第10話 そろそろ日課のルーティーン



 この館で2度目の目覚めの朔也さくやは、昨日と同じくここはどこだと錯乱気味。それから少しずつ今の境遇を思い出し、狭くて相部屋の寮生活をベッドの上で懐かしく思い出してみたり。

 確かにこの部屋は豪華で、サービスもメイドや執事の気配りで行き届いている。ただし、親族や従兄弟たちの冷たい視線は、それらを差し引いて居心地の悪さを際立たせてくれる。


 つまりは、さっさと元の生活に戻りたいのが本音の朔也ではある。ところが、そうも行かずの祖父の遺言ゲームが今日も待ち構えている次第である。

 などと皮肉に感じながら、ベッドに半身を起こして夢想などしてみたり。


 朝の気配は、カーテン越しにもバッチリ感じられる……今日も天気は良さそうで、ただまぁ外出の計画は残念ながら無い朔也である。その代わり、朝から義務のダンジョン探索には赴く予定。

 あのチビ妖精も、さすがに活動限界時間を超えたようで、昨日の夕方にはカードの中へ戻って行った。それを寂しく感じつつ、昨日は結局は再召喚はせず終い。


 何しろ、向こうから勝手に出て来た理屈が未だ分かっていないのだ。妖精の現実世界への召喚は、MPも結構使うしひょっとして不都合が生じる可能性もある。

 取り敢えず、彼女の再召喚は今日も探索予定の“夢幻のラビリンス”内で良いだろう。ご機嫌を取るために、何か食べ物持参は必須だろうけど。


 そんな事を考えながら、朝の身支度を行っていると。朔也の部屋の扉がノックされ、昨日と同じメイドが朝食を運んで来てくれた。

 お礼を言いつつそれを受け取り、取り敢えず今日の計画を立ててみる。その結果、昨日と同じく早い時間に“夢幻のラビリンス”探索に赴くのが良策との結論が弾き出された。


 ちなみに昨日の探索についてだが、あれ以上はエリアを深入りせずに戻って来た朔也であった。自分の実力に照らし合わせて、ゲートは発見したけど2層探索は次回に見送りに。

 新入りの踊る大鍋や戦闘コックをお試し召喚して、MPに余裕が無くなった事情もあるけど。そのお陰で、新しい仲間の使い勝手もある程度把握出来たし、そこは良しとする事に。


 他の2つのゲートに関しては、一応中をチラッと見るだけに留めておいた。片方は不気味な雰囲気の墓場エリアで、もう1つは渓谷エリアで思い切りフィールドタイプだった。

 どっちにせよ、MPが心許こころもとない状態では探索は怖過ぎる。そんな訳で、決めてあった通りに確認のみで、老ノームのいるフロアへと戻った次第である。

 そして休憩しながら、1時間の探索の成果の確認など。


 得たカードは合計3枚、お試しの使用では『鍋フタの盾』は割と有用な感じ。見た目は完全に馬鹿にされるレベルで、決して格好良くは無いけれど。

 板素材だけあって、軽いしガード面積もかなり広い。強い攻撃には頼りないようにも見えるけど、大鍋モンスターの撒き散らし攻撃を防ぐのには超便利。


 それを行う『踊る大鍋』だが、味方にするといかにも動きが鈍くて使えない。他の忠誠F級モンスターと同じく、こちらの命令にも従う気配も無し。

 自衛の戦いは行うので、壁役位にはなりそうではあるけど。計算の立たない味方を召喚して、大事なMPを減らすのもどうかなって思う朔也である。


 ちなみに今日の朝食も、食パンやらハムエッグやらフルーツやらコーヒーと盛りだくさんで心が湧きたつ。味も量も申し分なしで、大満足で頂く事が出来た。

 ただまぁ、贅沢を言うと寮暮らしの朔也はやっぱり静かな独りきりの食事は苦手かも。せめて妖精は召喚しておくべきだったかなと、今更の後悔などしてみたり。


 朝食も食べ終わって着替えや朝の支度も終えると、途端にやる事も無くなってしまった。そんな訳で、今日も朝イチで“夢幻のラビリンス”へと探索に向かう事に。

 部屋の中で軽く準備体操をして、やっぱり寂しいので妖精を召喚出来るか試してみると。普通にピヨッと出現してくれて、ハローと明るく挨拶されてしまった。


 それと同時に、召喚元のカードに昨日と同じクエスト表示が。昨日こなした『ダンジョン内で《カード化》を5回成功させろ』と言うクエは、既にクリアして報酬も貰い終わっていた。

 内容は魔石(小)が1個とまずまず、それから『腹筋、腕立て、背筋20回1セットを3日続けろ』も昨日終わらせていた。報酬にポーション瓶を貰って、頑張った甲斐はまずはあった。


 そんな事を回想しつつ、改めて妖精のカードを確認してみると。新たなクエストが出現していて、このサービスは侮れない充実振りかも。

 とは言え、『水1リットルを一気飲みしろ』とか『ダンジョン2階層に侵入しろ』はまだクリアは出来ていない。そこは無理をしない程度に、片付けて行けば良い問題ではある。

 取り敢えず、朔也は体調や命を大事に進めていく所存。




 そして朝の9時前、昨日と同じく本館の元祖父の執務室の前へ。室内に招かれると、今日も探索一番乗りだった模様。いつもの初老の執事の毛利が、満を持して待っていてくれていた。

 若いメイドも一緒にいて、突入前に軽く世間話などこなす。例えば他の従兄弟の活躍具合だとか、探索についての常識の身につけ方だとか。


 その相談には、執事の毛利は探索学校用の教本があるので、戻って来たら譲ってくれると言ってくれた。それから今日も頑張って、ダンジョン内で稼いでくれとのお達しである。

 カード集めがメイン任務の筈なのに、そちらには期待していないような口振りに。不思議に思って訊ねてみた所、A級ランクのカードをゲットするにはこちらもA級並みの力が必要だと諭されてしまった。


 つまりは、朔也を始めとする従兄弟たちには圧倒的に実力が足りないそうである。確かに例え《カード化》スキルを持っていても、皆が精々C級の腕前程度である。

 その前提にしても、C級ランクの召喚カードを持っていて初めて適用される訳だ。朔也に限っては、F級しか持ってないので遠く及ばない実力って意味でもある。

 なるほど、それは期待されないのも道理か。


「それじゃあ、レベルを上げながらカードも一緒に集めるのが先って事ですかね? 先は随分長そうだけど、本当に49日の期間内で何とかなるのかなぁ?」

「新当主の盛光もりみつ様は、色々と策略を考えているみたいですな。例えばもっとスパルタに追い込むとか、孫たちで競い合わせて淘汰とうたしていくとか……。

 おっと、これは聞かなかった事にしておいて下さい、朔也様」


 そうらしい、新当主の盛光もりみつもそこまで気が長くは無かった様子。聞いた話では、子供たち16人分20枚のカードデッキを1人で揃えたそうな。

 それだけの忍耐力を持ちながらも、やはり祖父の遺品のタイムリミットは気になるらしい。それも当然かも、いざとなれば自身で回収出来る実力は充分にあるだろうに。


 そこまで祖父の遺言にこだわるのも、不思議と言えば不思議な話である。それに振り回される、親族はちょっと気の毒な気もするけれど。

 朔也に関しては、見知らぬ祖父の霊魂の慰め会に参加しているって気楽な気持ち。これで探索者として1人立ち出来れば、将来も安泰かなって程度である。


 その程度の覚悟だが、カード召喚のボディガード付きの探索は普通より気が楽なのも確か。それだけ『能力の系譜』で授かった、《カード化》スキルが優秀って意味でもある。

 確かにこのスキルを保有している子供達が、探索者にもなっていない状況は“宝の持ち腐れ”以外の何物でも無いかも。今は亡き祖父や新当主の盛光もりみつが、少々ピリつくのも当然なのかも知れない。

 だったら、もっと早くから動けよと思わなくも無い朔也だったり。


 その後も世間話を少しだけしてみたけど、それ以降は執事の毛利も口を滑らすような事は無かった。仕方なく、朔也は覚悟を決めて3度目の“夢幻のラビリンス”へ突入する。

 それに呑気に付き従ってくれる妖精を心強く感じつつ、侵入するなり隻腕の戦士と戦闘コックを召喚。ついでに鍋フタの盾も呼び寄せて、これで身の警護はバッチリ。


 それから周辺のチェック、今回侵入したエリアはどうも密林エリアらしい。湿度の高い空気とそびえる樹々、明かりは充分だが見通しが良いとは言えない。

 地面は普通の土と言うか、落ち葉が目立つ獣道のような小さなルートが用意されている。それに感謝しながら、さてどちらに進もうかと悩む朔也である。


 ちなみに、新たに召喚した戦闘コックだけど、獲得した初のE級モンスターとなった。ただし、戦闘能力は低くて使えるかどうかは不明と来ている。

 まぁ、忠誠度が初めから高いのが唯一の救いだろうか。


【戦闘コック】総合E級(攻撃F・忠誠D)


 とは言え、このパペットは自立行動と言う概念がほぼ無いと来ている。つまり主人が命じない限り、ぶっちゃけて言えば自分を守るための戦闘すら行わない。

 見た目は相変わらず、コック衣装を着込んだ木の人形でお茶目な感じ。ただし、投擲攻撃も出来るみたいで、活用によっては大きな戦力になり得るかも。


 少なくとも、護衛が1体より2体の方が確実に戦力2倍増ではある。朔也自身も、相変わらずゴブドロップの小剣を装備して前衛に立つ準備に抜かりは無い。

 何しろ、自分で敵を倒した方が《カード化》率が断然高いのだ。


「さて、また新しいエリアに出ちゃったな……土地勘も無いし、この細い道に沿って移動してみようか。今回も、有効そうな敵がいたら積極的にカード化させて行きたいな。

 2人……3人とも、サポート頼んだよ」


 そんな朔也の言葉に、当然ながら返事はなし。戦闘コックに関しては、命じなければ歩き始めもしないと言う。なかなか大変な珍チームだけど、こちらで慣れるしかない。

 そんな訳で、今回も妖精の指導で『魔法の巻き糸』を使用しての探索の開始。取り敢えず進む方向を決めて、戦闘コックについて来るように命令を出す。



 そこから5分後に、ようやく最初の敵と遭遇を果たした。密林エリアの樹々を縫って、角のあるカピバラのようなモンスターが突進して来たのだ。

 その数は3匹で、敵の遭遇にいち早く反応したのは朔也だった。相変わらず反応の鈍い隻腕の戦士は、敵が攻撃範囲に近付くまでは無反応を貫いている。


 それは新人の戦闘コックも同じで、こちらは命じられるまで全く行動はしないと言う。朔也は忘れず迎撃の命令を下して、自身も鍋フタの盾を構えて大きなネズミ退治へと向かう。

 その戦闘は1分も掛からず、どうやらこのエリアも第1層の常識内に収まってくれている様子。その結末にホッと胸を撫で下ろしながら、朔也は戦利品を回収する。


 それを手伝ってくれる妖精には、本当にホッコリするし朔也としては頼もしい限り。何と言うか、自分が考えて行動する大切さをヒシヒシと感じてしまう。

 それでも戦闘コックの召喚は、朔也のチームにとって待望の新戦力には違いなく。上手くやり繰りして、何とか今後の探索を有利に進めて行きたい所である。


 現に今の戦闘でも、少なくとも相手の1匹のタゲを取ってくれていた。それを始末したのは隻腕の戦士だったけど、役割としては上々である。

 そして今回はカード化は無し、魔石(微小)が3つとさっきのネズミの肉がドロップした。カピバラ肉って食べれるのかなと、朔也は胡乱うろんな目でそのドロップ品を眺める。

 とは言え、持ち運べる量では無いので潔く回収は諦める事に。


 そして再び密林エリアの探索へと戻って、ほんの数分で次の敵に遭遇する。ここもモンスターの数は、思ったより多いエリアなのかも知れない。

 敵の種類も豊富で、今度は座布団くらいの大きさの蜘蛛と、黒くテカった表皮の大アリと遭遇した。大アリに関しては、これまた3匹まとまって接近中。


 ただし大蜘蛛に関しては、木の間に巣を張って動こうとせず。これならさっきと同じ戦法で、先に大アリの群れを始末してしまえるかも。

 大アリの甲殻は硬そうだけど、幸い隻腕の戦士の武力はそれを物ともしない。思惑おもわく通り、朔也と戦闘コックが時間を稼いでいる内に、3匹全てこのエースが倒してくれた。


 これで残るは大蜘蛛のみ、それにしても戦闘コックは防御がヘタ過ぎる。送還すればダメージは治癒されるみたいだけど、前衛がいなくなるし毎回は使えない。

 それよりも、コイツは魔法のお玉での投擲攻撃をメインにした方が良いかも。出現したナイフやフォークは、見事な軌道で敵に命中してくれていた。


 今もその攻撃を喰らった大蜘蛛は、怒って自分に有利な巣を離れてこちらへと向かって来てくれた。それを軽々と料理する隻腕の戦士は、間違ってもF級ランクでは無い気が。

 いやしかし、朔也にとっては有り難い計算違いではある。





 ――これを手放した腹違いの姉も、さぞかし悔しがっているかも?





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