第34話 念願の素材を手に入れる



 この細い隙間に、カーゴ蜘蛛のサイズはまず入りそうにない。コックさんもちょっと難しそうなので、いったん送還してカードに戻しておく事に。

 さすがにメインアタッカーの隻腕せきわんの戦士は、ボディガードをして貰うために送還は出来ない。ゴブ弓兵も小柄なので、ついて来るのに不便は無さそう。


 そんな計算をしながら、朔也さくやはその細い岩盤の亀裂を凝視する。妖精のお姫は自信満々で、ここを通り抜けたらちゃんとした空間があるよと言って来る。

 それを信じて、まずはゴブ弓兵を先行させる朔也である。コイツは前衛能力は無いけど、朔也よりは体格が小さいのですり抜けルートの確認には適切だ。


 ゴブ弓兵が伝った道順を記憶して、次に朔也が暗い亀裂へと身をり込ませる。こんな所を襲われたら一発アウトだが、幸いながら敵の気配は近くには無いよう。

 斜め下へと続く亀裂は、しばらく続いて段々と広くなって来た。たまに小石が転げ落ちて来るのは、同じルートを隻腕の戦士がついて来てくれている証拠だ。


 そんな時間が5分は経過しただろうか、ようやく朔也が中腰で立てる空間へと出る事が出来た。待ち構えていたのはお姫とゴブ弓兵で、こっちが広いよと奥を指し示して教えてくれる。

 灯りを持ってくれているのはお姫なので、従うしかすべはない朔也は素直にそれに続く。後続のエンも、意外とはやく先発隊に追いついて来た気配。


 そして2分も進まない内に、這って進むしかなかった亀裂が充分な広さへと変わってくれた。そこで朔也は、コックさんを再召喚してしっかり探索モードを回復する。

 MPが勿体無いので、戦闘能力のないカーゴ蜘蛛は今回はスルーの方向で。すっかり洞窟の奥を眺めると、幅も天井も更に広くなって来ている。


「凄いなぁ、こんな隠し通路があったんだね。ダンジョン内だから、やっぱりボーナス的なエリアなのかも……これは探索が楽しみだよね、お姫さん」


 少し上を灯りを持って飛んでくれているお姫は、その通りと小さな手でサインを返して来る。それと同時に、隣に出て来たエンはちょっと止まれと主を後ろに押す構え。

 どうやら敵の気配を感じたらしく、朔也はゴブ弓兵とコックさんに投擲準備の指示を出す。自身も盾と剣を構えて、前に出たエンに敵はどこの確認を飛ばす。


 その敵は実は、どこなんてサイズ感では無かったと判明……ボゴッと凄い振動と共に開いた穴から、飛び出して来たのは巨大ワームだった。

 悲鳴と共に朔也は後衛に攻撃の指示を出すが、敵が大き過ぎて当たっても効果の程は微妙かも。そんな巨大ワームが大暴れするたびに、周囲には大小の岩が飛び散って行く。


 前衛のエンは驚いた事に、それに怯む事なく大きく踏み込んで斬りかかった。初撃で敵に手酷いダメージを負わせ、巨大ワームはたまらず自身の開けた穴へと逃げ込んで行く。

 おおっと驚くしか出来ない朔也は、何とか奴に止めを刺せないモノかと脳内思考。この強敵をカード化すれば、ピンポイントの戦闘限定なら役に立ちそうだ。


 ランクも恐らく高い筈……D級か、ひょっとしたらC級かも知れない。ただしドラム缶程の胴体の敵に、近付いて一薙ひとなぎ浴びせるには相当の胆力が必要かも。

 ところがその機会は、丁寧にも向こうから訪れて来る事に。次に盛大な地響きと共に巨大ワームが出現したのは、何と朔也のすぐ背後だったのだ。


 身体に降りかかる石礫いしつぶてにもめげず、盾を構えてその太いワームの胴体に切り掛かる朔也。代わりに貰ったのは、奴が口から吐いた酸性の唾液だった。

 どうやらコイツは、ワームの癖に肉食らしい。と言うより、土と一緒に何でも呑み込んで、体内の強力な胃酸で消化するのだろうか。


 それを頭から浴びた朔也は、取り敢えずかかげた鍋フタの盾のお陰で直撃を避ける事には成功。それでも肩や背中に、火傷したような強烈な痛みを感じて怯み上がる。

 ところが優位に立った筈の敵も、朔也の斬撃を受けて急に動きが鈍ってしまっていた。どうやら麻痺のショートソードで傷を負ったせいで、巨体の一部が痺れてしまった模様。


 そこに、朔也のピンチと慌てて宙から駆けつけたお姫の魔玉攻撃が炸裂する。これでかなり弱った巨大ワーム、再ひ土の中に逃げようと必死に抗い始める。

 その隙に、隻腕の戦士のエンがぐるりと回り込んでの止め刺しに成功。


 周囲には再度の、魔物の倒れる地面の揺れが響き渡った。洞窟が崩壊しないか冷や冷やする朔也だが、幸いにもそんな心配は杞憂な様子。

 そもそも巨大ワームの巨体は、派手な演出を終えるとさっさと魔石(中)へと変わって行った。それから幾つかのドロップ品が、見た目はどうやらお肉と皮らしい。


 残念ながらカード化はせず、ただし皮のドロップには少々心浮き立つモノが。しかも妖精のお姫が、洞窟の行き止まりに何かあるよと知らせてくれた。

 悲惨な戦い跡地の落とし穴を避けて進むと、そこは確かに洞窟の行き止まりだった。そして置かれていたのは、探索者が誰しも憧れる宝箱ではなかろうか。


 おおっと驚きの声をあげる朔也は、それを見ながら自分の傷の回復作業に忙しい。体の傷はポーションで治るけど、また探索着が駄目になっていたらどうしよう?

 上等な品なら、敵の攻撃の度に傷付かずに済むのだろうか。それとも戦闘着は経費と割り切って、お金が掛かるのは仕方が無いとすべき?

 その辺の常識が無い朔也は、悩みの迷宮におちいりそう。



 それでも明るい知らせとして、大振りの宝箱が目の前に置かれている。この中身次第で、少なくとも探索結果がマイナスになる事は無い筈。

 そんな訳で、ウキウキとそれに近付こうとした朔也だが、妖精のお姫に待ったを掛けられてしまった。どうやら宝箱には罠や鍵が当然あるので、それに対処しろとの事らしい。


「えっ、でも僕には鍵開けとか罠感知のスキルは無い……あっ、午前中に入手したカードで、そっち系のユニットがいたような?

 あっ、このカードで良いのかなっ?」


 盗賊カラスは、1層でもお試し召喚してさっきまで探索につき添ってくれていた。そしてここの亀裂に突入する際に、うっかりカーゴ蜘蛛と一緒に送還してしまっていたのだ。

 まぁ、暗い亀裂への突入に鳥目のカラスを同伴は可哀想だし。亀裂を発見してくれただけでも、お手柄と言えるしそれ以上は望めない。


 まぁ、要するに案の定戦闘には全く役立たずだった訳だけど。それを差し引いても、斥候役とこの後の鍵開けとか罠感知に役立ってくれれば充分な戦力と言える。

 あの宝箱に鍵がかかっているとか、罠があるのかは不明ではあるけど。とにかく再召喚されたやさぐれカラスは、お姫から説明を受けて単身宝箱の前へ。


 それからくちばしで、宝箱の鍵穴を突っついていたかと思ったら、バカッと見事に開封に成功してくれた。その間10秒も掛かっておらず、なかなかの早業である。

 やったとハイタッチを交わす朔也とお姫は、さっそく宝箱へと駆け寄って中身のチェックへ。まず目に入ったのは、魔結晶(小)が4つに鑑定の書が6枚に虹色の果実が1個。


 それからポーション瓶が3本に何かの薬品瓶が2種類計4本。鑑定してみると、1つはエーテル瓶らしい。それから銅貨と銀貨が十数枚ずつ、魔玉も2種4個ずつ入っていた。

 後はスキル書が1枚と巻物系が2枚、それから防具で篭手が1つに武器では両手剣が1本。最後に用途不明のチケットが1枚出て来て、宝箱の中はスッカラカンに。

 ヘルムの付属ゴーグルの鑑定結果は不明、こいつはそこまで万能ではないのだ。


 それでも戻って鑑定の書で確かめれば済む話、問題はこの後どうするかって事である。取り敢えず4層に到達して、レアっぽい皮素材もゲットする事が出来た。

 巨大ワームの皮でアカシアの爺様が納得するかは不明だが、これ以上の探索もモチベーションが上がらない。そんな訳で、帰還の巻物を使って朔也はダンジョンを出る事に。

 こうして2度目の“渓谷エリア”探索は、何とか無事に終了の運びに。




「ノーム爺さん、ただいま戻りました……早速ですけど、この皮を見て貰えますか?」

「おうっ、無事に戻ったか坊主……フムッ、まずまずの皮素材じゃな、それじゃあ望みの品を作ってやろうか。皮をなめして更に合成にかけるから、少々時間が掛かるぞい。

 ちょいとそこで待つか、明日受け取りでも構わんぞ」


 そんな管理ノームの言葉に、朔也は待ってますと言葉を返す。それからアカシア爺さんに、弓矢の練習をしたいんですけどと相談する。

 この“訓練ダンジョン”の管理部屋には、合成施設の他に明らかに訓練施設も窺えるのだ。その使用許可はあっさり下りて、しかも練習用のボウガンとボルトも貸して貰えた。


 喜ぶ朔也だが、ボウガンを手渡されるとは思っていなかった。確かに自ら弦を引く弓矢より、ボウガンの方が取り扱いは楽そうではある。

 こちらは弦を引く仕組みが自動化されており、安定した弾道が見込める遠隔攻撃用の武器である。クロスボウとも呼ばれるそれは、確かに弓の技術を実践レベルに上達させるより現実的かも。


 そんな訳で、朔也は案内された訓練施設でまとを用意して貰って、弓ゴブやコックさんと一緒に30分以上練習に励む事に。妖精のお姫とエンが見守る中、順調に朔也の遠隔技術は上がって行く。

 と言うか、時間を掛けて狙いを絞れば、外さず的の中心付近に矢弾は飛ぶようになってくれた。戦闘中にそんな時間は無いかもなので、その時間を短縮すると命中率は当然落ちる。


 そんな感じの狙い撃ちと抜き撃ちを交代で練習すること更に30分。見学していたお姫の評価によると、命中率1位はコックさんだったらしい。

 その次がやはり本職の弓ゴブで、新人の朔也は最下位で残念賞との事。それは仕方が無い、何しろ始めたばかりの素人狙撃手なのだから。

 それにしても、借りたクロスボウは手にしっくり来るかも。


 威力もまずまずだし、これ貰えないかなぁと図々しい事を考えつつ。ようやくノーム爺さんからお声が掛かって、目的の品が出来たとの嬉しい知らせ。

 やったぁとお姫と合成部屋に突入をかまして、まず目に入ったのは土灰色の汚い物体だった。それが期待していた物だと理解するのに、掛かった時間は約10秒。


 相棒の妖精も、ええっこれは無いよと言う苦り切った表情である。一応はリュックタイプのその魔法の鞄は、アカシアに言わせれば性能は良いみたい。

 その《空間収納》の容積は、何と6畳部屋くらいは余裕であるそうな。例えばリュックの入り口より巨大な品でも、ある程度なら収納は可能みたい。


 ただし、生き物だったりリュックの入り口に対して明らかに大き過ぎる物は入らないそう。時間経過も止められないようなので、食料品は冷めるし時間が過ぎれば腐るとの事。

 そこまで高性能の魔法の鞄だと、かなり高額で取り引きされるそうだ。お金の全く無い朔也は、そんな鞄を所持するなんて夢のまた夢な話である。

 とにかく見た目が悪かろうが、現状これで満足するしか。


「あっ、ありがとうノーム爺さん……ちょっと見た目がアレだけど、これで今後の探索もかなりはかどると思うよ。

 ついでにこのボウガンなんだけど、借り出しする事は可能ですか?」

「なんじゃ、それは練習用の奴で攻撃威力は全然高くはないぞ? それを承知なら、勝手に持って行くがええじゃろうて。

 ボルトは有料じゃ、10本で銀貨1枚じゃな」


 朔也はありがとうと礼を述べて、銀貨5枚で取り敢えず50本の矢弾を購入する。それからダンジョンで回収した魔石も、ついでに全部手渡しての成果報告。

 魔結晶(小)に関しては、合成に使うのでこちらはキープの方向で。後は回収したアイテムを鑑定したり、カード合成で『錬金術(初心者)』のスキルを上げたり。

 出来上がった魔法の鞄の、見た目を何とかするのも悪くないかも。





 ――そんな感じで、午後の時間を過ごして行く予定の朔也であった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る