第25話 2度目の台所エリア



「こんにちは、ノーム爺さん……今日はお酒の差し入れはないけど、お弁当の残りで良ければお摘まみはありますよ。

 どうします、欲しいなら合成の手引きと交換で」

「おう、全部よこせ……酒もほとんど飲んじまった、また新しい奴を差し入れてくれ。そうすりゃ、合成でも何でも教えてやるぞ」


 頼もしい約束の言葉を聞いて、朔也さくやもいつもの待機室に入ってテンション上昇である。相変わらず雑然とした室内は、ある意味居心地は良さそうにすら思えて来る。

 奥に控えている合成装置も、昨日触った感じではそれほど難しくはないみたい。とは言え、失敗すれば魔結晶とか素材カードを失うので、ホイホイと試す訳には行かない。


 その点、この老ノームが監修してくれるのなら、無駄な失敗をせずに合成に取り組める。そうすれば、武器やカードの強化が出来てこちらも万々歳である。

 お弁当箱の残りを、適当に近くにあったお皿に盛り付けながら。朔也は気になっていた質問を、色々と老ノームのアカシアにぶつけてみる。


 例えば、この館の敷地内のダンジョンの数だとか、モンスターだけじゃなくて武器や装備もカード化に成功した経緯だとか。後は、ノーム老のプライベートに踏み込むのは失礼だろうか。

 まだ出逢って数日だし、亡くなった祖父との関係も良く分かっていないのだ。ずかずかと踏み込むのは、さすがに思いやりに欠ける行為だろう。


 ところが再び酒と摘まみに囲まれたノーム老は、たちまち上機嫌になって朔也の矢継ぎ早の質問に答えてくれた。アカシアはここ以外のダンジョンについては知らないし、ただしここと異世界の次元通路に関しては相当に詳しいそうだ。

 彼自身も、その道を通ってここに住み着いて管理人みたいな事を始めたそうな。当初は祖父との契約として、色々と便宜べんぎを図って貰っていたみたい。


 カード化についても、特に詳しいって程では無いみたい。祖父から聞いた話だと、例えば魔石から生まれたモンスターにも、生存への渇望が強い種がいるそうで。

 そんな奴が、消滅しないために《カード化》の契約に同意するのだそう。渋々同意した奴らは忠誠値は低いし、主を認めた奴らは高くなるみたい。


 逆に武器や装備の《カード化》は、付喪つくも神様的な存在への訴えかけなのだそう。なので、新品の武器や装備は滅多にそんな事にはならず、古い品物に起こりやすいとの話。

 なるほどと納得する朔也、何しろこの《カード化》スキルについては、執事やメイドにも質問し辛かったのだ。親しい従兄弟もいないし、途方に暮れていたのだけれど。


 こんな近くに、こんな物知りがいたとは驚きである。アカシアは尚も、《カード化》スキルで知っている事をお気楽に喋ってくれた。

 例えば、朔也が思っていた通りにFランクよりもDランクの方がカード化は難しいとか。自分で倒した方がスキル発動の確率は上がるとか。

 他にも成功率は、使い続ける事で上がって行くとか。


「まぁ、そりゃあスキル全般に言える事じゃがな……使い続けりゃ、それが自分の身になって行くのは当然じゃな。ついでにカード召喚した連中も、使い続けりゃ自然と強くなって行くし忠誠度も上がって行くじゃろ。

 その辺は、鷹山ようざんから直接聞いたんで間違っちゃおらん筈じゃ」

「へえっ、それは有益な情報をありがとう……自分の持ってるスキルなのに、全然分からないから困ってたんですよ。妖精のお姫も喋れないし、そもそも《カード化》スキルの事も知らないだろうし。

 えっ、そんなの知らないのは当然だって?」


 妖精のお姫は、朔也の言葉に知る訳無いでしょとのリアクション。老ノームは、その妖精は勝手にこっちの世界に出て来る、特殊な例じゃなと推測を述べて来る。

 おそらく自身のMPも利用して、ゲートを潜ってこっちに召喚されているのだろうと。なるほど、C級にしては朔也の消費MPがやけに少ないと思ったらそんなカラクリが。


 そもそもカード召喚は、魔素の少ないダンジョン外ではかなり難しいらしい。それを自分のMPでやってのけるとは、妖精のお姫は特殊な特性スキルを持っていると思われる。

 その説明を聞いてなるほどと納得する朔也、所有している《カード化》の特徴も随分とつかめて来た。このスキルの最大の利点は、何と言ってもMPの限りに味方モンスターを召喚出来る点に尽きる。


 ノーム老に言わせると、絶頂期の頃の祖父は何十体ものモンスターを引き連れて物凄く強かったらしい。“ワンマンアーミー”のあだ名を欲しいままにして、攻略したダンジョンも数知れなかったそうな。

 そんな話を聞きながら、既に亡くなっている祖父に思いをせる朔也である。自分がいつかそうなる未来は全く思い浮かばないが、まぁ努力はしたいと思う。


 そんな新たな決意も、こっそりしないと恥ずかしい現在の実力とレベルである。手札カードもほぼF級で占められているし、ここから強くなるのはとっても大変。

 そんな訳で、まずは昨日のおさらいにと合成装置を使わせて貰う事に。ただしエネルギーの魔結晶(小)が少ないので、合成数は限られてしまった。

 結果、出来たのは朝に乱獲したスライムの同種合成のみ。


【雑種スライム(大)】総合F級(攻撃E・忠誠F)


 まぁ、総合F級のままで成長は全くしなかったけど。どうやらランクは上がらなかったけど、体積は増えてくれたので良しとする事に。

 種類も何気に雑種化してしまい、果たして強くなったのか疑問が残る。遺跡スライムと普通のスライムを混ぜ合わせたのが、或いはいけなかったのかも。


 その辺の流儀は分からないので、適当にしてしまったけど結果オーライと言う事に。アカシアにも確認して貰ったけど、モンスター属性が揃っていたら成功の可能性はあるから気にするなと後押しされてしまった。

 とは言え、もう魔結晶も無いし続けての合成も出来ない。そんな訳で、朔也は気持ちを切り替えて、老ノームに断ってから“訓練ダンジョン”へと素材集めに乗り込む事に。


「気をつけてな、若いの……このダンジョンはずっと放置されとるから、今じゃ強いモンスターが湧きやすくなっとるからの。

 まぁ、それも訓練じゃと思って頑張りゃええわい」

「はい、了解しました……ちなみにダンジョンで獲得した魔石なんですけど、やっぱり戻した方が良いんですか?

 向こうのダンジョンでは、毎日返す作業をしてるそうなんですが」


 朔也の言葉に、レベル上げとカード補充に重きを置くなら、その方が良いとの返事がアカシアから。お金やエネルギーとして魔石を使いたいなら、持って帰っても良いそうな。

 とにかくコアさえ破壊しなければ、魔素が枯渇する事は無いとの話である。ただし、魔石を持って帰ると、どうしてもモンスターの湧く頻度は下がってしまう。


 それを仕方ないと見るか、ストレスに感じるかで調整すれば良いとアドバイスを貰って。敵の数を増やしたいのなら、管理人のアカシアに獲得した魔石を渡せば良いそうな。

 それじゃあまずは試して来ますと、突入準備に朔也は味方のカードを召喚し始める。そして突然の違和感と言うか、MP切れに貧血みたいな症状に。


 どうやら午前中の疲労に加え、合成でもMPを消費して回復が間に合っていなかった様子。勿体無いけどMP回復ポーションを使って、ついでに妖精のお姫のクエストボードも確認。

 その結果、『カード合成を5枚成功させろ』と『ダンジョン内でD級ランク以上の《カード化》を成功させろ』と『鑑定の書を10枚使用しろ』の3つのクエがクリア済に。

 報酬に魔結晶(小)を5個と上級ポーション1瓶と鑑定の書の10枚つづり1冊を報酬に貰えた。代わりに新たなクエが、カード内のボードに3つ誕生。


『カード合成を10枚成功させろ』

『鑑定の書を30枚使用しろ』

『ダンジョン内でC級ランク以上の《カード化》を成功させろ』


 どれも、クリアしたクエストの上位互換みたいで大変そうではある。それてもクリア報酬は美味しくて、魔結晶の補充が思わぬところで出来てしまった。

 お姫にお礼を言うと、何でもないよみたいなリアクションが返って来た。薬品を飲んで、何とかMPを回復した朔也は気分上々で中断していた突入準備の続きに入る。


 召喚するのは安定の隻腕せきわんの戦士エンと戦闘コックさん、それから荷物持ちのカーゴ蜘蛛は決定済み。新入りのパペット兵士は、午前中の戦闘で破壊されてしまって再召喚はまだ無理。

 それならゴブリン弓兵を遠隔部隊として召喚して、後はMP節約に入ってから考える事に。頼りない部隊じゃなとアカシアには揶揄やゆされたけど、当の朔也もそう思う。


 だんだん強くして行きますよと、強がりにも思える発言を残して。傍目にも頼りない一団は、台所エリアのゲートを潜って午後の探索へとおもむいて行く。

 目標は3層到達と、出来れば有力カード獲得である。




 そんな意気込みで潜入した、2度目の台所エリアは前見た時とそんなに変わらぬ景色。ただしやっぱり、敵の出現はたった数日では回復し切れていないよう。

 あんなにたくさん湧いていた、大ネズミや大ゴキブリは数える程で迫力も無い。それらをエンと共に倒して行くけど、残念ながらカード化は発動せず。


「う~ん、まぁ……改めてゴキやネズミは仲間に欲しくはないけどね。どうしようか、取り敢えず合成強化したスライムの調子でも見てみようか、お姫さん?」


 妖精のお姫も、その言葉に小さな指でグーサインを返してくれた。そんな訳で、敵がほぼいなくなった台所の中央に向けて初の【雑種スライム(大)】を召喚してみる。

 驚いた事に、ソイツは朔也の想像の何倍もデカかった。雑種のせいかは不明だけど、色もにごっていてあまり可愛くはない。肝心なサイズだが、中央の6人掛けのテーブルはゆうに呑み込む程である。


 そして予想通りに、その動きは余りにもゆったりし過ぎていて連れ歩くには適さない感じ。使い道は限られて来るけど、このサイズ感は改めて見ると凄い。

 F級なので、MPコストが掛からず召喚出来るメリットも大きいかも。などと考えながら眺めていたら、ソイツはゆっくり移動して触手みたいなのを壁際の穴へと差し込んでいた。


 それから小さな騒動が、なおも観察しているとどうやら大ゴキブリを体内に取り込んだ模様。あの一瞬で、敵の気配を察知して呑み込んだのは凄い気がする。

 ただまぁ、このサイズと速度は連れて行くにはデメリットしかない。触ってみると案外と感触が良くて、ペットにするには楽しいかもだけど。

 それでも、足並みが揃わないのは探索には不向きと言うしか。


 食事のシーンも、割とグロテスクだし……とか思ってたら、ものの1分で大ゴキは魔石(微小)へと変わって行った。それを吐き出して、何となく満足気な雑種スライム(大)である。

 この層で回収した魔石(微小)は、これを含めてたった7つ。前回の半分程度で、もう次のエリアのゲートがすぐそこに見えていると言う有り様である。


 やっぱり、獲得した魔石(微小)は全部管理人のアカシアに返すべきだろうか。今はお金も大事だが、何より第一に経験値とカードを揃えたい。

 幸い、ここで獲得した魔石は全部手付かずで手元に持っている。ここでの方針も決定して、後は深く潜って経験値とカードをゲットして行くのみである。


 それから、このエリアで前回確か【鍋フタ盾】を《カード化》出来たのだっけ。朔也はそんな事を思い出しながら、2匹目のドジョウはいるかなと脳内思考。

 それが可能なら、朔也のカードコレクションもより潤うだろう。





 ――もっとも、元が大したコレクションでは全然ないのだけれど。






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