第62話 リドル部屋行きチケット



 魔石と素材、それからドロップした毒薬などを換金して貰って14万円になった。荒川さんに尋ねた所、追加で入ったカードは全て売り切れて今は1枚も無いそう。

 そうなると、こちらも特に買いたいモノは無いし、この部屋に用事は無くなってしまう。執事やメイドさん達とのお喋りは楽しいのだが、あまり長居すると従兄弟たちと顔を合わせてしまうので嫌だ。


 そんな感じで、朔也はおいとまを告げて執務室を後にした。それに当然のような顔でついて来る薫子は、何故かメイド着から探索着へと着替えていた。

 朔也が理由を尋ねると、単純に動きやすいかららしい。それから周囲への威圧も多少あるみたいで、用心棒的な立ち位置を表明しているとも。


 それで従兄弟たちのちょっかい掛けが無くなれば、こんな嬉しい事は無い。そう思いながら食堂へと寄ると、薫子が2人前のバスケットを受け取ってくれた。

 今回はサンドイッチ系の洋食みたいで、薫子の表情は束の間嬉しそうに変化する。そしてすぐに元通りになって、朔也と一緒に中庭へ。


「今夜は、対人戦特訓の無い日でしたっけ……それならノーム爺さんの所で、夕食まではゆっくり出来ますね、薫子さん」

「そうですね、私の方は暇ですけど……実はさっきも、少々仲間と共に訓練場で体を動かしてたんですよ」


 そうだったらしい……まぁ朔也が探索を終わらせるのを、ずっと座って待ってるよりは有意義ではある。それから次に向かう“訓練ダンジョン”も、ある意味安全は保障されている。

 従兄弟たちに、場所を特定されなければとの注釈付きではあるけれど。探索が危険なのはもちろん承知の上だが、それは召喚ユニット達が守ってくれる。


 薫子は相変わらず、場所を確定されない様にとの配慮が繊細である。わざと森の中に入って、5分近く木々の間を彷徨さまよっての尾行者の確定を行って。

 いないと確信してから、ようやく目的地のガレージへと向かう念の入れようである。この独り占め状態について薫子に聞いた所、特に問題は無いとの返答であった。


 探索は“夢幻のラビリンス”で充分に足りているので、他の従兄弟たちから文句は出ない筈だと。向こうも追加で探索をしたければ、もう1度潜れば良い話である。

 確かにそうだが、いささか乱暴な気もする朔也である。とは言え、ノーム爺さんに迷惑をかける心配がある限り、朔也は自分から“訓練ダンジョン”の存在を明かす気は微塵みじんもない。


 そんな感じで、こそっと追跡者の目を避けてのガレージ潜入からのゲート入り。ノーム爺さんは相変わらずそこにいて、お土産に期待の眼差しを向けて来る。

 それを見越したように、薫子が懐から小瓶を差し出した。それを嬉しそうに受け取るアカシア爺さんは、今日も酔っぱらう気満々のようである。


 それは置いといて、朔也と薫子はテーブルを利用させて貰っての昼食の準備を始める。お姫も寄って来て、自分の好物の甘味を取り分けてくれとせっつき始めた。

 その辺は心得ている朔也と薫子は、ノーム爺さんのお摘まみも用意しつつの昼食を開始する。話題は色々だが、やっぱり探索での出来事がメインになってしまう。


 そんな中、気になる“夢幻のラビリンス”での従兄弟たちの活動状況なのだが。5層にある中ボス部屋に到達しているのは、16人の中ではたった8名らしい。

 その中でも、半数以上は外様とざまの探索者の力を利用しての到達だったようだ。そんな訳で、カード回収率やレベルアップに関しては、未だに際立った者はいないとの報告。


 新当主の新しい規制に関しては、この館内には戦える執事やメイドは多数存在する。とは言え、ほぼ全て祖父の鷹山ようざんの直属の部下だったため、甥や姪に忠誠を誓う者は存在せず。

 そのため、探査を積極的に手伝う者はいなくて場は混乱しているのだとか。つまりは、しっかり従えとの従兄弟たちの声に対して、甘えるなとの反論の声が至る所から。


「そ、それは凄いですね……そのスパルタ精神が、祖父や新当主に無かったのが悔やまれますけど。と言うか、新当主も従兄弟たちが探索で、祖父の遺産カードを回収してくれないと困るんですよね?

 ある程度は妥協したりなだめたり、本当に大変な立場ですねぇ」

「新当主も、厳しい性格の方ではありませんからね……どちらかと言うと芸術肌のお人で、学生時代はそっち方面の学校に通ってらっしゃったんですよ。

 ただまぁ、長男だし特殊なスキルを『能力の系譜』で受け継いだ事もあって、探索者の活動も並行して続けてましたけど。レベル的には、鷹山ようざん様や執事頭の毛利もうり様には全く及んでなくて、新当主としての肩身は狭い感じなんですよね」


 何しろ、執事やメイドの中にも高ランクの者がひしめいていて、そんな中での新当主の肩書きが降って来たのだ。確かに肩身は狭いだろうし、大変そうではある。

 そんな中で、祖父の遺言を粛々しゅくしゅくと遂行しようって時に、弟や妹からの突き上げである。子供たちの命を優先しなさいよと、まぁその気持ちも分からなくもないけど。


 蝶よ花よと大事に育てられた環境の中では、しっかりした芯のある人間は形成出来ない。試練に立ち向かう強い心は、逆境や厳しい環境を乗り越えた者の武器なのだ。

 そう言う意味では、朔也や腹違いの兄の朱羅しゅらが祖父の遺言探索で良い結果を出しているのもうなづける。そして軟弱な従兄弟たちが、悪辣あくらつな手を使うのも甘やかされて育てられた結果だとも取れる。


 そう考えて、朔也はちょっと嫌な気分になってしまった。祖父の直系の部下だった、執事やメイド達の反論は何も間違っていないのは確かだ。

 ただし、それが従兄弟たちの心に刺さる日は来ない気がする。




 そんな感じで、昼食とお昼休憩を終えた朔也は探索準備を始める事に。今日の選択エリアだが、そろそろ入手した『チケット(リドル部屋)』を利用する事に。

 ノーム爺さんの助言では、そのエリアでは宝箱に遭遇しやすいそうだ。中身にも期待して良いと言われ、これは使わない手は無いなと思った次第である。


 薫子にも頑張って下さいと励まされ、いざ仲間を召喚してのチケット使用に踏み切る。待機フロアで使用したそれは、その場所で全く新しいゲートを発生してくれた。

 そこに勇んで踏み込む朔也とその一行、行ってきますと送り出す2人に声を掛けての出陣である。そして踏み込んだ先だが、何とだだっ広い室内だった。


「うわっ、ここは一体どこだろうね、お姫さん? あっ、アッチに扉がある……うわっ、敵も結構いるのかなっ?」


 広い室内には、正面に大きな扉があってそれ以外は入って来たゲートのみ。綺麗な紋様入りの柱と壁はともかくとして、他には特に特筆すべきモノはない。

 そして周囲を見渡すと、大きな蜂型モンスターと妙な球根型モンスターがそれぞれ縄張りを主張していた。空と地面に数匹ずつ、まずはそいつ等を倒すべきだろう。


 そう思って号令を掛ける朔也だが、カー君は全く別の方向に警戒の鳴き声を発していた。何だろうとよく見ると、宙に迷彩色の何かが飛翔している。

 どうやら蛾か蝶のようで、注意して視ないと分からない敵の迷彩振り。


 ビックリしていたら、そいつはエンが簡単に剣で斬り捨てて倒してしまった。そして落ちるのは、魔石(微小)と妙な形のパズルピースが1つ。

 すかさずお姫がそいつを拾って、何だろうと言う表情を浮かべている。朔也も意味不明って顔だけど、とにかくそう言う敵がいるのなら注意はしておかないと。


 とか思っていたら、チームが突然の超音波攻撃を受けていた。朔也も思わず耳を塞いでしゃがみ込む、HPにもダメージを受けたようだ。

 頭がクラクラする中、エンが2匹目のステルス型モンスターを倒したのを確認した。エンは何だか、そう言う痛みに対して耐性があるような感じがする。


 攻撃を受けても顔色一つ変えないし、平気で反撃するのは凄い精神力である。お陰で一難は去ったけど、そんな敵がまだ周囲に潜んでいると思うとゾッとする。

 そんな事を考えていると、朔也がある事をひらめいてしまった。2つ目に覚えた『魔力感知』を使えば、そんな敵を発見出来るのでは?


「あっ、感知出来たかもっ……みんなは蜂と球根型の敵をやっつけてて。僕が見えない敵の相手をするから」


 そう言いながら、朔也は麻痺のショートソード+1を手に、ひらひらと飛んでいる敵をロックオン。意外と近くを飛翔していた敵を、続けざまにスキル技の『急所突き』を使いながら倒して行く。

 これで4匹倒したが、どいつも奇妙なピースを100%の確率で落としてくれている。ちなみに今日の召喚ユニットだが、お姫とエン以外は定番の組み合わせ。


 つまりは箱入り娘にカー君に、青トンボに人魂でチームを組んでいる次第である。コックさんと赤髪ゴブは、残念ながらまだ復帰出来ないみたい。

 追加のユニットは、様子を見て増やそうとの朔也の作戦である。まぁ、今の所は平気なようで、箱入り娘もオートで敵を釣ってはブロックを繰り返している。


 それに攻撃を仕掛けて倒すのは、人魂と青トンボのお仕事らしい。どうやら妖精のお姫がその辺の指揮をっているようで、物凄く安定している。

 エンは用心棒のように、不意に近付いて来た大蜂を一撃で斬り伏せて味方の援護。その戦闘力は相変わらず凄まじいが、何だかチームワークも取れてきた感が。


 それがお姫の仕業だとしたら、この小さな淑女はとんでもない能力を秘めているのかも。今までは朔也の指示出しを邪魔しない様にしていたみたいだが、今後は指揮権を譲った方がいいのかも知れない。

 そんな朔也の方も、少し離れた場所の迷彩蝶の5匹目を撃破し終わった。名前が分かったのは、4枚目に《カード化》に成功したから。


【迷彩蝶】総合F級(攻撃F・忠誠F)


 コイツの超音波攻撃と迷彩の能力は凄いが、体力は物凄く低くて朔也の攻撃でも簡単に倒せてしまう。そして集まって来たパズルのピース、これは何かの仕掛けっぽい。

 そう言えば、ここはリドル部屋だったなと思い出した朔也は、ようやく解決の方向性を見い出した気分。そしてパズルのピースを眺めるに、まだ少し足りない模様。


 召喚ユニットチームの周囲の殲滅作戦は、好調な模様で敵の数はグンと減ってくれている。それに安心した朔也は、もう少し行動範囲を広げる事に。

 『魔力感知』は使用にMPを使うので、その辺の管理は慎重にしないと魔力切れを起こしてしまう。そのせいで、迅速に全ての迷彩蝶を倒そうと焦っていたのかも。


 柱の1本に停まっていた蝶をタゲって近付いた朔也は、何と別のモンスターに不意打ちを喰らう事に。同じ柱に隠れていたのは、人間位のサイズの大芋虫だった。

 知らずに近付いて来た獲物に対して、ソイツは糸を吐いて捕獲の構え。思わず声を上げてしまった朔也だが、迷彩蝶からも攻撃を受けてボコ殴りの破目に。


 何とか剣を持っていた右手は自由だったので、迷彩蝶の方は始末する事が出来た。残った大芋虫だが、その巨大な口器こうきが朔也へと迫って来ている。

 今度の悲鳴は、恐らく魂が発したと思われる声量だった。柱の上から襲い掛かる大芋虫は、腹が減っているのか朔也を頭からかじる気満々。

 頼みの召喚ユニットは、割と離れた場所で召喚主のピンチに今気づいた所。





 ――この窮地きゅうち、さてどうやって切り抜ける?






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