第28話 初の対人戦訓練



 その後、老ノームの指導で合成装置でのカード合成を少々。魔結晶(小)を4個使って、【踊る大鍋】や【尾長サル】などの2枚揃ったカードの合成に挑戦する。

 特に大ネズミは各エリアでカード化に成功して、一応は4枚揃っていた。名前は微妙に違うけど、スライムも成功したし大丈夫だろうと試してみた所。


 何とか【踊る大鍋】×2枚と、それから【遺跡ラット】と【一角ネズミ】の掛け合わせには成功。その他のカードは、失敗して魔素へと戻ってしまって残念な結果に。

 ただまぁ、2枚のカードのランプアップには成功して喜ぶ朔也さくやである。


【踊る大鍋(中)】総合F級(攻撃F・忠誠E)

【雑種角ネズミ】総合F級(攻撃E・忠誠F)


 結果、大鍋は中サイズに成長して忠誠度が少し上昇してくれた。鍋の忠誠度って一体ナンだって話だが、成長に関しては素直に嬉しい。

 ネズミはやっぱり雑種となったけど、攻撃力が増してくれた。どちらも総合F級ではあるけど、その方がかえってMP消費2で呼べるので都合がよい。


 何しろ朔也のレベルは、この5日間で成長したと言ってもたったの5である。他の同じ境遇の従兄弟たちは、果たしてどうやってやり繰りしている事やら。

 探索経験のないお坊ちゃんお嬢ちゃん育ちの者が大半だってのは、この数日の見聞で確定している。幾らカードデッキに良いランクのがあっても、使いこなせない気が。


 まぁ、デッキ内にEとF級しかない朔也が、どうこう言う話では無いのだろう。とは言え、今日の夜にはその従兄弟同士での模擬戦をやるって話が上がっているのだ。

 今から憂鬱ゆううつではあるけど、何とかくぐり抜けるしか無いだろう。命までは取られないと思いたい、何だかカードは賭けると言ってた気はするけど。


 その辺は、仲良くなった老執事の毛利もうりから、少ないけど情報を得る事には成功している。今後、毎晩開催されるかは決まってないけど、情けない子供達への喝入れなのは確からしい。

 新当主の盛光もりみつも、恐らくこの5日間もどかしい思いをしている事だろう。リミットが49日しかないと言うのに、祖父の思い出のカードの収集率は未だゼロと来ているのだ。

 そろそろ対策を立てないと、確かに手遅れになる可能性も。


「ごちそう様、お姫ももう食べ終わった? 今日は夜にも対人訓練があるんだってさ、お姫もまだ付き合える?」


 今は自室に戻って、メイドの持って来てくれた夕食を食べ終わった所。お姫もちゃっかりご相伴しょうばんに与っての、1人ではない食事は本当に心が癒される。

 さっきまでは、合成に成功して入手した新カードを眺めたり、増えてきたカードを数えてニマニマしていたのだが。夕食も終えて7時を大きく過ぎると、段々と対人戦の不安が頭をもたげて来た。



 そんな嫌な時間の方が、何故か速く巡るのは世の常である。そんな訳で、8時を迎える15分前に、メイドのお迎えが朔也の部屋にやって来た。

 その若いメイドは初めて見る顔で、いつも食事を運んでくれる女性とはたたずまいがまるで違った。探索者としての心得があるのかも、そんな彼女は口数も少な目で用件を告げて来た。


「お迎えに上がりました、朔也様……戦闘服に着替えてお越しくださいますよう。用意が出来たら、敷地内の専用訓練場にご案内させて頂きます」

「あっ、はい……準備は出来てます、すぐ行きます」


 そんなやり取りの後、探索着の朔也は部屋を出てメイドの後ろを歩き始める。その肩にはお姫が乗って、やってやるゼ的な盛り上がりを見せている。

 ボクサーのようにシャドーなんかしちゃって、今からの対人戦に入れ込んでいる模様。召喚主より熱くなっているのはアレだが、ヤル気があるのは良い事だ。


 そんなお姫のパンチをたまに頬に貰いながら、朔也は離れの屋敷を出て中庭を通り過ぎて行く。裏庭しか利用した事がないので、この辺の地理は良く知らないのだが。

 すぐに目の前に、巨大な体育館のような建物が見えて来て目的地は判明した。これがメイドさんの言っていた、畝傍ヶ原うねびがはら家専用の訓練場らしい。


 朔也以外の従兄弟も、続々とこの大きな建物へと入って行くのが確認出来た。どうやら、新当主の盛光もりみつが全員に集合を掛けたと言う話は本当らしい。

 全員集合は、恐らく祖父の葬式以来ではなかろうか……全く歓迎しない状況だけど、新当主の命令にそむくわけには行かない。恐らく他の従兄弟たちも、内心の思いは同じだろう。


 まぁ、カード集めの進捗しんちょくが思わしくないのは本当だし、言い訳の仕様もない。確か老執事の毛利の話では、昨日までに全員合わせて20枚前後の《カード化》の収集結果なのだとか。

 しかもほとんどがF級で、E級以上は数える程度だと聞いた覚えが。朔也の“訓練ダンジョン”の回収は話して無いので、向こうのデータの信用度はかなり落ちるけど。

 他の従兄弟たちの至らなさは、おおむね合っていると思われる。


 何しろ、従兄弟の中で探索者経験がある者はたった4人との話である。朔也と同じで、大半が探索初心者でレベルも5とかその程度なのだろう。

 強力な召喚モンスターを抱えていたり、ベテラン探索者に頼ったりと多少はアドバンテージがあるとしても。たった5日で、レベル爆上げなんて普通は無理の筈。


 実際、建物の中にいる従弟連中の顔色は、総じてあまり良好では無さそう。それより訓練場と紹介された、その建物の中身は本当に体育館チックで広かった。

 ただし、2階席も豪華で観覧も出来るようにはなっているみたい。ベースの訓練だか闘技スペースは、建物の中央を中心に4つ程設置されている感じだろうか。


 つまりは舞台と言うか、10メートル四方のバトルフィールドが4面程取られている感じ。それより建物に入った途端、ダンジョン内に入ったような違和感に朔也は気付いた。

 これも闘技場の仕様の1つなのかも、カード化の能力が不自由なく使える的な。


「みんな集まったな……夜分の急な呼び出しだが、皆には耐えて貰うとして。この訓練場でやる事はただ1つ、子供たち新米探索者の更なる鍛錬たんれんだ。

 “夢幻のラビリンス”で皆が頑張っているのは充分承知だが、どうにも時間が足りない。探索を始めた者達のレベルは平均が4で、これではA級ランクのカード所持もままならない。

 そこで急遽、夜の訓練を取り入れる事にした。何なら対戦者同士で、カードやアイテムを賭けるのもアリだな。こちらからも報酬を用意するので、明日以降の探索に役立てて欲しい」


 2階席からそう語り掛けて来たのは、新当主の盛光もりみつだった。他の兄弟も、何人かは観覧に駆けつけてはいるようだ。ただし、全員が揃っているかは不明。

 老執事の毛利の姿は、目立つので居場所はすぐに分かった。他にも、探索経験のある若い執事やメイドも何人かこの場にいる模様だ。


 そんな若い執事の1人が、続いてこの闘技場とバトルの方法を説明し始めた。どうやらここで行われるのは、飽くまで実戦練習の範疇はんちゅうらしく。

 命の遣り取りは行わず、特殊なベストを着用してダメージ計算方法で対人戦等を経験するそうな。そのベストの耐久値がゼロになれば、バトルフィールドは解除されるとの事。


 そのバトルフィールドは、特殊な装置で魔石の魔力から形成されるみたい。その中で、基本は1対1のバトルを決着がつくまで行うみたいだ。

 そしてこのベスト、基本的にダメージは全て吸収してくれる優れモノ。


「フィールド内の対戦者は、カウントが始まったら戦闘に備えて下さい。そしてカウントゼロから対戦開始で、お互いのベストの耐久値を削り合います。

 決着がついたら、速やかに戦闘を終了して賭けのアイテムの支払いに移ります。賭けはしなくても良いですが、基本レートは一応存在します。

 敗者は勝者に、C級なら1枚、D級2枚、E級なら3枚譲渡して下さい」

「ごたくはいいから、さっさと始めて終わろうや……こんな夜中まで、切った張ったに付き合わされるこっちの身にもなってくれ。

 対戦相手はどうやって決めるんだ……指名制なら、俺はコイツとやりたいんだが?」


 そう言って説明に割り込んで来たのは、新当主の長男の光洋みつひろだった。相変わらず傍若無人な態度で、使用人を明らかに格下に見ている。

 初日に朔也を襲って、カードを全て盗んで行った奴のターゲットは、当然の如く朔也だった。こちらにほぼ良いカードは無いとみて、簡単に倒しやすい相手だと認定されたのだろう。


 いかにも人を舐め切った遣り口に、さすがの朔也も思わずムッとしてしまう。肩の上のお姫は、何だコノ野郎と喧嘩を吹っ掛けられてキレる寸前である。

 その小さな淑女の興奮振りを見て、かえって気持ちが落ち着くのはどうしたモノか。別に構いませんけどと、賭けを引き合いに出してヤル気充分のアピールを忘れない。


 光洋みつひろは、賭けるカードをお前が持ってるのかといかにも馬鹿にした様子。ここでお前が盗んで行ったからなと、暴露してやればいかにも楽しいかなと思う朔也だけれど。

 どうせ親戚一同は、こんなめかけの子の言う事なんて信じないだろう。信じたとしても、味方になってくれる者はいないだろうし、労力の無駄遣いである。

 それ位なら、新当主の目の前で正々堂々と取り返した方がよっぽど良い。と言うか、さすがにそれに対しては奴も異を唱えられないだろう。


 そんな思いの対戦承諾しょうだくで、最初の対戦カードは呆気なく決まった模様である。メイドにベストを手渡され、着用したらこちらの側から対戦場に上って下さいと説明を受ける。

 改めて見ると、対戦の舞台はなかなかに広い感じもする。まぁ、戦いを繰り広げるにはこの位のスペースは必要なのだろう。味方に大型ユニットがいれば、或いは手狭に感じるかも知れない。


 向こうが何を召喚するかなとか考えていたら、早速カウントダウンが10から始まった。確かさっきの説明では、カウントゼロまでに戦う準備を済ませろって事だった筈。

 朔也は素早く、隻腕せきわんの戦士と戦闘コックを召喚する。ついでにゴブリン弓兵も呼び出して、ゼロカウントまで戦いは待ての命令。

 向こうを見ると、光洋みつひろはグリフォンを召喚していた。


 そいつが意外とデカくて、軽自動車ほどはあるだろうか……獅子の身体に猛禽類のワシの顔は、迫力充分で恐らくC級ランクだと思われる。

 光洋の召喚したユニットはそいつ1体で、どうやら速攻で攻撃を仕掛けて決める気満々らしい。自分の都合しか考えてない、思い上がった奴らしい考えが透けて見える。


 つまり相手は、反撃が来るとは全く想定していない訳だ。例えば飛び道具での攻撃とか、自分が狙われるなど露ほども考えていないのは如何いかがなモノか。

 カウントがゼロになって、光洋はまさに想定通りの動きをしてくれた。朔也は慌てず、ゴブ弓使いとコックさんに、敵の大将への攻撃を命じる。


 突進して来るグリフォンは、かなりの迫力で朔也でなくてもビビるだろう。その突進を、何とエンは片腕で止めると言う快挙を成し遂げてくれた。

 この期待以上の働きには、相手どころか当の朔也もビックリ。その間に、左右から遠隔攻撃を仕掛けるゴブリン弓兵とコックさん。幾つかは見事命中して、相手の慌てる気配。


 追加の召喚があるかなと思ったが、向こうはどうやらMPに余裕が無いみたい。と言うか、考えが及ばないのか何とグリフォンを護りに呼び戻す始末。

 何をやってんだかって話だが、相手の強力ユニットに各個撃破されて行けばこっちも不味い。ゴブもパペットも、単体ではすこぶる弱いのは周知の事実なのだ。

 それをさせないために、朔也も覚悟を決めて相手の懐へと飛び込んで行く。


「このクソ野郎、直接殴られたいのかっ!」

「こっちが大人しく、殴られたままでいるって本気で思ってるんですか? 殴られたら当然殴り返しますよ、もっともあなたにその価値があるかは不明ですけど。

 強力なカードを持っていても、召喚主がクソだとユニットも可哀想ですね」


 言い返す朔也に、光洋も頭に血が上ったのか物凄い顔つきになった。とは言え、遠隔攻撃を恐れた相手は強力なグリフォンに防御しか命じていない。

 お陰で向こうがこちらを攻撃して来ず、忠誠度の高さも考え物である。ユニットにもう少し知恵があれば、1体ずつ倒されてこちらも不味かったのだけど。


 朔也は新たに懐からカードを取り出し、それを召喚して追い打ちをかける。チェックメイトまでとは行かないだろうと思ったが、召喚された【雑種スライム(大)】は綺麗に相手を呑み込んでしまった。

 結果、向こうが馬鹿にした低級カードのみで、見事勝利を収めた朔也である。つまり光洋は、グリフォン共々巨大スライムに呑み込まれて、ベストの耐久値をすべて失う破目に。

 計画通りとは言え、何とも短時間の勝利に拍子抜けの朔也である。





 ――肩透かしを喰らった気分だが、これで少しは借りも返せた筈。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る