第9話 厨房ファイト
「ふうっ、酷い目に遭った……一気に5匹も出て来られちゃ、こっちも対応し切れないよ。まぁ、ほとんどの奴が手負いだったから助かったけど。
ポーション飲もうかな、体力かなり削られちゃったよ」
それでも壁の穴に巣食っていた大ネズミを、全滅させる事は出来て
そして初めて飲んだポーションは、薄いオレンジ味で不味くは無かった。噂では、高級な薬品ほど美味しいらしいとの話。とは言え、あまり薬のお世話にはなりたくない朔也である。
その効果だけど、確かに即効性が確認出来て飲んだ本人もビックリ。スタミナも回復したのか、ネズミに
今更ながら、ダンジョン産の異世界品質の素晴らしさは噂以上かも。世間では既にそれなりに流通しているそうで、成功した探索者はかなり儲けているようだ。
朔也としては、そんな仲間入りを画策するのも悪くは無いかなって感じ。降って湧いた《カード化》と言うスキルは、将来を頼る程度には凄い能力を持っている。
そして自立の近道でもある、親無しの朔也にとっては大事な問題だ。
いや、一応父親から認知はして貰っていて、学費や生活費は毎月払って貰ってはいるのだけれど。それ以外に
ただそれも、探索者としての実力が伴えばこそである。今は駆け出しのペーペーなので、それで食って行くと大口は間違っても叩けない段階だ。
とは言え、この“訓練ダンジョン”を上手く使えば、かなり実力はアップしそうな気もする。従兄弟たちとのカード争奪戦の、競争の側面も踏まえて一歩リードに役立ちそうな気配がプンプン。
本家の連中の鼻の穴を明かしたい思いは、当然ながら朔也にだってある。休学届は1週間で提出したらしいけど、その間にどれだけの功績が得られるかは今の所不明。
それは当然だが、せめて遺言の内容に従って祖父の霊を慰めたい所。偉大な探索者だった祖父は、恐らく孫たちにもそうなって欲しかったのだろう。
そんな訳で、気合いを入れて朔也はダンジョン探索の続きに励む。エリアを動き回って行くと、
ただし、その敵には意表を突く形で襲い掛かられて、危うく大惨事になる所だった。そいつ等は大き目の
鍋型のモンスターなど、直前まで
この極悪トラップ、しかし妖精のナイス忠告で何とか回避に成功!
「うおっ、危なっ……おわっ、今度は包丁が飛んで来たっ!? どうなってるの、このエリアってば!」
突然に動き出したのは、大鍋だけではなく大サイズの肉切り包丁も同じく。それらを何とか回避しながら、慌てて体勢を立て直そうとするも。
うっかり床のスープを踏んで、思わずスッ転びそうになる朔也である。それがかえって、敵の飛来攻撃を
その隙に、隻腕の戦士がまず飛翔する肉切り包丁を叩き落してくれた。朔也は転びそうな拍子に取り付け棚を掴んでしまい、それが壊れて倒れ掛かって来て大仰天。
危うく下敷きになりそうな所を、脅威の回避力で何とか避ける事が出来た。更に幸運な事は、朔也に襲い掛かって来ていた大鍋は、哀れ棚の崩落に巻き込まれる破目に。
そしてぺしゃんこになって、魔石とドロップ品を吐き出す流れは漫画のよう。大鍋が倒された瞬間に、床に流れたスープも綺麗に消失してくれて本当に良かった。
ただし、倒れた棚はそのままで周囲に料理器具が散乱してしまっている。その中の大鍋がドロップした鍋ブタに、朔也が偶然に手を伸ばして触れた瞬間に。
何とそれはカード化して、その場に浮遊し始めた。
【鍋フタ盾】総合F級(防御F・耐久F)
初めて装備品を《カード化》させたけど、こんな感じなのかと感心する朔也である。そして今回も、見事なまでのクズカードと言う悲しき顛末。
ただまぁ、盾のガード面積は意外と大きいし、さっきのスープ飛散攻撃なども防御出来る可能性も。このエリアは大ゴキブリも多いし、このフタ盾なら上から潰すのに丁度良いかも。
何事も適材適所である……まぁ、台所用品でゴキ退治をする分別は横に置いといて。そしてこれで、自分でゲットしたカードが確か5枚目となった筈。
懐の妖精カードを確認すると、確かにそのクエストは赤字に反転していた。ただし、ここでアイテムが増えても運ぶのが大変なので、報酬の確認はダンジョンを出てからする事に。
実際に、“夢幻のラビリンス”内でも嵩張る事を理由に、持って帰るのを諦めた装備品は幾つかある。この訓練用のエリアにしたって、食べられそうな食材や台所用具は持って帰っても使える筈である。
ダンジョン産のアイテムや食材に関しては、魔素の関係で使うのを
大抵の品は、普通に流通に乗って売買されるそうである。
魔法の収納鞄があれば、ドロップしたアイテム回収問題はほぼ解決するのだろうけど。小さなサイズでも、50万近くするし完全に無い物ねだりである。
ここは諦めが肝心と、テーブルの上の品や棚に置かれたアイテムは無視する事に。それより実体化させた鍋フタ盾だが、見た目に反して扱いは楽そうで良かった。
相棒の筈の妖精には、指をさされて思いっ切り笑われたけど。自分でも滑稽だと思う朔也だが、安全には代えられないのでここはグッと我慢する事に。
そして再び、厨房の探索を開始する一行だったり。
それからはしばらく、朔也は大ゴキブリの襲撃に悩まされる事に。台所エリアは意外に広くて、そんな部屋が幾つも連なってダンジョンを構築しているようだ。
大鍋の配置も怪しい場所が幾つか、案の定近付くと動き出す待ち伏せ型モンスターである。とは言え、向こうのやり口は既にバレているので、スープぶち
たまに中身が沸騰したお湯だったりと、多少の差異はあったりしたモノの。朔也の考案した鍋フタ防御は、目論見通りにそれをブロックしてくれていた。
後はその辺に落ちていた、麵伸ばし棒で滅多打ちして動かなくなるのを確認するだけ。隻腕の戦士も自前の剣を欠けさせたくないようで、この敵には手出しせず。
お陰で、コイツもカード化に成功してしまった。
【踊る大鍋】総合F級(攻撃F・忠誠F)
この大鍋と鍋フタのコンプはちっとも嬉しくないなと、朔也はカードを眺めながら思案顔。幾つかエリアを探索したけど、レベルの低い朔也が自分で倒せるのは低級のモンスターだけなのは仕方がない。
この結果は当然とも言えるが、これではちっとも有利な手札が増えてくれない。執事の毛利に聞いた話では、カード召喚したモンスターは倒されても時間を掛ければ復活してくれるそうな。
つまりは、使い捨て戦法も出来なくはないだろう……ただし忠誠度が低いので、召喚しても言う事を聞いてくれない可能性が。かくして朔也は、鍋フタの盾と麵伸ばし棒を手に前衛をする破目に。
幸いこのエリアは、充分に明るいので照明を用意する必要は無いのが有り難い。お陰で両手で武器と盾とを構える事が出来るので、安全度が上昇している。
それはともかく、この厨房エリアにインして既に30分以上が経過した。妖精は
どうやら彼女の鞄は、魔法の収納空間らしくて羨ましい限りである。入り口が小さいので、大きな物は収納出来ないのがアレだけど。
棚に置いてあるクッキー程度なら、充分に収納は可能みたいで彼女も獲得作業に余念がない。他にも魔石や魔玉なんかも、ひょっとしたら拾って回っているのかも。
少なくとも、朔也の買った魔玉は全て彼女が管理してくれている。
隻腕の戦士に関しては、連日の召喚に自分の立ち位置にもすっかり慣れた模様である。朔也を主と認めているかは、未だ定かでは無いけれど。
護るような仕草と言うか、向かって来る敵は積極的に討伐してくれるので有り難い。ただし、落ちた魔石は拾わないし他の事も全くしない鉄面皮ではある。
それでも、ダンジョン内において物凄く頼れる存在なのは確かである。そもそも、このベテラン戦士がF級扱いなのが、どんな理屈か良く分からない。
ただしコスト的には、低い設定で大助かりの朔也である。それでもやっぱり、もう1枚程度は前衛能力を持つ味方が欲しい。或いはサポート能力を持つ、忠誠度の高い後衛とか。
妖精は体が小っちゃ過ぎて、戦闘範囲を飛ばれるだけでもこっちがハラハラしてしまう。精神衛生上良くないから、無理はしないでねと言ってはいるのだけど。
朔也の思いとは裏腹に、ちょろちょろ宙を飛び回るのが大好きな困ったちゃんな性格ではある。そしてたまにナイスサポートをくれるので、朔也も強くは叱れないと言う。
現在はそんな変わり者だらけの3人チームで、何とか大きく崩れる事も無くやって行けている。そしてこのエリアも、どうやらようやく果てが見えて来たようだ。
明らかに“夢幻のラビリンス”に較べて小さい感じで、向こうの壁に見えるのは恐らく次の層へ繋がるゲートだろう。つまりあそこを潜れば、次は第2層エリアだ。
ただし、通せんぼするように新たなモンスターの姿が。
「あれは……コック型のパペット?」
パペットやゴーレムは、自立型人形で割とポピュラーなモンスターである。それがコック衣装にコック帽を
あまり怖くは無いが、あれでも一応は門番的な意味合いもあるのかも。一緒に進む隻腕の戦士も、警戒した様子で腰を沈めて戦闘態勢に。
朔也も同じく、あまり危険な前衛はやりたく無いのだが、自力で倒せばカード化してくれるかもだし。打算的に考えても、ここで頑張って後の楽を確定したい。
そう上手く進むかは、神のみぞ知るって感じ……などと呑気に考えていたら、パペットが何かを投擲して来た。思わず鍋フタの盾で受け、それがフォークだと判明する。
それと同時に動き出す、相方の隻腕の戦士にも投擲のナイフが飛んで来た。それを
パペットコックの接近戦の武器は、間違いなく手に持っている包丁だろう。もう片方の手には何故かオタマを持っているが、実はそれは魔法の発動体みたい。
さっきから飛んで来るナイフやフォークは、このオタマが生み出しているようだ。なかなかのくせ者だが、戦士の斬撃を避けた所を見ると前衛能力もまずまずのよう。
ただし、その動きはパペット特有のぎこちなさで、ステータス自体は高くなさそう。案の定、朔也の盾を前面に押し出した体当たりで、呆気なく引っくり返ってくれた。
そこにすかさず、隻腕の戦士のフォローの一撃が。コックの手から包丁が吹っ飛んで行って、これにて向こうの戦力は思い切り半減した筈。
ナイスプレーと叫びながら、続けて朔也も麵伸ばし棒を思い切り振るう。それは見事に相手の顔面を捉え、次の打撃でコック帽が吹っ飛んで行った。
そして追加の打撃で、ようやく息の根が止まったパペットコック。
戦闘後の余韻に激しく息を荒げながら、朔也は次の瞬間を待ち
魔石(小)と一緒に、嬉しい事に黒っぽいカードが宙に浮いて出現してくれたのだ。それを目にして、思わずガッツポーズで喜ぶ朔也であった。
隣では、妖精も同じポーズで喜びを共有してくれている。
――これで朔也の探索仲間も、何とか増えてくれそうな予感。
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