第59話 10日目の重大発表



 さて、10日目の朝である……目覚めは爽やかとは言い難いが、今日も頑張って行きたい所存。朔也さくやはそんな事を考えながら、ベッドを降りてカーテンを開く。

 今日はあいにくの雨らしいが、気分的にはこの陰鬱いんうつな雰囲気はピッタリな気がする。何しろ昨日の対人戦特訓の結果が、かなり後味の悪いモノとなってしまっていたのだ。


 朔也は最初の対人戦では無事に勝利を収めたのだが、問題はその隣の対人戦特訓だった。どうやら組み合わせは、朔也の腹違いの兄同士であったらしく。

 つまりは三男の直治なおはるの子供同士で、問題はその長男の銀河ぎんがが同伴させた探索者だった。例の赤髪と金髪のコンビで、戦う前から態度の悪さは一級品。


 腕前もそうならば、或いはあんな悲劇は起こらなかったのかも知れない。つまりは対戦相手の、めかけの子の朱羅しゅらに両者とも殺されてしまったのだ。

 まぁ、気持ちは分かる……朔也も2日目の対人戦特訓で、エンが対戦相手の探索者に勝利してスッキリしたのだ。とは言え、さすがに殺してしまえとまでは思っていなかった。


 腹違いの兄の朱羅は、何と自分の手でその“裁定”を行ったそうだ。つまりは血統の証明戦に、赤の他人を同伴するのは認められないと。

 従兄弟たちやその両親、果ては新当主の判断に対する実質的な当てこすりである。つまりはダンジョン探索をソロで行う勇気の無い者は、しなきゃ良いだけの話だと。


 朔也もその理論には賛成だし、朱羅も見えないところで従兄弟連中から痛烈な嫌がらせを受けていたのだろう。ただし、その後に兄の銀河まで殺めようとしたのはやり過ぎである。

 その後の対人戦特訓は、当然のように中止となってしまった。とは言え、探索中の死亡や事故は、探索者にとっては普通の事でもある。

 今回の訓練中の死亡も、何となく事故で済まされそうな気配。



 そんな事を考えていると、部屋の扉がノックされて朝食が運ばれて来た。運んで来たのはメイドの薫子で、どうやら新たな発表を携えて来たみたい。

 朔也は取り敢えず朝食を食べながら、その報告を聞く事に。どうやら昨日の夜に、新当主とその兄弟で話し合いが行われたらしい。


「まぁ、話し合いは相当揉めたみたいですねぇ……特に三男の直治なおはる様が、相当にゴネて新当主に咬み付いたみたいです。

 とは言え、騒ぎを起こしたのも直治なおはる様の腹違いのお子様ですし。新当主に当たるのもお門違いな気がしますけどねぇ」

「それで、朱羅……兄さんは、結局はおとがめなしですか。まぁ、良かったんでしょうね。それで結局は、館内を好きに徘徊していた探索者は一斉退去の決定なんですね。

 僕としては、嫌がらせの範囲が狭まってラッキーですけど」


 そんな朔也の呟きに、途中から勝手に出現したお姫がウンウンと頷いて肯定の素振り。そしてジャムを両手で頬張って、勝手にご相伴にあずかっている。

 この辺は毎度の事なので、朔也も特に注意はしない。薫子が、妖精用のスプーンを特注しましょうかと妙な事を口走っておしぼりを用意してくれた。


 恐らくだが、探索者の館からの追放に兄弟が文句を言ったのだろう。子供たちの安全が確保出来ないとか、そんな感じの議論がなされたと思われる。

 安全な探索など無いと言うのに、何とも呑気な議論であると朔也は思う。それはともかく、薫子が昨日の対人戦特訓戦の録画データを持って来てくれた。


 そして朔也がスマホを持っていないと聞くと、驚き顔ですぐに揃えますと約束してくれる。ダンジョン内では通信は不可能でも、録画は可能なので持ち歩く探索者は多いと言う。

 そして自身の探索風景を、動画にアップして収益としている者も多いのだとか。なるほど、それはなかなか面白そうだと、朔也は食指しょくしをそそられてしまった。


「朔也様のスマホは、明日にでも用意させて貰います……肩にセットして、探索動画を録画する事も可能ですよ。ってか、是非そうして下さい。

 取り敢えず、昨日の問題の動画を一緒に観ましょうか……かなりショッキングなので、食べたモノを戻さない様にお願いしますね?」

「あっ、そうですね……人が亡くなったシーンですもんね」


 そう言う朔也は神妙な顔付きになったが、妖精のお姫に関しては何だコノ薄っぺらい板切れはって感じ。その中に移る映像には、おおッと驚き模様で視聴している。

 そして肝心の対人戦のシーンだが、銀河ぎんがの実力については可もなく不可もなくって感じだろうか。召喚ユニットは、体格の良いゴーレムや幻馬などが3体ほど。


 それを迎え撃つのは、朱羅の召喚したラミアやオルトロスだった。オルトロスは双頭の犬で、何とブレスも吐くようだ。そしてラミアの方が、魅了能力で敵ユニットを操ってその時点で決着はついた感じ。

 それを関係ないぜと、赤髪と金髪の探索者が朱羅の陣営へと接近して行く。手には片手剣や斧を持っていて、る気満々なのは映像からも丸分かり。


 それを迎え撃ったのは、朱羅が新たに召喚した日本刀型の召喚ユニットだった。その刀身は、既に血を吸ったように赤くて妖艶な気さえする。

 それを振るう召喚主の動きは、まるで操られているかのように優雅だった。そしてあっという間に2人を血祭りにあげ、カメラに向かって残忍な笑みを浮かべる。


 前もって忠告されていた朔也だが、やはり気分の良いモノでは無かった。しばらく口元を押さえていると、薫子もそれを察したのか別の動画を流し始めた。

 それは朔也の昨日の戦闘シーンで、2階席からの角度は割と新鮮かも。相手の光雄みつお側の動きも良く見えるし、反省点も洗い出せる気がする。


 それにしても、巨人での速攻の襲撃はとても見事だった。こちら側からすると、本当にしてやられた感が半端ない奇襲で反省しかない。

 その時は、咄嗟に朔也がチームに声掛けして、偶然人魂が覚えていたとりき能力で乗り越える事が出来た。思うに、魅了系の能力は対人戦では凄く効果的かも。


 反省点だが、横着をしてカーゴ蜘蛛を召喚しなかった事だろうか。ノーム爺さんにセットの運用を提言されていたのに、オモチャの兵隊をソロで活用してしまった。

 そのせいで、足の遅い彼らは一撃でぺちゃんこにされてしまったのだ。カーゴ蜘蛛に乗せていれば、回避の手段もあったかも知れないと言うのに。


 それからもう1つ、パペット兵を2体もメインに運用している点も問題な気がする。パペット兵士は、主人の命令通りに動いてくれるが、言い換えれば命令が無いと迅速な動きは出来ないのだ。

 それを2体同時に使うのは、やっぱり無理がある気がする。普段は問題無いとは思うけど、こんな突然の奇襲を受けた際には、朔也も混乱していで正常な判断が下せない。


 それにしても、エンの戦闘能力はかなりのレベルにあるようだ。B級探索者とタメを張ってる時点で、F級ではないと言う回答が出ている気がする。

 そして人魂の活躍の凄さと、MVPの赤髪ゴブは凄かった。あるじを無視の勝手な行動ではあったが、それが良い方に作用したって感じだろうか。


 そんな事を薫子と話し合いながら、取り敢えずの動画視聴会は終わった。それにしても、改めてさっきの殺害された赤髪&金髪探索者の雇い主が、美都子みつこの兄妹だったとは。

 ひょっとして、裏で2人が組んでた疑惑も浮上するけど、それはまぁ良い事にする。今更言い立てても仕方ないし、館の中の行動が楽になった報告で満足の朔也である。


 それより、執事とメイドの同行が許可されましたよと嬉しそうな薫子である。その辺の事情を聞くに、畝傍ヶ原うねびがはら家に仕える執事やメイドは、意外と戦える者は多いらしい。

 なので、その辺は心配ないし公平にはなりましたとあっけらかんな薫子の発言である。とは言え、今更メイド同伴で探索を行うのは、何と言うか名家にくみするみたいで嫌である。


 そう朔也が口にすると、薫子は気にする事無いのにと詰まらなそう。幾分か砕けた口調になっているのは、朔也に気を許している証拠なのだろう。

 それはそれで、探索の仲間には良い気もする朔也である。


「でもやっぱり、従兄弟たちに見せる弱みは少ない方がいいですからね。ほら、この前の森の中にあった“高ランクダンジョン”みたいな、こっそり行ける所にたまに行きましょうよ。

 それなら、入る所を見られないですし」

「まぁ、私と朔也様ではレベルが違い過ぎるから、組んでもレベルアップは難しくなっちゃいますね。探索のイロハは教えて差し上げられるとは思うんですが、レベル成長は確実に遅れちゃいますねぇ。

 分かりました、それじゃあ週1の“高レベルダンジョン”は約束ですよっ!」




 そして探索着に着替えての、朝1番の3階の執務室である。今日も朔也が一番乗りらしく、他の従兄弟たちの変化については確認は出来そうもない。

 まぁ、新当主の決定なので敢えて逆らう者はいないだろう。そう言えば、確かに他の従兄弟連中の経験値稼ぎは、朔也に較べて遅いかなと感じてはいた。


 どうやらソロ活動にも、結構なメリットはあったようだ。ダンジョンの成長システムは、その辺に関してはとっても公平であるらしく本当に良かった。

 そんな訳で、今日も思い切り稼がせて貰おうと気合いを入れる朔也である。老執事の毛利もうりや、若い執事とメイドさんにも応援されて、やっぱりここの空気は心地よい。


 そんなメイド仲間に、薫子は同伴はしないむねを説明している所。この探索はカード取得がメインなので、ある意味レベルアップは二の次ではある。

 ただし、レベルが上がった方がカードの回収が有利になる事も本当である。なので朔也の作戦と言うか言い分は、至極もっともで注意するような事でもない。


「朔也様はカード回収率でもトップ3に入りますし、レベルの上昇率も凄まじいですからね。鷹山ようざん様の遺産カードを、最初にゲットした功績も頷けると言うモノです。

 是非ぜひともこのまま、健やかに成長を遂げて行ってくださいませ」

「ええ、館での行動も妙なやからがいなくなってくれて、絡まれなくなったのも大きいですしね。少なくとも、2枚目の祖父の遺産カードは手放す事態にはならないでしょう。

 とは言え、簡単に回収して来るとは約束出来ないですけど」


 朔也もあの妙なエリアに侵入を果たした、明確なトリガーは分かってはいない。再現しろと言われても無理な話で、取り敢えずは今日もひたすら頑張るのみ。

 そんな訳で、いつものように帰還の巻物とMP回復ポーションを2本買っての探索開始。執事とメイド達に見送られ、朔也はいざゲートを潜ってダンジョン内へ。


「おっと、今日も“洞窟エリア”なんだ……この前のリベンジは出来るかな、また妙なエリアに放り込まれない様に気をつけなくちゃ。

 取り敢えず、4層を目標に頑張ろうか、お姫さん?」


 妖精のお姫はそうだねと、空中で相槌の素振り。朔也は仲間の召喚を次々にこなして行って、コックさんの不在に改めて顔をしかめて思案顔。

 昨日の対人戦特訓で、見事に倒されてしまったのをうっかり失念していた。それなら今日は、箱入り娘の1トップで頑張って貰うしかない。


 召喚された青トンボも、いつもの止まり木がいないと不満そう。仕方なく箱入り娘の頭に止まったが、安定性はイマイチのようだ。

 代わりに、人魂は暗いエリアに嬉しそうな雰囲気をかもし出している。それならと召喚コストたった2MPの弓持ちスケルトンも一緒に召喚する事に。

 まぁ、3層まではこんな感じで進んで行けば良いだろう。





 ――敵の強くなる4層からは、朔也も少し編成をいじる予定。





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