明るくなって、何かを待っているような仕草。どうやら点滅したモニターの色の順番通りに、ここを押せって事らしい。

 仕掛けが分かれば、それほど難しくはないねと朔也はそれを即答する。


 すると、扉は左右に開いて次のルートへと進めるようになってくれた。これで2つ目の仕掛けはクリアかなと思ったが、どうやら遺跡と蔦の通路はまだまだ続いている様子。

 そんな訳で、またもやほぼ真っ直ぐに続く通路を歩いて行く朔也チームである。ちなみに、新たに召喚した殺戮さつりくカマキリだが、予想以上の働きをしてくれていた。


 迷彩甲虫を、何と朔也の指示なしで切り刻む殺戮さつりく振りは何とも素晴らしい。天然のハンターの異名は伊達では無いと、朔也はすっかり感心してしまう。

 朔也も負けじと、『魔力感知』を駆使して迷彩の敵をメインに狩りのお手伝い。そうしてやっとこ1匹、殺戮カマキリより先に倒す事に成功した。


【迷彩ナナフシ】総合F級(攻撃F・忠誠F)


 そいつは枝に擬態して、しかも迷彩まで使って隠れていたナナフシだった。攻撃手段は分からないけど、隠れる事に関しては一級品の模様。

 迷彩の玉虫も相変わらず飛んで来るが、コイツはなかなか倒せていない現状である。そうこうしている内に、2つ目の扉が行く手をはばんで来た。


 今回は仕掛けが分かっているので、お姫と共に色を覚えながら見ればよい。そんなお気楽な考えでスイッチを押したら、何と出題が5回連続点滅に増えていた。

 大慌てで、最初の色は何だっけと答え合わせに懸命な朔也とお姫である。そして何とか記憶を頼りに、5色の点滅の順番をパネルで答えた瞬間にそれは起きた。

 落とし穴の発動である、どうやら朔也の答えは不正解だったらしい。


「うわっ……ひええっ、スライム!?」


 落とし穴自体は2メートル程度で済んだのだが、その穴の中にはビッシリとスライムがひしめいていた。一緒に落ちた箱入り娘が、その集団に無感情に攻撃を始めている。

 朔也の方はそうもいかず、窒息しない様に必死に立ち上がろうともがいている。すると落ちなかった青トンボや人魂が、お姫の命令でスライムに魔法攻撃を仕掛け始めてくれた。


 エンや殺戮カマキリも、どうやら落下はまぬがれたようで上から戦況を眺めている。案外と、どん臭い奴めと召喚主の事を呆れて見ているのかも。

 ちなみに、一緒に落ちた弓スケは落下ダメージが酷かった模様。足を大きく損傷しており、これはさっさと送還した方が良さそう。


 結局はカー君の魔玉(炎)の投擲で、スライムは全て魔石に変わって行ってくれた。朔也や箱入り娘にも少なくないダメージが入ったけど、溺れ死ぬよりはマシ。

 お姫の方は、さすがに味方ごと燃やしてしまえ的な作戦は取れなかった模様。気持ちは分かるが、朔也としてもお姫もカー君も怒る気には全くなれない。

 ある意味、どちらも心情は分かるし正しい行動ではあるのだから。





 ――とは言え、このリドル部屋の仕掛けはかなり怖いと判明してしまった。






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