第29話 6日目の探索開始



 昨日は初の対人戦特訓が開かれて、それに見事勝利した朔也である。もっとも、相手の光洋みつひろはなかなか自分の敗北を認めず、戦闘の途中でモンスターを追加召喚するのは卑怯だとまで言い出す始末。

 そんな言い分はもちろん通る筈もなく、新当主の父親も呆れ返った表情なのが印象的だった。最終的には、新当主の恫喝どうかつに近い説得で朔也は勝利を確定して。


 それから無事に、賭けのE級カード3枚を獲得に成功した。ちなみにその後の従兄弟たちの対人戦は、あまり盛り上がりも見せずに終了の運びに。

 この新当主の企画、果たしてどこに目的があるのだろう?


【侍ガエル】総合E級(攻撃E・忠誠E)

【悪臭カメムシ】総合E級(攻撃D・忠誠F)

【強靭の鉄面皮】総合E級(防御E・耐久E)


 つまりは、1時間程度の開催で各々が対戦を1回ずつ行ったのみで、初の対人戦は終了したのだった。朔也に関しては、初戦で圧勝したのが効いたのか次の対戦申し込みは存在せずと言う結果に。

 あれ以上絡まれなくて本当に良かったけど、光洋から貰えたのはE級のカード3枚のみ。最初の取り決めとは言え、何と言うかしょっぱい報酬であった。


 特に【悪臭カメムシ】なんて、どうやって運用すればいいか分からない。攻撃力がDなのは魅力だが、恐らくそれは放屁攻撃を指しているのだろう。

 それならば、まだ【侍ガエル】の方が探索に使いやすそうな気が。E級のスタンダードタイプで、性能に癖が無いのは汎用性がある証拠である。

 ただまぁ、蛙と言うのがアレだけど。


 【強靭の鉄面皮】は、恐らく防具なのだろうが今後使うかは全く不明。と言うか、向こうは使わないクズカードをこちらに押し付けただけの感じを受ける。

 それでも、F級ばかりの朔也には有り難いのが何とも皮肉な話だ。午前の探索では、これらの新入りカードを色々と使ってみて性能チェックをする予定。


 それにしても、昨日の闘技場での対人戦はそれなりに有益だった。朔也はあの後も他の従兄弟の試合を観戦したり、探索経験のある執事やメイドの模擬戦を見たりして時間を過ごしたのだ。

 それで得るモノは大きかった、何しろ他の人たちのカード召喚の癖なども見られたし。例えば光洋みつひろのような1点豪華タイプとか、D~F級バランス召喚タイプとか。


 色んなタイプの召喚モンスターを直に見れたし、戦法も頭の良い従兄弟はそれなりに工夫をしていた。例えば攻防にモンスターを使い分けたり、とにかく速攻を仕掛けて短期決戦を目指したり。

 逆に足が遅くて、待ち伏せが得意なモンスターを好んで使ったり。戦術って面白いなと、改めて対人戦の奥深さを思い知った朔也であった。


 それから召喚モンスターを使わない、探索者同士の剣や盾を使った模擬戦も迫力満点だった。そんな執事やメイドなどの使用人は、この館だけで軽く10人以上いるようだ。

 彼らはそれぞれ訓練と割り切って、闘技場で汗を流していた。


 その中には、朔也をこの専用闘技場に案内してくれたメイドも混じっていた。長物の薙刀なぎなたを得物に使うようで、ついでに蹴りも多用していた。

 その蹴りだが、懐に入られて距離を空けるための突き放しの為と、後はダメージ重視の二種類があるらしい。なかなか興味深い戦法で、観ていて楽しかった。


 それから執務室のゲート管理の常連の、若い執事の金山も模擬戦には参加していた。メイドの白石も同じく、この2人はスタンダードに剣と盾持ちみたい。

 なかなか激しい戦いで、盾に関してはそれで相手をぶん殴る目的にも使っていた。戦いに関しては、この2人は間違いなく一流だと素人の朔也でも判断出来るほど。


 残念ながら新当主の盛光もりみつや、老執事の毛利の戦いは見る事が出来なかった。ただし、腹違いの兄である朱羅しゅらの対戦はバッチリ観戦する事が出来た。

 同じく探索者登録をしている、利光としみつ叔父の次男の春海はるみとの対戦カードだったのだけれど。全然相手にもならず、召喚カードの力のみで圧勝していた。


 本人も武術を身につけているのか、この対戦だけでは全く判明しなかったと言う。底知れぬ強さで、恐らくはレベルも従兄弟の中では一番高いのではなかろうか。

 間違いなく、今後も対人戦があるとしたら朱羅しゅらの独壇場だろう。




 それはともかく、メイドが運んで来てくれた朝食を食べていると、いつものようにお姫が勝手にカードから出て来た。それから机に並んだ料理を見て、自分の取り分を主張して来る。

 朔也は彼女と挨拶を交わして、それから今日の予定をこの小さな淑女と立ててみる。とは言え、いつもと同じく午前中は“夢幻のラビリンス”に向かうのだけど。


 そしてお昼過ぎから、“訓練ダンジョン”の探索と合成の練習が出来れば嬉しいかも。今夜は闘技場の対人訓練は無いそうなので、夜はゆっくり出来る。

 まだ老執事に貰った『探索教本』も、最初の1章くらいしか読み進められていない。今夜はそっちを読み込んで、勉強に時間を割こうかと考えている朔也である。


 何しろこの館は、住み心地に関しては全く問題は無いのだけれど。娯楽に関して言えば、全く何も無いし近くにコンビニの類いすら存在しないのだ。

 朔也の通っていた学校の宿舎も、厳しいって点で言えば全く同じで特に不満は無い。とは言え、やっぱり暇な時間はそれなりに有効に使いたい所ではある。


 そんな事を考えていると、時間はいつの間にか8時を過ぎていた。朝食も食べ終わったし、今日は色々とダンジョン内での確認作業で忙しくなる予定。

 それから外を出歩く際には、従兄弟の襲撃にも気をつけないと。馬鹿なやからが味を占めて、2度目の蛮行を企画しないとも限らない。

 そう思うと、奇妙にねじじれた館の境遇ではあると思う。


「それじゃあ行こうか、お姫さん。廊下を歩く際には、周囲に気を配ってね」


 バッチリ任せてとの可愛い相棒の合図に、何となく癒されながら朔也は与えられた自室を後にする。今日の探索を脳内で想像して、その足並みは決して軽くは無い。

 それでも、朝の襲撃イベントは起こらず無事に本館の執務室へ辿り着けた。ノックをして中に入ると、今日は珍しく突入前の従兄弟ライバルの姿が。


 しかもその隣には、見知らぬ男女が控えていた。いかにもベテラン探索者と言う風体で、そう言えば昨日の闘技場にもいたかも知れない。

 従兄弟の方だが、どうやら新当主の長女で名前は充希みつきだっただろうか。つまりはあの光洋みつひろの妹となるので、朔也的には会いたくない人物の1人だ。


 向こうはこちらを視認するも、お高くとまって完全無視をしてくれた。嫌味を言われたり、変に絡まれたりするよりは数倍有り難いので朔也もスルーする事に。

 ところが、お付きの探索者達はそうはいかなかった様子。


「おや、ちっこいのは確か昨日の夜の対戦勝者じゃないか。めかけの子なのに本家の、しかも新当主の長男に勝つって……世間知らずって怖いな、忖度そんたくとか知らねぇのかね、全く。

 そんなんじゃ、家を追い出されちまうぞ?」

「子供に当たっても仕方ないでしょ、ごう……あのお坊ちゃんが不機嫌になって、周囲に当たり散らすのは別にこの子のせいって訳でもないし。

 昨日の件は別にしても、探索はずっと上手く行ってないって話じゃない」


 そうらしい、ごうと呼ばれたこの探索者からしたら、妾の子の朔也は空気のように大人しくしてろって事みたい。搾取されるのが当たり前、少々の事は大目に見ろと。

 光洋みつひろの普段の機嫌など知った事ではないが、近しい縁者に仕える者として波風は立てて欲しくないとみえる。それこそ、朔也には知った事ではない事案ではある。


 結局は、相手の長女にならって朔也も向こうの言い掛かりを無視する事に。妖精のお姫は肩の上で憤慨していたが、その気持ちだけで充分である。

 ここには老執事の毛利もうりもいるし、昨日の夜に良い腕前を披露した金山や白石もいる。彼らがいれば、間違っても殴り合いや論争には発展しないと信じたい。


 幸いにもここの人達とは、朔也は良い人間関係を築けている。味方とまでは行かないけれど、騒ぎになったら間に入って鎮めてくれるだろう。

 などと思っていたら、向こうはさっさと先にゲートへと入って行ってくれた。充希みつきの女王のような号令で、男女のベテラン探索者はまるで従者そのものと言った感じ。

 確かにあれでは、気苦労が絶えずに思わず愚痴りたくなるかも。


「やれやれ、やっと行ってくれましたね……そもそも、この畝傍ヶ原うねびがはら家の資産である“夢幻のラビリンス”に、余所者を招くのは私は反対です。

 鷹山ようざん様が生きておられたら、さぞかしなげかれたでしょうな」

「孫には甘かったですからね、鷹山ようざん様は……それで結局、盛光もりみつ様の下の代の後継者が全く育たなかった訳ですが。

 勿体無い話ですよ、『能力の系譜』を腐らせておくなんて」

「あっ、やっぱりお爺さんって孫には甘かったんですか……」


 妾の子の朔也からすれば、顔を合わせた事など無かった雲の上の存在ではあったのだけど。仕えていた執事たちからすれば、やっぱりそうだったらしい。

 しかし、仮にもその孫の1人を前にそんな話をして来るとは。気を許してくれるのは有り難いが、こちらも対応に困ってしまう。何しろ新当主の長女を、ディスっているとも取れる発言なのだ。


 ただまぁ、老執事の毛利の感覚も分からないでもない。“ダンジョン”は今や資産であるし、そこからの回収品で畝傍ヶ原うねびがはら家は1代で成り上がったのだ。

 2代目はともかく、3代目が能無しばかりで資産を食い潰して衰退……いかにもありそうな話で、何と言うか執事の毛利の気苦労も分かってしまう。


 とは言え、母親側の百々貫とどぬき姓を名乗っている朔也には、あまり関係のない話ではある。正直、この屋敷の住人の栄枯盛衰など、半分以上は他人事と受け流せるし。

 新当主の盛光もりみつには、精々頑張って貰いたいと思うだけ。




 そんな話を執事たちと交わして、それから探索に必要な品を少々買い足して。先行した充希みつき組から遅れる事10分、朔也も“夢幻のラビリンス”のゲートを潜る。

 そして素早くカード召喚、隻腕せきわんの戦士のエンと戦闘コックさんを呼び出しての戦力補充。ついでにカーゴ蜘蛛も、回収品が持ちきれなくなった時用に呼び寄せる。


 ここまではいつものメンバーだが、さてこの後はどうするべきか。もちろん新入りメンバーの戦力チェックは重要、それより出た先のエリアに戸惑う朔也だったり。

 景色はどちらかと言うと長閑のどかで、丘陵エリアとでも言うのだろうか。フィールド型で、遠くには森林が見えて更に奥には高い山も見える。


 そんな所まで移動は無理だろうけど、これは次の層のゲートを捜すのも大変そう。こんな場所もあるんだなぁと、初見のエリアに周囲をキョロキョロ見回してみる。

 丘陵エリアにはちゃんと街道らしきモノも存在して、後はどっちに進むか決めるのみ。モンスターの気配も、一応は漂って来てエンは油断なく戦闘へと構えている。

 幸いにも、周囲は充分に明るくて歩き回るのに不自由はない。





 ――今日の目標は3層到達、カード化は5枚以上を予定している。





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