第26話 厄介な敵に遭遇する



 台所エリアの1層は、お試し召喚やら小部屋のチェックで30分足らずで終了の運びに。追加で回収出来たアイテムは、やや年季の入った鍋やフライパンなどの調理器具のみ。

 残念ながらカード化はせず、したところで使い道など思い浮かばない。食品の類いは豆や穀物類しか見当たらず、朔也さくやは仕方なくちょっとずつ持ち帰る事に。


 もっと普通の食材が欲しかったけど、倉庫の小部屋には見当たらない始末。仕方なく、次の層に期待してゲートを潜って2層へと降り立つ。

 ここも広い厨房エリアで、かまどには炎が燃えていて気温はやや暑い感じ。土間造りの中世の洋風な雰囲気は変わらず、部屋のつなぎ目はドアの類いは無し。


 一見広そうだけど、障害物の椅子やテーブルや樽やらがあちこちにあって移動は割と大変だ。しかもこの層は初だけあって、モンスターの数が普通に多い。

 例によって、大ネズミとか大ゴキブリが台所の床を我がまま気儘きままに走り回っている。そしてこちらに気付いたら、集団で襲い掛かって来る厄介さ。


 それを手分けして撃退して行きながら、魔石が溜まって行くのに微妙な表情の朔也である。“無幻のラビリンス”でならお金になってたけど、ここは無償で返却なのだ。

 管理人のアカシアに頼めば、何か交換で貰えるように手配してくれるかもだけど。ヤル気が上がらないのは、確かにちょっと考え物かも知れない。


「これは要交渉だよねぇ、お姫さん……経験値も欲しいけど、やっぱり頑張って回収した物をただで返すのはテンション上がらないもん。

 それとも、拾わずに放置でも良かったのかなぁ?」


 そうだとしたら、拾う手間も省けてこっちのダンジョン探索はやや楽になるかも。それが癖になって、拾い忘れが多くなったら不味いけど。

 そんな事をお姫と話し合っていたら、ようやく近くの不潔モンスター達がいなくなってくれた。今回は取り敢えずお姫と魔石を拾い集め、戻ってから交渉する事に。


 そんなこんなで、2層の途中で魔石(微小)は20個の大台に乗る事に。経験値稼ぎは順調かもだが、ここまで倒したのは雑魚ばっかりである。

 とか思ってたら、厨房に近付き過ぎた前衛のエンが、待ち伏せ型のモンスターにロックオンされていた。包丁型のモンスターが、宙に踊るように飛び回っている。


 それを自前の剣で撃退している隻腕せきわんの戦士、見た限りは応援の必要はなさそう。隣の大鍋も動きそうだけど、果たしてコイツもモンスターだろうか?

 そんな朔也の予想は大当たり、突然動いて中身のお湯をぶち撒ける大窯おおがまモンスターである。備えていた朔也は何とか回避に成功、それより近くにいたエンもギリギリ回避出来たようで何より。


 自爆型の攻撃を仕掛けた大窯モンスターは、かまどから床へと転がってそのまま動かなくなった。朔也が棍棒を持って進み出て、何度か殴ってやるとHPがゼロになってくれた模様。

 そして運良く、魔石のドロップと一緒に午後初のカード化に成功してくれた。喜ぶ朔也だが、この一角にはまだ待ち伏せ型の敵が潜んでいるのかも知れない。


 お姫も用心して飛んで来て、アレとか怪しいかもと香辛料入れの小箱を指差す。砂糖と塩入れの隣に置かれているそれは、コショウか何かが入っている模様。

 朔也が用心しつつ、へっぴり腰で近付いて小箱を棍棒の先で突いてやると。何故かそいつは、反抗の素振りも見せずに大人しくカード化してくれた。

 どういう意図なのか、朔也とお姫は顔を見合わせてハテナ顔。


かおる香辛料】総合E級(攻撃E・耐久F)


 しかもデータを見た限り、攻撃アイテム扱いみたいだ。コショウ爆弾とか、よく子供が主人公の小説では出て来てた記憶はあるけど。

 まさか本当に、そんな攻撃がモンスター相手にまかり通るのかは謎である。取り敢えずこれも、後で検証するとして2枚目のカードゲットは喜んで良いのかも。


「このエリアは、何て言うかモンスター以外の変わったカードがゲット出来るのが面白いよね。どんな理屈かはアカシアに訊いたけど、いまいち理解が追い付かないや。

 要するに、カードに認められたって認識で良いのかなぁ?」


 そんな朔也の呟きに、グーと指でサインを返してくれる妖精のお姫である。そう言う認識で良いのなら、朔也もゲットしたカードに愛着が持てると言うモノだ。

 もっとも、鍋のフタとか香辛料に、どう愛情を注いで良いのかは不明だけど。とにかく2層も、あと半分も進めば次のゲートが見えて来る筈。


 ちなみに小部屋を覗いて見たけれど、美味しそうな食材は今回も無しの残念な結果に。日持ちしそうな芋とか玉ねぎ、そんな野菜の貯蔵庫だったみたい。

 それらも少々持ち帰って、戦闘コックさんが調理可能なのか実験するのも良いかも知れない。この館の待遇は素晴らしく、特にお腹が空く事態など無いのだけれど。

 まぁ、味方の得意や不得意を知るのは早い方が良い。


 それはエンについてもそうだけど、実際に彼の戦闘能力についてはそれだけで満足出来るレベル。機動力こそ無いけど、いてくれるだけで物凄い安心感である。

 そんな事を考えながらゲート前に目をやると、そこには通せんぼ役のモンスターが1体。今回もパペットだが、1層で仲間になった戦闘コックより強そうだ。


 何しろ腕の数が4本もある、戦闘能力も単純にコックさんの2倍かも。実際は、包丁2本にオタマが1個、それから鍋フタ盾を装備して攻防に優れた敵みたい。

 とは言え、相手は融通の利かないパペットである。朔也が向こうを既に認識しているのに、まだ敵対範囲外なのか向こうはピクリとも動かない。


 そんな訳で、こちらは安全圏での作戦会議を行っての事前準備など。ゴブ弓兵が攻撃をしたそうな素振りなのを、辛うじて抑えつけての2分間ではあったけど。

 幸いにも、忠誠度が最低でもある程度の命令は聞いて貰えるようだ。それが分かっただけでも、ある程度の収穫である。そして作戦だが、遠隔部隊の攻撃から最後は朔也が止めを刺す流れをチーム員にお願いする。


 何しろあの敵、明らかに戦闘コックさんより強そうだ。ぜひ仲間にしたいし、そうすれば朔也のデッキも間違いなくパワーアップするだろう。

 そんな期待を込めての作戦は、まず最初の遠隔攻撃が見事にヒット。遅まきながら動き出したパペットは、感情も無くこちらへと進み始める。


 ただし、弓矢と魔法の攻撃はそんなにダメージを与えてないようだ。直接殴りをよっぽど頑張らないと、こちらも被弾する可能性が高まってしまう。

 念の為にエンにサポートをお願いして、朔也は手にした光の棍棒で殴り掛かる。最初の攻撃は頭部にヒットしたけど、返しの2撃目は鍋フタ盾でガードされてしまった。

 そこに回り込んだエンの、背後からの斬撃が炸裂。


 あっと言う間もなく、崩れ落ちる敵の4本腕パペットである。出来れば腕を斬り落とすとか、そんな手加減攻撃をして欲しかったと悔やみつつ。

 魔石(小)へと変わって行くパペットは、もちろんカード化はせずの結果に。ついでにオタマをドロップしたけど、これは幾ら振っても魔法は出て来ず。


 一応は、魔法の発動体としての能力は備えているようだけど。こんなのを手にして魔法を使いたがる術者が、そもそも存在しないだろうと突っ込みたい。

 そして朔也は、作戦は立てるだけ無駄なのかなと心中では複雑な思い。欲しかったのになぁと、エンに向かって愚痴ってみるが向こうは明後日の方向を向いて無視を決め込んでいる。


 こちらは一応マスターだと言うのに、何とも不遜ふそんな態度である。ただまぁ、朔也のデッキで一番の戦力なので、無碍むげにも出来ないこの微妙な力関係。

 隻腕の戦士は、恐らく戦場で手抜きが出来ない性格なのだろう。或いはこれが、忠誠度Fの限界値なのかも知れない。どちらにしろ、ここは諦めが肝心である。


 そんな訳で、ドロップ品を拾って休憩を取った後、朔也は目の前のゲートを潜って3層へ。この“訓練ダンジョン”の難易度は、“夢幻のラビリンス”に較べると低いのは分かっている。

 とは言え、探索初心者が油断して歩ける階層では決してない。ここは油断しないように、慎重に進んで1枚でもカード化を目指したい所である。


 そんな3層だが、相も変わらず台所エリアが広がっている。厨房フロアに倉庫への入り口、それからダイニングらしきフロアも奥に広がっていて一見してカオスな景観だ。

 床は相変わらず土間造りで、中世と言うか古臭い雰囲気がプンプン。そして定番となった敵のお出迎えは、やっぱり大ネズミと大ゴキブリの2組だった。


「コイツ等は遠慮なく倒しちゃっていいよ、みんなっ!」


 そんな朔也の号令に、弓持ちゴブとコックさんが張り切って射撃を披露し始める。とは言え、床を這う動きの素早い生物の群れに、遠隔攻撃はなかなかヒットせず。

 あっという間に詰め寄られ、コックさんは手にした包丁で命令に従って戦闘を始めてくれた。弓持ちゴブも、一応はサブ武器に粗末な短剣を所持しているようだ。

 ただし、その扱いはお世辞にも上手とは言えない。


 代わりに活躍したのは、不動の前衛役のエンだった。一薙ひとなぎで2匹倒すその剣の軌道は、まるで猛禽類が空から獲物を捕獲する様を思わせる。

 ステップなどほぼ使わない戦い方なのに、華麗だと感じてしまうのは何故なのかは分からない。それより朔也も、実力を供わない前衛作業に必死。


 何しろ、自分の命が掛かっているのだ……出来れば荒事は、手下たちに全部任せてしまいたい思いは当然ある。ただし、それだと《カード化》スキルが発動しないこのジレンマ。

 そして目論見通り、3層最初の戦闘後にはカード化スキルで1枚ゲット成功。まぁ、【食堂ネズミ】のカードなど合成の練習素材にしかならないだろう。


 それでもスキルの発動率が上がるのは、素直に嬉しいし今後の励みにもなる。ようやく静かになった入り口の厨房フロアで、そんな事を考えて満足そうな朔也である。

 そして改めて周囲を確認、異変への対応はこの数日の探索で少しは身について来た。そんな朔也の耳が、何かを必死に咀嚼そしゃくする音をキャッチする。


 何だろうと思って静かに移動して行くと、次のフロアの壁際に異様な物体を発見。そいつは床に散らばった、残飯だか何かの死骸だかを夢中で食い漁っていた。

 体型はネズミに見えなくもないが、さっき戦った奴等より遥かにデカい。朔也よりも大きいが、体が醜く歪んでいてその辺はハッキリしない。

 それよりも、一番の異様さは狂気をはらんだその食欲だろうか。


 そんな奴に目をつけられたら、生きたまま喰われそうと言う恐怖心は大きいかも。そいつの前脚は立派な鉤爪仕様だが、食事に手は使わず大きな口を直接残飯に突っ込んでいる。

 その異様な咀嚼音が、不意にピタリと止んだ。そして次の瞬間、こっそり覗き込んでいた朔也とそいつの視線がバッチリ空中で絡み合った。


 それから大喰らいの聞くにえない絶叫が、台所エリアに鳴り響いた。それが戦いの合図となって、なし崩し的に巨体の敵との戦闘の開始。

 慌てて盾と剣を構える朔也と、勝手に攻撃を始める弓ゴブを意にも介さず。最初の体当たりで、派手に吹き飛ばされる両者と巻き添えを喰らうコックさんである。


 隻腕の戦士エンは、ちゃっかりそれをかわして反撃の斬撃を繰り出している。それがヒットしたにも関わらず、威勢良く大口を開けて朔也をロックオンする異形の敵。

 吹き飛ばされた両名は、未だ立ち上がれず。





 ――午前に続いてのピンチ、果たしてどうやって回避する?






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