第37話 素材集めと昼休みの喧騒



 “夢幻のラビリンス”の3層に慣れるために、朔也さくやのチームは現在その辺をうろついては戦闘をこなしている所。難易度の上昇はなかなか顕著けんちょで、苦労も相当なものに。

 さっきまで巨大な芋虫に絡まれて、かいこ糸のようなモノで済巻きにされそうになっていた一行である。それを何とか退治して、無事に魔石(小)と蚕糸を回収に至った。


 3層の“密林エリア”も、植生その他に関してはそんなに大きな変化は無い。敵は強くなって来たけど、歩きにくい程に樹々が密集している感じも無い。

 獣道もちゃんとあるし、恐らくそれに沿って探せば4層へのゲートも見付かる筈。ただまぁ、今回はそこまで行く覚悟は朔也にはないけれど。


 3層でこれだけ苦労しているので、4層だとどれほど大変か想像もつこうと言うモノ。やはり“訓練ダンジョン”と違って、難易度は格段に高い模様だ。

 思いがけずに発見した館の森の小屋から入るダンジョンは、あれから1度も行っていない。いきなり3メートル級のミノタウロスに襲われて、結構なトラウマになっている朔也である。


 早く強くなりたい思いはあるけど、そんな急に力は手に入れられない。いや、強力なユニットを《カード化》スキルで入手すれば、畝傍ヶ原うねびがはら家の系譜の者は強くはなれるのだけど。

 強力なカードは召喚MPも多く消費するので、やっぱりレベルは大事である。D級ランクのカード召喚ですら、MP10も掛かってしまうのだ。

 C級以上だと、一体幾らMPが掛かるのやら……そんな訳で、虹色の果実でのレベルアップはある意味凄くラッキーだった。また入手出来れば、これ程嬉しい事は無い。

 まぁ、普通の宝箱をゲットするのもかなり難しいけど。


「執事の毛利もうりさんによると、ここの5層の中ボス倒すと漏れなく宝箱ゲット出来るって話らしいんだよね。とは言え、探索者になってまだ1週間しか経ってないし辛いミッションだよねぇ。

 3層で既に苦戦してるから、5層の中ボスなんてまだまだ先かなぁ」


 そう口にする朔也に、そうだねぇって頷く素直なお姫である。つまり相棒からも、お前はまだ半人前だと思われているのだろう。

 本当の事なので別に良いけど、本音を言えばもう少し相棒からは頼られたい。朔也はそんな事を考えながら、藪から出て来た有角のうさぎと対峙する。


 コイツも怪盗カラスの事前の告知によって、事前に位置を何となく把握が出来ていた。そのお陰で、最初の不意打ちの突進をかわして討伐は割と楽に出来てしまった。

 一角ウサギの角はかなり鋭角で、これが突き刺さったら痛いでは済まなそう。斥候役って、いるといないではこんなに違うのかと朔也は改めて感心する。


 そして見事カード化に成功した一角ウサギは、どうやらE級ランクらしい。3層では初のカード化成功に、やったねとガッツポーズの朔也である。

 やはり深い層の方が、強いモンスターに巡り合う確率は高いのかも。


【一角ラビット】総合E級(攻撃E・忠誠E)


 まぁ、言う程は高くはないけど……サイズ的に前衛も微妙だし、積極的に使う事は無さそう。体格で言うならオーク兵でも良いのだが、コイツは美意識が邪魔して使いにくいと言う。

 ゴブリン弓兵の方が、まだ可愛げがあると秘かに朔也は思っている次第である。その辺の、どのユニットを使うかどうかは術者の好みによるのは仕方がない。


 それはともかく、その後も3層を道なりにうろつく朔也一行はなかなかの成果を上げた。今回の目的は、《カード化》で前衛職のモンスターを確保するのが第一目標だった訳だけど。

 それは叶わず、それについては残念な限りである。ただし、合成の素材集めについては、まずまずの進捗しんちょく具合と言えるかも。木材やドロップしたイノシシの骨類は、矢尻になるかもなので売らずに取っておく事に。


 ちなみに、実験にと3層に辿り着いてすぐに使い捨ての『強化の巻物』を使ってみた。これは1時間ほど、耐性が幾分かアップする効果が付与されるようだ。

 ボス戦前とかに使うのが効果的なのだろうが、まずはお試しにと使ってみた次第である。この『強化の巻物』は3段階ランクがあるらしく、1時間付与は一番の低ランクとの話。


 中ランクのは半日も効果が続くそうで、売り値は数万に及ぶそうな。高ランクの奴は永続で、自分の持つ武器や防具に付与して使うみたい。

 ただし、値段は20万とスキル書並みにお高いみたい。


 今はその強化付与も切れて、3層で1時間以上が経過したのが判明した。そろそろ戻ろうかとお姫に言うと、そうだねとの相槌あいづちが返って来た。

 そんな訳で、午前中の探索は何とか終了の運びに。“夢幻のラビリンス”ダンジョンも、7日目で最初の頃よりは慣れてきた感があるかも。


 とは言え、今日はレベルアップもしなかったようで残念な限り。1層と2層でカード化に随分と成功したので、獲得カードは8枚と多かったのは良かった。

 素材回収はまずまず、魔石に関してもいつも通りだろうか。今夜はまた闘技場の格闘練習があるらしいので、それに備えて装備品を買い足しておきたい所だ。


 ただし、今日の稼ぎでお金が足りるかは微妙な所である。こっそりと“訓練ダンジョン”での魔石や素材も混入すれば、換金額は跳ね上がるとは思う。

 それをズルと取るか、裏ワザとしてしとするかは微妙なライン。朔也としては、生き残るのに手段は選んでいられないとは思う次第である。

 何しろこっちは、従兄弟たちから目の敵にされているのだから。




 そんな訳で、いつものように帰還の巻物で1層のゲート前へと戻って来た朔也。魔法の鞄のお陰で、荷物の片付けをせずに済むのは楽で良いなとか思いつつ。

 さっと目の前のゲートを潜って、執務室へと無事に戻って来れた事に安堵のため息。待ち構えていた執事とメイドにねぎらわれ、本日の戦果を尋ねられる。


 朔也が素直に答えると、素晴らしいとの称賛の声が周囲から。相変わらずカード化の成功率は、16人の従弟の中ではトップ3入りの成果らしい。

 褒められると素直に嬉しい朔也だが、そんな従兄弟たちの実力不足は心配でしかない。こんなさまで、果たして祖父の意思を継ぐ事が可能なのだろうか。


 新当主の盛光もりみつも、さぞかし頭を悩ませている事だろう。今更子供たちの尻を叩いても、8割が新人探索者の現状は簡単にはくつがえせないと思うのだが。

 ここまで甘やかしていたツケは、相当に溜まって既に借金返済に苦労するレベル。恐らく今のままでは、多少レベルは上がってもカード化の成功率は上がらないだろう。


 何しろ大抵の従兄弟たちは、戦闘にビビッて前衛に立つ苦行を嫌っているのだ。根本の気合いを入れる何かしかを講じないと、祖父の遺産カードの回収など夢でしかない。

 そんな事を一番の年下の朔也が口にしても、恐らくは誰の心にも刺さらないと思われる。そんな訳で、朔也は独自のルートで自己強化に励むのみ。


 もちろんこの後に探索する、“訓練ダンジョン”も有効利用させて貰うとして。他の従兄弟たちに差をつけて、見返してやりたい気持ちは当然ある。

 少なくとも、あの最初の夜に襲撃して来た光洋みつひろだけには、意地でも負けたくはない。その点では、訓練施設での仕返しは気持ちが良かった。


「それでは隣の部屋で魔石の換金をして、それから買い物もあればどうぞ。今日の夜に、対人戦闘訓練が開催されますのでお忘れなく、朔也様」

「朔也様のレベルも、従弟様の中では既に中位に位置しますね。初日の戦闘訓練での勝利も、決してネックでは無いともっぱらの評判ですよ。

 今夜の訓練も、是非とも頑張って下さい、朔也様」


 そんな感じで持ち上げられて、悪い気はしない朔也である。それより夜の訓練用に、装備を整えておくべきかなと脳内で計画を立ててみる。

 具体的には、ガスマスク的な物を購入しようかなとメイドさんに確認してみると。魔法の品の良い奴は8万円で、普通の装着タイプは1万円台であるとの事。


 魔法の品まで揃えているとは驚きだが、お金はまるで足りそうにない。それでもメイドの荒川さんは、毒ガスの仕掛けやブレスへの備えに持っておいて損はないと請け合って来る。

 試しに今日の稼ぎを見て見ると、魔石(小)が3個に魔石(微小)が40個近くあった。これを全て売り払えば、9万円にはなってくれそう。


 割と回収出来た素材系は、合成に使うので売り払えないのが辛い所。手斧やらノミやかんなも何となく使えそうなので、一応は取っておきたい気がする。

 それから木こり小屋で回収した『熊の彫り物』は、案の定に召喚用のアイテムだったみたい。ただし使用はたった1度で、稼働は割と短時間みたい。


 その後の使用については、錬金的な技術でチャージすれば可能との事。それ系のスキル持ちも、執事の中にはいるそうなので魔結晶さえあれば無料でして貰えるらしい。

 さすが、名のある畝傍ヶ原うねびがはら家の家臣たちである……半端なく、探索のサポートに駒が揃っている感じがする。恐らくだが、全員のレベルも総じて高いのだろう。


 そんな事を考えながら、朔也は迷わず『魔法のガスマスク』を購入する。それから使い方を荒川さんに尋ねて、耳に装着タイプだと説明を受ける流れに。

 セットさえしておけば、装着者の意思で鼻と口を即座にマスクが覆ってくれるらしい。それから外部からの有毒物質のカット率も、魔法の品は高いらしい。


 またもや全財産を失いかけたけど、良い買い物をしたと朔也はプラスに考える事に。これで夜の対人戦用に、1つ奇策を加える事が出来た。

 その予行演習も、午後の“訓練ダンジョン”でやっておく事に。




 換金と買い物も終わって、これでゲートのある執務室でやる事は全て終了した。時刻は既に昼前で、朔也はいつもの流れで台所へと向かう。

 そこでお弁当をゲットして、誰にもバレないように離れのガレージへと向かいたい。しかし食堂では、いつもの次男コンビが中央の席に座って駄弁だべっている有り様。


 お喋りくらい他の場所ですればいいのに、本当に利光としみつ春海はるみは仲が良いとみえる。見た目も従兄弟と言うのを差し引いても、何だかそっくりな気もする。

 体型もそうで、両者ともポッチャリと呼ぶのが善意に思える感じ。これで探索者が務まるのかなと、他人事ながら心配になってしまう。


「おうっ、めかけの子か……お前、探索が好調だからって良い気になってるみたいだなっ! 兄貴を倒したからって、図に乗ってんじゃねえぞっ!」

「確かに、光孝みつたかさんには悪いけどありゃ雑魚だからな……《カード化》スキルを持ってりゃ一流と思ってる考え無しさ、従兄弟は全員持ってるっつうの!

 しかしまぁ、妾の子に負けるってあり得なくねぇか?」


 そう言って顔をしかめ合う次男コンビ、兄弟仲は一律で悪そうで何よりである。朔也には関係ない話なので、いつものようにスルーして料理人からお弁当を受け取る。

 それを無視と判断されて、ポッチャリ軍団がヒートアップするのもいつもの事。確か春海はるみの方が探索者登録まで行っていた筈で、自己肯定意識がヘンに強いのだろうか。


 とは言え、あの体型では全く荒事が得意そうではないし、努力の影も窺えない。試しに朔也が、何なら今夜の対人戦で白黒つけましょうかと挑発をしてみた所。

 2人ともピタッと押し黙って、憎々し気な視線で睨みつけられてしまった。





 ――さて、この安い挑発に向こうは乗るか無視するか?





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