第38話 朔也のお付きメイド



 その場を何とか振り切って、朔也さくやは館の食堂を抜け出した所。ねっちりとした視線は追い掛けて来たけど、相手の挑発にずっと付き合ってもいられない。

 こちらとしては、午後の作業は既に決まっているのだ。さっさとお昼を食べて、夜の対人戦に備えるためにも“訓練ダンジョン”で経験値を稼がないと。


 出来れば頼りになる召喚カードも欲しいけど、そこまで贅沢は言っていられない。せめて対人戦に有利になる戦法を、編み出せるカードはちょっと欲しい所だ。

 などと考えながらお弁当を片手に中庭に出ようとした朔也は、ふと人の気配を感じて立ち止まった。実際には、妖精のお姫が耳を引っ張って教えてくれたのだった。


 思わず立ち止まると、建物の死角から大柄な男性がぬっと現れた。探索者なのは間違いない、ガッチガチに装備を固めて腰には武器もいている。

 年齢は30代だろうか、短髪で鋭い視線は歴戦の戦士風。


「おっと、察知能力はそれなりか……不意打ちで楽に、任務を終わらせたかったんだが。子供をいじめるのは趣味じゃないが、まぁ恨まれる当てがないか心に問うてみるんだな。

 犯人はきっと、その中にいるだろう」

「さっきの食堂の連中とか、新当主のバカ長男とかですか? 自分じゃ敵わないから、探索者を雇って不意打ちとは落ちぶれたモノですね。

 そんなのに雇われてたら、あなたの信頼も名声もそのうち地に落ちますよ?」


 目の前の大柄な探索者は、苦笑いの表情で軽く肩をすくめてみせた。それから右手にグローブをめて、こちらに乗り出す素振り。

 完全にヤル気なのは間違いなさそうで、朔也の安い挑発も彼の心には刺さらなかった模様。困ったなと及び腰の朔也、何しろ魔素が薄い地上では肝心の《カード化》の能力は効果が薄いのだ。


 妖精のお姫は、その点では完全にイレギュラーな存在である。もっとも、地上で出現しても、大した能力は持ち合わせていないお姫ではあるけど。

 それはともかく、このピンチをどう切り抜けるか……相棒のお姫は完全にヤル気で、そう言えば魔玉を幾つか渡してあったっけと思い出す朔也。


 ところが救いの手は、思わぬところから差し伸べられる事に。待ち伏せしていた大柄な探索者の動きがピタッと止まって、怪訝けげんそうに朔也の背後を見つめる素振り。

 思わず振り返る朔也の視線の先には、この館で何度か見た事のあるメイドの姿が。その存在感は飽くまで希薄で、まるで幽鬼か暗殺者のよう。


畝傍ヶ原うねびがはらの名に連なる者を、この館内で傷付けようとする行為は万死に値します。それが執事長及びメイド長の耳に入れば、あなたは跡形もなくこの世から存在を抹消されるでしょう。

 それでなくとも、この私がその任を遂行致しますが」

「この若者は確か、百々貫とどぬき姓を名乗っていると聞いたが? しかも依頼人は、アンタが敬愛する畝傍ヶ原うねびがはらを名乗るモンなんだが。

 まぁいい、ここはお互いに引くとしようや」


 そう言葉を残して、去って行く大柄な男を見送る朔也と若いメイド。確か名前を聞いたはずと、朔也は必死に出会いのシーンを思い起こす。

 前回の対人戦特訓の出迎えに来てくれたのが、この若いポニーテールのメイドだったのは間違いない。名前は芙納繁ふなしげだったっけと、恐る恐る確認してみると。


 合っていたようで、ホッと秘かに胸を撫で下ろす朔也であった。芙納繁ふなしげ薫子かおるこですと再び名乗った彼女は、一礼してそのまま館内へと去って行った。

 或いは、その振りをしてボディガードとして朔也に張り付いているのかも。だとしたら、毎日ガレージから“訓練ダンジョン”に入って行くのは、館の者にとっくにバレている恐れが。


 まぁ、それでも何も言われていない方の事を、好意的に受け取っておけば良いのだろう。そう思う事にして、朔也は足早に中庭を駆け抜けていく事に。

 お弁当箱を胸に、周囲の人目を気にしながら朔也は進む。妖精のお姫は全く気にならないようで、先陣切って宙を飛んで案内の構え。幸いすれ違う者もおらず、誰にも見咎みとがめられずに目的地へと到着する。


 それでもしばらくはガレージの車の影に待機して、ついて来る影が無いかも確認してみる。朔也の不安は杞憂に終わり、その後は安心して隠し階段を使って2階へと上がって行く。

 それからシートの端をめくり上げて、すっかり午後の日課となった“訓練ダンジョン”内へ。今日もノーム爺さんと一緒に、話をしながら昼食と洒落込む予定。

 何しろ1人切りの食事は、やっぱり味気なさ過ぎるのだ。




「そんな訳でさ、従兄弟の誰かが探索者を雇って僕に仕返ししようとしてたんだ。本当に金持ちのやる事は馬鹿げてるよね、自分の手すら汚そうとしないってどう思います?

 結果として、カードの集まりは5日経っても散々みたいだし」

「そりゃ、館の新当主のやり方も悪いわな……最近の親は、子供を甘やかし過ぎじゃないんかの? 結果として、子供が苦労したり悪の道にれてたんじゃ世話ないわい。

 鷹山ようざんの奴も探索者としちゃ名をあげたが、孫の育成には失敗したのう」


 辛辣な言葉を吐くノームのアカシア爺さんは、どうやら祖父が亡くなったのは既に知っていた模様である。その子供の新当主の盛光もりみつについても、良く知っているような口振り。

 どうしてこの“訓練ダンジョン”を、従兄弟たちにも開放しないんだろうとの朔也の疑問に。ノーム爺さんは、コップの酒を飲み干して思案気な表情。


 もちろんこのダンジョン内には、祖父の残した遺産のカードは1枚だって存在していない。とは言え、経験値とカードを稼ぐには、適した環境であるのに間違いはないのだ。

 初心者にピッタリなこのダンジョン、急がば回れと解放した方が順調に目的が達成出来そうな気が。ただまぁ、あの無神経な従弟連中が、ノーム爺さんを真っ当に扱うかははなはだ疑問である。


 従者扱いで酷く当たるならともかく、祖父の知人をモンスター扱いで処分してしまう恐れも。新当主の盛光もりみつも、或いはそれを恐れて黙っているのかも知れない。

 恐らくここは、祖父の秘密の寛ぎ空間だったのかも……そう思うと、丁寧に使用しないとって気になってしまう。なるべく今後も、他の連中にはバレないようにしようと固く心に誓う朔也であった。


 そんなおかずを分け合っての昼食も、恙無つつがなく終わって腹ごなしの時間。妖精のお姫も、抜け目なく甘味をゲットしてお腹をパンパンにしている。

 探索に関しては、最近は予定を報告するのも楽しい朔也である。アカシア爺さんに魔法の鞄のお礼を言いつつ、カラスのお供の周囲警戒が役立っていると口にして。


 後はやっぱり、チームバランス的に魔法使いか盾役が欲しいかなと、贅沢な悩みを打ち明ける。ノーム爺さんは、人型のモンスターならやっぱり台所エリアじゃなと助言してくれた。

 確かにコックさんをゲットしたのも、このエリアだった。それなら今日はそっちを攻略しようと、朔也は午後の計画を組み立てて行く。


 ちなみに宝箱からゲットした『チケット(リドル部屋)』だが、これは使い切りのアイテムだとの事。1度だけ特殊なエリアに侵入する事が出来て、大抵は宝箱が用意されてるそう。

 とっても魅力的だが、再突入は不可なので慎重に事を運ばないと。取り敢えずもう少しレベルをあげてから臨んでも良さそう、そんな訳で今日はパスする事に。


「それじゃあ、ひと稼ぎして来ますねアカシア爺さん。それで戻ったら、また合成装置の扱いの面倒見て下さいね。今日はカード合成と、それからクロスボウボルトの合成もやる予定だから」

「そりゃええこっちゃ、頑張っておいで坊主さん……お主が死んだら、酒をみついでくれるモンがおらんなるからの」


 酷い送り出しの文句だが、照れ隠しもあるのだと朔也は勝手に解釈する事に。軽く手を振って、頼もしい仲間達を順番に召喚してから、いざ“台所エリア”のゲート前へ。

 今回もチームの構成員は、エンとコックさんと妖精のお姫、それから弓ゴブと新入りの快盗カラスに決定。以前と違うのは、荷物持ちのカーゴ蜘蛛が抜けて探索役のカラスが入った事くらい。


 チームの総合力としては、攻撃力は上がって無いけど臨機応変さは少しだけ上昇したと思いたい。朔也も遠距離武器をゲットしたし、索敵役が増えて不意打ちを受ける可能性がグッと減ってくれた。

 今回は“台所エリア”なので、視界が変に悪いって事も無いだろう。それでも、カラスは斥候役に活躍してくれるのは既に承知している。

 この布陣に、だからしばらく変更は無いと思う次第。



 そして何度目かの食堂エリア、相変わらず暖炉で燃え盛る炎がこちらを照らして来る。それから大きなテーブルと、床は土間と言う不思議な組み合わせ。

 “訓練ダンジョン”のランクは元から高くないので、出て来る敵も“夢幻のラビリンス”に較べればずっと弱い。その中でも最弱なのが、ここの大ゴキブリとか大ネズミだろうか。


 もっとも、げっ歯類のネズミにかじられるとそれなりに痛いし病気になりそうで怖い。近付く小物を、エンとコックさんとで事務的に処理して行く。

 もちろん朔也も剣を振るうけど、落ちるのは魔石(微小)ばかりでカード化はせず。ゴキブリのカードなど欲しくもないので、その点では特に不満も無い。


 それからチームで移動を続けて、各隅にある小部屋も探索して行く。快盗カラスは、罠があれば教えてくれる筈だけど、今の所は何の反応も無し。

 今回は特に戦闘にも参加せず、前のカーゴ蜘蛛と立場は微妙に同じかも。それでも棚の狭い場所から、鑑定の書や何やらを発見してくれて存在感はバッチリだ。


「ありがとう、カー君……お姫さんも張り合わなくていいから、次に行くよ」


 手柄を立てられた事に腹を立てて、お姫が自分もと張り合うのはそれなりに可愛いのだが。そんな事に時間を割いてもいられず、どんどん探索を続けて行く朔也チームである。

 そしてまたしても、厨房のテーブルを見回り中に【鍋フタ盾】の回収に成功してしまった。良く分からない装備アイテムだが、《カード化》での入手は比較的簡単みたい。


 ついでに保存庫から、調味料や保存野菜を少々ずつくすねて行く。あまり大量に回収しても、腐らせたり鞄の肥やしになったりする可能性が高い。

 そのための量調整だけど、この館の食糧供給事情は極めて健全である。そのため、こちらで食事を用意する必要が今の所は全く無いと来ている。


 まぁ、あるとすればノーム爺さんにお摘まみを作るくらいだろうか。幸いコックさんの腕はなかなかで、この前は存分に腕を振るってくれていた。

 とは言え備えの素材は、まだ充分にストックされている。隠れているモンスターを駆逐して、素直に第2層へと進んだ方が良いだろう。


 そんな訳で、1層の滞在を20分程度で終わらせて、2層へと向かう事に。魔石の回収は15個程度だけど、どうせ返却するのだから関係無し。

 ゲートの場所は確定しているので、朔也は迷わずそちらへと向かう。そこに立ち塞がっているパペット兵士を軽く片付けて、さっさとゲートをぐって次の層へ。


 ここも似たようなエリア構成なのは、既に数度訪れていて確認済み。敵も弱いのは分かっているので、積極的に止め差しに貢献してカード化して行きたい所だ。

 そうすれば、合成の素材カードもたくさん取れると言うモノ。





 ――今日の目標だか、ここのエリアの4層か5層へと訪れる事としよう。






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