第39話 台所エリアの蝸牛



 2層の探索も順調で、倒した敵の数も既に10匹以上に上って行った。とは言え、その大半が大ゴキブリや大ネズミなので、大した経験値にはならないだろう。

 回収したドロップ品も、ネズミの尻尾やゴキの触手と意味不明なモノばかり。妖精のお姫は、そんなのバッチいから拾うのよしなさいのリアクション。


 そんな訳で、魔石(微小)だけを拾って台所を横断して行く朔也さくやチームである。するとようやく骨のありそうな、飛翔する包丁や熱湯をたたえた大鍋モンスターが出現して来た。

 もっとも包丁や鍋に、実際に骨はないけど……こちらも光の棍棒を駆使して、メッタ殴りで硬い敵を破壊して行く。


 新調した『鋼のブーツ』や『魔鋼の篭手こて』が、飛び散る熱湯を防ぐのにこの上なく頼もしい。大鍋のこの攻撃方法は、地味にヒットすると辛かったりするのだ。

 その点、痛覚の無いパペット兵士のコックさんは、熱さを物ともせず戦いに加わってくれている。お陰で誰にも怪我はなく、キッチンエリアをクリア出来そう。


「くそっ、残念だなぁ……大鍋は結局カード化せずか。せっかく1枚持ってるし、合成での強化用にもう1枚欲しかったなぁ。

 えっ、ナニ……どうしたの、カー君?」


 戦闘後の魔石を拾いながら呟く朔也に、索敵役の怪盗カラスのカー君が鋭い警戒の鳴き声を発した。驚く朔也だが、周囲を見回しても敵影は無し。

 視界に飛び込んで来たお姫が、ちっちゃな手で上を指差していた。見上げると、天井のはりに張り付いている巨大カタツムリが2匹、こちらをタゲっている。


 そして粘液を飛ばして来て、慌てて避ける朔也とエン。被弾したコックさんとゴブ弓兵は、白い煙をあげて溶け始めてしまっていた。

 どうやら割と強い威力の消化液だったらしい、クッション程度の大きさなのにあなどれない敵である。お返しにと、朔也は思い切り手にした棍棒を投げつけてやる。


 それは1匹に当たって、何とか撃墜には成功出来たっぽい。もう1匹は、弱ったゴブ弓兵に止めを刺すべく、再び消化液を吐き出していた。

 コックさんに遠隔攻撃を指示する朔也だけど、ゴブ弓兵に関しては体力の限界に至った様子。呆気なくカード化は解除されて、戦闘エリアからいなくなってしまった。


 地味に痛いのは、再召喚にはそれなりの時間が掛かる縛りである。特に今夜は、対人戦闘訓練がある日だったりするのだ。貴重な戦力が、使えなくなったのは苦しい台所事情かも。

 ここは台所だけにねと、朔也の思考はくだらないループへとまり込みそうに。と言うか、台所にカタツムリは意外過ぎる組み合わせではなかろうか?

 いや、外国では食材として使われるとは聞いた事はあるけど。


 コックさんの魔法の矢弾は、見事に大カタツムリの柔らかい肉の部分にヒットした。その衝撃で落ちて来た奴を、エンが一刀両断で退治してくれる。

 こうして危機は去ってくれたが、しばらく朔也は天井を眺めての安全確認に時間を費やす。妖精のお姫も手伝ってくれて、もういないよとの確認が数分後に取れた。


「ふうっ、カー君の索敵も完璧って訳じゃないんだね……まぁ、誰より先に気付いてくれたし、その点は優秀なんだろうけど。

 でも2層でいきなり、後衛を1体失うのは痛いなぁ」


 思わずそう呟く朔也に、お姫も宙に浮いたまま困ったねぇのリアクション。コックさんも肩口から胸にかけて溶けてるし、これは果たしてポーションで治るのだろうか。

 ポーションは魔法の薬だし、治る気もするけどどうだろう。試してみようと、朔也はダンジョンで回収したポーション瓶を取り出して、コックさんの患部へと掛けてみる。


 何しろコックさんはパペットなので、飲むべき口が無いのだから仕方がない。その結果、溶けた患部には何の変化も無し……残念、パペットは痛覚が無い代わりに、ポーション回復もしないみたい。

 ついでにMP回復ポーションで自身の回復をして、朔也は弓ゴブの代わりに呼び出す兵力を考える。随分と増えている自前のカードだけど、戦力投入には不安なメンツが大半だ。

 弓ゴブは1枚しか持ってないので、代替えは別のカードになる。そんな訳で、フットワークをメインに考えると【滅陰の人魂】【密林アリ】【尾長サル】あたりだろうか。


 コイツ等はF級でコスト的には優しいが、強さもランクに準じて全く頼りにならなそう。他にも【スケルトン雑兵】【渓谷ハーピー】なんかも良いかもだけど、見た目が可愛くないので除外したいと思う。

 あれこれ考えた結果、まずは滅陰の人魂を試してみる事に。駄目ならまた別のユニットをお試しするだけ、難しく考える必要は無いのだ。


 そう思ったら、もう1体くらい召喚するのもアリかも知れない。F級のMPコストはたった2で済むので、この際密林アリもチェックしておく事に。

 お姫にそう言うと、ジャンジャン召喚して楽しく行こうぜのリアクションが返って来た。そんな訳で、チームに密林アリも1体追加となった。


 途端に賑やかになった気がするが、まぁ3層くらいまでは手古摺てこずる事は無いと思いたい。再出発に、何とか従ってくれる人魂と蟻の新メンバーたち。

 その点、忠誠心の値って本当に大事だと思う……まぁ、どっちもFで最低値なのだが。命令を聞いてくれるか不安に思いつつ、朔也はチームを率いて前進する。



 そんな内心の重いとは裏腹に、その後の探索は割と順調に進む事に。隣のエリアと言うか続き部屋での戦闘では、見事に【食堂ネズミ】のカード化に成功した。

 それから小部屋の捜索では、ポーション瓶と良さげな包丁をゲット。包丁は戦闘で使う気は無いけど、コックさんの料理道具には良いだろう。


 ここでも2つ目の小部屋で食材を少々ゲット、探索には関係無いけど回収品はテンションが上がる。特にお姫が嬉しそうにするので、朔也も自然とウキウキ気分に。

 そして思うのは、やっぱり魔法の鞄の便利性である。重さも感じないしかさ張らないしで、大物小物ドンと来いってな心境に思わずなってしまう。


 そうして見付けた2層のゲートと、そこを護るように配置された戦闘コック(敵)である。コイツももう1枚欲しいのだけど、なかなか止めを刺すのも大変な敵である。

 何しろ腕が4本あるし、持ってるオタマからは魔法の矢が飛んで来るし。手にする麺棒めんぼうの振りは鋭くないけど、体力はなかなか高そうだ。


 そして早速、こちらにも被害が出て思わず声をあげる朔也である。勝手に突っ込んだ密林アリが、敵に踏まれて棒で叩かれて呆気なくカードに送還されてしまったのだ。

 その隙を突いて、人魂の放った炎魔法は見事にヒット。後衛陣として、コイツはなかなか使えるかも知れない。とは言え、人魂の攻撃力もEレベルで、凄く強いって程でもない。


 そんな感じでわちゃわちゃしている内に、いつの間にかコック兵(敵)は倒されて魔石(小)になっていた。他のドロップは無しで、カード化もせず。

 仕方無いので、ゲートを潜る前に尾長サルを召喚してみる。何しろ人魂の攻撃は割と強力だが、動きはスローで再アタックまでの時間が掛かり過ぎなのだ。


 これならやっぱり、割と機敏に動けていた弓ゴブの方が使い勝手に関しては良かったかも。数値に出ている能力値だけでなく、チームとの相性とかも重要な気がする。

 その辺を考えながら、果たして新入りの尾長サルはチームにフィットしてくれるかどうか。いきなり妖精のお姫にちょっかいを掛けて、彼女から顰蹙ひんしゅくを買っているのは見ない事として。


 手癖が悪いのは、ある意味悪知恵が働くとか戦闘に良い方向に働くかも。見た目は貧弱で、攻撃力はあるようには見えないのはアレだけど。

 本当に、F級ランクに眠っているお宝カードは滅多に無いような気がして来た……。エンの存在など、本当にレア中のレアなパターンだったと思われる。

 そう思うと、このエンにとっても感謝な朔也である。



 3層も同じ台所や厨房の配列で、ややエリアが広くなった感じだろうか。床も土間がメインで、たまに石畳が存在する程度。そこを駆け寄って来る、敵の大ゴキブリの群れ。

 それから少し遅れて、大ネズミも数匹参戦して来た。尾長サルはギャーギャー叫んでいるが、積極的に戦闘には参加せず。近付いた敵は、朔也とエンで片付けて行く。


 結果、またもや【食堂ネズミ】と追加で【大ゴキブリ】のカード化に成功。モロにF級のダメカードの追加に、思わず半笑いの朔也である。

 それでもカード化の確率は上がっている気はするし、合成の素材はたくさんあった方が良い。何しろ今や、朔也も『錬金術(初心者)』スキルの持ち主である。


 どんどん使って、なるべく早く初心者のレッテルを外したい思いはとっても強い。それには錬金を繰り返して、スキルを上げて行かないと。

 そんな感じでの戦闘終わりに、ようやく活躍し始めてくれる新入りの尾長サル。あちこちに転がっている魔石(極小)を拾い集めてくれて、なるほど手先の器用さはさすがかも。


 人魂は今回動かず、地面を素早く走り回る相手は苦手なのかも知れない。召喚モンスターにも個性はあるし、たまに敵として対峙していたのと違う動きをする奴もいたりする。

 例えば敵として戦った時は強かったのに、味方で召喚したらそうでもなかったとか。ひょっとして、エリア地形や同族ユニットの有無などで、能力の変動が起きているのかも。


 それを全て覚えて、召喚モンスターを使いこなすのは物凄く大変な作業になって来る。とは言え、従兄弟たちも同じ《カード化》スキルの所有者達である。

 彼らに勝利するには、そう言う特性を把握して行くしか手はない気も。


 と言うか、彼らの方がランクの高いカードを幾つも所持していて、今やハンデは物凄い事に。改めて思うが、よく新当主の長男に対人戦で勝てたモノである。

 まぁ、あの程度の相手なら、5回戦って4回くらいは勝てそうだ。エンの能力はハッキリ言ってC級ランクに劣らないし、正当な力勝負でも簡単には負けないとは思う。


 その正当な勝負の前に、カードを全て巻き上げたのがその長男の光孝みつたかである。コイツなら楽勝と朔也を指名して、返り討ちにしてやった爽快感は何とも言えなかった。

 そもそも、荒ゴトはそれ程に得意ではない朔也だけど、意外と勝負事で負けた記憶も無かったりする。カードゲームとか鬼ごっことか、もちろん子供のお遊戯ゆうぎの範囲内だけど。


 それが今夜の対人戦特訓にも生かされれば良いけどと、呑気に他人事のように考えつつも。チームの探索は順調に続いて、隣の部屋で恒例のカー君の警告の鳴き声が。

 咄嗟とっさに天井を見上げると、確かに大カタツムリが3匹梁はりにくっ付いていた。それを確認して、慌てて距離を取るようにチームに号令を掛ける朔也。


 それを無視して単独で柱を駆け上がって行く尾長サルは、一体何がしたかったのだろう。3対1では敵うはずもなく、呆気無く倒されて送還されて行く新入りその3であった。

 結局、新入り軍団で残ったのは滅陰の人魂ただ1体のみと言う結果に。このマイペースさは、ある意味貴重なのかも知れない。それからもちろん、忠誠の値もとっても大事。

 せっかく召喚したのに、言う事を聞かずに倒されるなんて論外である。


 妖精のお姫も、味方の暴走ロストにあ~あと言う表情。そして放たれる人魂の炎魔法に、大カタツムリの1体が華麗に倒されて行った。

 意外と使えるかも知れない、このローベースはともかくとして。案外と光の差さない暗いエリアでは、この人魂も活発になってくれるのかも。

 そう思えば、確かに各モンスターの特性の把握って大事?





 ――残りの大カタツムリを倒しながら、そんな事を考える朔也だった。






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