第27話 知恵を絞って危機を回避する



 異形な敵と転んだ姿勢の朔也さくやの間に、これと言った障害物は無し。再びエンの斬撃が見舞われるが、相手は痛覚が無いかのようにそれを無視している。

 改めて敵を見遣るに、どうやらそいつはネズミの亜種に区分されそうだ。もっとも、人より巨大で奇形種の巨大ネズミなど、実際には存在しないだろうけど。


 その大喰らいの口は、ネズミやげっ歯類などとは別次元だった。頬まで裂けており、或いはゴブリン位なら丸呑みも出来そうな迫力を備えている。

 丸呑みも丸かじりも御免な朔也は、次にやって来た大口を開けての襲撃を何とか転がって避ける事に成功した。派手に自爆する大喰らいだか、動きは止まってくれそうもない。


「コックさん、続けて奴に攻撃してっ……こっちはお助け召喚するからっ!」


 先手を取れて、しかも作戦会議までしたと言うのにこの体たらくは大いに反省すべきではある。戦闘経験の浅さのせいで、気付けばこんな感じで後手に回っていると言う。

 こんな事なら、前もって仲間を増やしておくべきだった。向こうの強さが、戦ってみるまで分からなかったって理由も一応はあるけれど。


 それで後手を引いていたら世話はない、コックさんにフォローして貰いつつ、朔也は内ポケットからカードを取り出す。そして最初に目を引いた、時間稼ぎの【人喰いツタ】を相手に向けて解き放つ。

 忠誠Dの人喰いツタは、さすがに戦闘拒否などせず素直に召喚主の思惑に従ってくれた。途端に敵に絡み付いて、見事に次の突進を防いでくれる。


 その間に、朔也は忙しく思考を加速させての次の一手を考える。そして手札に目をやった瞬間に、あるカードを目にして物凄い閃きを得る事に。

 それが成功するかは定かではないけど、所詮は総合E級の人喰いツタのバインド時間は決して長くはない。思い切っての作戦決行、次の召喚に全てを掛ける勢い。


 何しろまだレベルの低い朔也の、総MP量は大して多くは無いのだ。続けざまの召喚も、かなりキツいし状況的には決して楽観出来る場面ではない。

 ただまぁ、次に召喚したのもF級なので消費MP敵には少なくて済んで何よりだ。そして大ネズミの変異種の前に出現した【踊る大鍋】の、中身は目論見通りに熱々のスープ!


 それを見て、思わずガッツポーズを行う朔也である。この鍋の中身は、ランダムなのかたまにただのお湯だったり、今みたいなスープだったり統一性が無いのだ。

 絡み付いたツタを剥ぎ取ろうとしていた大喰らいは、食いしん坊キャラの設定通りに鍋の匂いに敏感に反応してくれた。そして物凄い勢いで、その鍋に突進しての食事を始める。


 スープの熱さなど意に介さずのその勢いは、何と言うか褒めてしまいたくなるレベル。明らかに火傷ダメージを負っているけど、奴は食事を止めようとはしない。

 MPがさすがに枯渇しそうな朔也は、止めの為にポーションを飲むべきか逡巡してしまう。ところがそれを待たず、背後に回り込んだエンの容赦ない一撃が敵の急所に。

 食事に夢中な大喰らいは、避ける事も出来ず消滅して行く。


「ああっ、せっかく無防備状態を作るのに成功したから、僕が奴の止めを刺そうかと思ったのに。でもまぁ、安全を考えると仕方が無いかな。

 こっちがポーション飲んでMPを回復してる間に、奴の気が変わって攻撃されてたかもだし。そんな訳でありがとうね、エン」


 お礼を言われたエンは知らん顔、中身を半分以上食べられた踊る大鍋も同じく。いや、大鍋に顔の部位は無いので、それは願っても叶わないのだけれど。

 それより妖精のお姫が、嬉しそうにドロップ品を回収してくれていた。朔也も移動能力のない人喰いツタと踊る大鍋を送還して、それをお姫と一緒にチェックする。


 まず魔石だが、今まで見た中で一番大きいかも。それが1個に、同じくスクロールのような物が1冊。恐らくはスキル書だろうか、売店にも置かれていた気がする。

 それから最後のは、割と大きくてお姫には運べず朔也が直接拾う事に。それは皮素材と言うか何と言うか、内臓チックな袋みたいなアイテムだった。


 あれだけ強いモンスターが落とした品なので、ある程度は良品の期待が持てそう。朔也はこれ以上の探索は中断して、今日の所は戻る事に決定する。

それからノーム老に鑑定をお願いするか、合成の練習をしても良い。大物を狩る事も出来たし、これ以上色気を出しても怪我に繋がるだけ。


 とは言え、戻ろうとしたところに妖精のお姫が最後に一仕事してくれたのはラッキーだった。隣の小部屋に置かれていたカボチャの1つが、中をくりぬかれて宝物入れになってたのだ。

 そこには鑑定の書が4枚に魔結晶(小)が5個、それから魔玉(炎)が3個に銅貨が20枚入っていた。なかなかの当たりで、これでさっきの敵のカード化不発も水に流せそう。


 妖精クエストの報酬を含めて、魔結晶(小)も随分と溜まってくれたし。それを使って、自前のカード戦力の強化を朔也は戻ってから頑張る事に。

 そんな訳で、一行は台所エリアを後にするのだった。




 戻ってみたら、老ノームのアカシアは上機嫌で酔っぱらっていた。朔也が提供したお昼の残りを摘みに、どうやら1人で宴会を行っていたらしい。

 それで機嫌がよくなってくれている分には、全然構わない朔也である。さり気なく明日もお酒を差し入れしますと言うと、老ノームはますます上機嫌に。


 そこですかさず、鑑定のお願いと合成指南などを立て続けにお願いしてみると。向こうは二つ返事で受けてくれて、これで謎の革袋の正体が分かった。

 どうやらコイツは『底なしの胃袋』と言う名の、魔法の収納鞄の素材の1つらしい。アカシア爺さんは気楽に、ダンジョンでもう1つ革系のレア素材を取って来いと注文を発して来る。


 そうすれば、朔也専用の魔法の鞄を作ってくれるそうで、全く悪い取引ではないとは言え。なかなか難易度の高い依頼なので、じゃあすぐにとは返事は出来ない。

 クエ報酬で貰った上級ポーションだけど、何とこの薬は普通のポーションでは治せない骨折の類いも治せるそうだ。凄いなと感心する朔也に、大事に使えよと忠告する酔っ払いである。


 それから諸々の業務作業、今日稼いだ魔石(微小)を老ノームに返却する。魔石(小)と(中)1個ずつは、勿体無いので手元に持っておく事に。

 それから回収した銅貨20枚も、ついでにアカシアに手渡して好きに使って貰う事に。どの道、朔也には使い道も無いし無用の長物である。


 最後に大喰らいがドロップしたスキル書を見せると、老ノームはフムッと鼻息を盛大に吐き出した。ただしそれは、珍しい物を見たって感じでは全然なく。

 朔也が推測した通り、それはスキル書に間違いはなかったようだ。しかも“闘技”のスキル書で、何が覚えられるかは使ってみるまで分からないらしい。


 それどころか、その使用者と相性が悪いと、スキル技の習得は出来ない仕様となっているそうな。更には封印されていたスキルも魔素となってしまい、残ったスクロールはただのゴミになってしまうとの事。

 確率的には、『スキル書(冒険)』の方は5割前後で、『スキル書(闘技)』だともっと低いそう。ただ、その使用者との相性もあるので、一概いちがいには言えないとの説明であった。

 つまりは、売るのが堅実で使用はギャンブルとの事。


「えっと、売れば確か数十万にはなるんだっけ……いや、アレは売り値だからもう少し安いのかな? それでも10万以上は稼げるよね、それで装備を揃えるのが確かに堅実かも。

 でも、闘技ってのが覚えられるなら使ってみたいなぁ」

「まぁ、小僧さんの手に入ったのも何かの縁じゃろうしな。そう考えて、思い切って使うのもアリかも知れんな……保証は全くせんが」


 そう言われて、勢いの付いた朔也は使い方をさっそく老ノームに尋ねる。スキルを覚える作業はとっても簡単で、スクロールを開いて出て来た魔方陣に手を添えるだけで良いらしい。

 妖精のお姫からの無言の声援を受けて、朔也は言われた通りの手順を踏む。渾身のお願い込みで、開いたスクロールの上に手を置いた瞬間にそれは起きた。


 魔方陣からあふれ出た青白い光は、まばゆく室内を照らし出す。しかしそれは一瞬の間で、ゆっくりと静かに消えて行った。時間にして10秒も掛からず、相性チェックは終了の運びに。

 それから、おめでとうとの酔っ払いの祝福と、飛びついて来た妖精のお姫の喜びの表情に。上手く行ったんだと、朔也は安堵のため息を盛大にこぼす。

 どうやら、覚えた闘技スキルは“急所突き”と言うらしい。





 ――何より、一緒に喜んでくれた人の表情に報われた思いの朔也であった。





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