第58話 3度目の対人戦特訓



 “墓地エリア”の4層で、風変わりな行商人と遭遇した朔也さくやは、その後何とか無事にダンジョンを脱出出来た。そして宴会しながら待っていた、アカシア爺さんに魔石を手渡す。

 この辺は毎度の行事で、その量が少ないと文句を言われる始末。もう少し頑張れとか、サイズが小さいのばかりだと最初はお小言が多かったのだが。


 最近は4層に到達出来るようになって、そんなお小言も少なくなって来た気がする。カードの回収率もまずまずで、朔也はさっそく死霊軍の合成強化に踏み込む事に。

 そして取り敢えず、ゾンビと骸骨と人魂の強化は見事に成功して終了の運びに。これが今夜の対人戦特訓に影響するかは定かではないが、まぁ良い合成の練習にはなった。


【合成スケルトン(弓)】総合F級(攻撃E・忠誠F)

【合成ゾンビ(臭)】総合F級(攻撃E・忠誠F)

【滅陰の人魂(妖)】総合E級(攻撃E・忠誠E)


 しかもスケルトンは弓兵の能力が残ってくれて嬉しい限り。雑兵×2と弓兵の合成だったのだが、どうやら強い特徴はそのまま引き継がれるようだ。

 そしてゾンビも同じく、腐敗の臭いはそのまま引き継がれてしまった。これを自分のチームで運用する際には、充分に扱いに注意する必要がありそう。


 そして隠滅の人魂だけど、つい試しに『赤照水晶』を1つ使ってしまった。そして目論見通りに、F級カードがE級へと昇格して、なるほどこれはレア素材である。

 人魂に(妖)のマークがついたのも、そう言われると副作用なのかも知れない。どんな特性なのか、使ってみないと分からないけどちょっと楽しみだ。


 カー君の『隠密』みたいに特殊スキルを覚えたのなら、かなり儲けた計算になりそう。ノーム爺さんと薫子とそんな話をしながら、朔也は錬金を終えようとする。

 すると、メイドの薫子が巻物がロビーの回収ボックスに入ってましたよと横槍を入れて来た。どうやら暇な時間に、あれこれロビー内を見て回っていた様子。


「この強化の巻物2冊は、永続の良品じゃないですか、朔也様? 攻撃なら武器に、防御なら装備に付与すれば探索も有利になりますよ。

 これも確か、錬金術のおハコじゃ無かったでしたっけ……執事の村井が、確か錬金術スキルを取得してた筈で皆が頼んでましたよ」

「へえっ、そうなんですか……これは確か、攻撃力アップの巻物だっけ。まだどの武器をメインにするか決めてないんで、取り敢えず使うのを保留してたんですよ。

 でもまぁ、お試しに使ってみようかな」


 そんな訳で、こちらもノーム爺さんにやり方を教わっての、初の武器強化合成を行う朔也であった。選択した武器は麻痺のショートソードと光の棍棒で、どちらも普通に+1となってくれたようだ。

 そんな感じで鑑定の書を使いまくっていたら、『鑑定の書を30枚使用しろ』『強化合成を成功させろ』と言うクエストボードの依頼をいつの間にかクリアしていた。


 そして貰えた報酬は鑑定チケット(上級)が5枚と、強化の巻物(永続・防御)が1枚と魔結晶(中)が3個だった。こちらもすぐに、購入したばかりの『魔銀チェーンメイル』に使用して+1にしてしまう。

 それから、行商人と出会って買い物をした話を、2人に打ち明けてその成果を見せびらかす。ついでに借りていた『練習用クロスボウ』は、ノーム爺さんに返却の運びに。


「ふんっ、これは練習用じゃからな……戦場に持ち込むのが、そもそもの間違いじゃて。まぁ、それなりの品を早々に行商人から買えて良かったわい。

 小僧さんも、それなりにええ運を持っとるんじゃな」

「そうですね、そのチェーンメイルもなかなかの良品ですよ、朔也様。良い買い物をしましたね、これで夜の対人戦特訓もバッチリですよっ!」


 そこまで楽観は出来ないけど、まぁカードも普通にC~D級が増えて来てくれたのは嬉しい改善点だ。行商人にオマケで貰ったステアップ果実(魔力)を頬張りながら、対人戦の作戦をぼんやり考える朔也である。

 何しろ全員が強制的に出席なのだ、それに備えて体力も温存しておかないと。3人でお喋りしながら、取り敢えずはこのまま夕方まで寛ぐ事に決める。

 戦士にも休養は必要だ、探索者だとしたら尚更の事――




 それから夕食前には離れの自室に戻って、夕食を食べて時間が来るのを待つ。今夜も8時少し前に、薫子が自室まで迎えに来てくれた。

 朔也は既に探索着に着替えて、準備万端で対人訓練の始まりを待っていた。今夜も同じ場所、つまりはあの体育館みたいな訓練場に従兄弟たちが集うようだ。


「この館の“夢幻のラビリンス”から探索を始めた皆様の中では、朔也様は既にトップクラスの実力をお持ちのようですね。レベルもそうですが、やはり“訓練ダンジョン”も併用している差が大きいんですかね?

 ただまぁ、次男の利光としみつ様のお子様たちは、探索者の経験がおありな方々ばかりですから。今度はその方たちに追いつくよう、頑張らねばなりませんね」

「そうですね、後はこの館を好きにうろついてる探索者の方たちですか。強い方もまぎれているようで、対戦するとしたら気は抜けませんね。

 従兄弟の中では、普通に自分の駒として扱うのが常識みたいですから」


 それはある意味、従兄弟たちへの批難なので薫子は敢えて反応せず。それから探索者経験のある、利光としみつ叔父の次男の春海はるみには、前回の対人戦で勝利している。

 それにも触れないのは、春海が見掛け倒しで全く才能の欠片も見られなかったからだろうか。朔也からすれば、あれはただの動く的でしかなかった。


 酷い言い方だけど、召喚ユニットを駆使しての戦闘と言うのは、ある程度のセンスが必要みたいである。ただ強いユニットを1体配置するだけだと、召喚主の守りがおざなりになってしまう。

 そこを突けば勝てるし、それは従兄弟たちも2度の訓練で分かっただろう。つまりは、自分の総MP量内での召喚のやり繰りが腕の見せ所と言った感じだろうか。


 そう言う意味では、今回は苦労するかも……まぁ、しょせんは訓練なので別に負けても構わないのだが。それでちょっかい掛けが酷くなる方が、朔也としては嫌である。

 そんな事を考えていると、いつの間にか訓練場へと到着していた。今回も2階席の見学人はぼちぼちいて、新当主もしっかり座っているようだ。


 そして全員到着と同時に、4面ある対人訓練場が対戦で埋まって行く。16名の祖父の孫たちは、対戦相手を指名しての闘技スタイルがお好きな模様。

 いや、朔也は別に好きでは無いのだが、決まって最初に的にされる運命みたい。今回も真っ先に指名されて、その相手は新当主の盛光もりみつ叔父の三男坊だった。


 名前は確か光雄みつおだっただろうか、次男と似たようなポッチャリ体型で背は更に低い。探索者には向いてない見た目だが、後衛なら問題無いのかも。

 それはつまり前衛能力の放棄だが、そう言った戦い方も当然ある。肝心の《カード化》スキルでのユニット補充が出来ないのが、残念な点ではあるけど。


「ようっ、戦闘訓練じゃ兄貴たちが世話になったな……俺とやろうや、年も近いしいいだろ? おっと、念の為に助っ人の探索者も訓練に同伴させるぜ。

 いつも組んでダンジョンに入ってるからな、ボッチのお前と違ってよ」

「はあっ、別に構いませんけど……」


 朔也の余裕の返しが気に入らなかったのか、光雄みつおは物凄い目付きで睨んで来た。それからベストを着込んで、反対の闘技場の入り口へと歩いて行く。

 あの三男とは特に面識はなかった筈だが、どうやら朔也の悪目立ちは従兄弟たちの間では有名のようだ。仕方ないので、朔也は手っ取り早く対戦を受ける事に。


 どの道、誰かと必ず1度は戦わないといけないのだ……それなら、さっさと対戦を済ませてしまうに限る。あのポッチャリ三男坊は、しかし対人戦に相当の自信がある模様。

 何か作戦があるのかも、気をつけねばと思いながら朔也も特殊なベストを着込む。このベストはダメージを吸収してくれるが、数値がゼロになると対戦は負けになる。


 ただし、同伴の助っ人探索者はその限りでは無いのは前回思い知っただろうに。懲りないなと思うけど、あの髭面の助っ人探索者は確かB級との噂だったような。

 エンで勝てるかなと思わなくもないが、ここは信頼するしかない。いつものメンバーを召喚しながら、ポッチャリ三男坊の陣営を朔也は抜かりなくチェックする。


 どうやら向こうのメインは2メートルの有角トカゲと、妙なピエロみたいなモンスターらしい。それからもう1体、魔術師っぽい狐顔の獣人みたいなモンスターも追加された。

 朔也もいつもの布陣に加えて、今回はオモチャの兵隊と新しく生まれ変わった(?)人魂を召喚する事に。兵隊さんたちだが、対人戦のフィールドは広くないので支援は充分に届く筈。


 そう考えての選択だが、果たしてオモチャの兵隊たちは、ラッパや太鼓で賑やかに演奏を開始してくれた。それにより、チーム全員に攻撃力アップや防御力アップの効果が付与される。

 これは確かに凄いかもと、このカードを手放した従兄弟をちょっと憐れむ朔也だったり。ただし、次の瞬間にはポッチャリ三男坊の攻撃に仰天する破目に。


 開始の合図が言い渡された途端に、相手は4体目のユニットを召喚した。そいつは5メートルサイズの1つ目巨人で、たった4歩で手にする棍棒の射程に朔也チームをとらえて来たのだ。

 その攻撃に、朔也は仲間へ避けてと必死に指示を出すしか出来ない有り様。敵ながらアッパレな速攻である、油断していたこちらも悪いけど。


 結果、パペットのコックさんが避け切れずに巨大な棍棒の一撃を浴びて送還されてしまった。ただし、怒りの反撃をしたユニットが、チームの中に1体いた模様。

 それは人魂(妖)で、なおも暴れようとする巨人の脳を華麗にハッキング。とりいたとも言うが、それによって巨人はUターンして、何と味方の筈の陣営を攻撃し始めた。


 その時には、敵のユニットは左辺から髭のB級探索者が接近中。右辺の角には、何故かピエロ風のモンスターが縮こまっての待機中である。

 自陣が混乱している中、エンは接近して来た探索者を迎撃に掛かっていた。青トンボは人魂と共に、敵陣を攻撃するつもりの模様。


 ちなみに、オモチャの兵隊も棍棒の一撃を避けれず出番は一瞬だけだった。悲しいけど、それは向こうの陣営も一緒らしい。有角トカゲと狐獣人の魔術師は、いつの間にか暴れる巨人にぺしゃんこにされていた。

 そして向こうの大将だけど、何故か一瞬で右側の角へとワープで逃げ出していた。どうやらピエロの特殊能力で、恐らく互いの位置の入れ替えとかだろうか。

 面白い能力だけど、使えるのは1度だけみたい。


 その時には、赤髪ゴブがそちらに回り込んでいて、倒そうと思っていたピエロの変化に驚き顔に。それからヤル事は変らねぇなと、嬉々として殺戮さつりくを始める始末。

 結局、今回の戦いのMVPは赤髪ゴブがさらって行く流れに。エンと髭面B級探索者の戦いは、敵の大将が倒されて痛み分けの強制終了。


 どうやらオモチャの兵隊の強化支援は、演奏中しか効かない模様だ。コックさんの送還も痛かったが、まぁ何とか勝てて良かった。

 などと思ってたら、隣の闘技場でこちら以上の騒ぎが起きたようだ。2階席がざわめいており、騒ぎを目撃して卒倒した女性も出てしまったみたい。


 執事やメイドたちも集まって、その喧騒けんそうを何とか収めようと努力している。騒ぎの渦中にいるのは、どうやら同じ腹違い兄弟の朱羅だった。

 彼は血に濡れた腕を振り回して、自分の正当性を叫んでいた。


畝傍ヶ原うねびがはら家の者達は、誇りやプライドを持たないクズの集まりかっ!? 祖父の鷹山ようざんの血を継ぐ者は、自身の血へのアイデンティティを持たないのか?

 外部の探索者をダンジョンに同行するのは、『能力の系譜』の否定に他ならない。そんな奴らは、祖父の遺産カードの収集レースからさっさと抜けるがいい!」





 ――そう口にする朱羅の手は、たおした探索者の血で赤く染まっていた。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る