第8話 ノームのダンジョン
外国の童話で、女の子が兎を追いかけて異界へと落っこちてしまう話がある。今の朔也も、まさにそんな感じで何とも微妙な心境であった。
妖精を追いかけていたら、まさか敷地内の隠しダンジョンを見付けてしまうなんて。激熱なイベントなのか、それとも死への誘いなのか。
その辺は、まだ何とも判断はつかない現状である。
妖精は突入する気満々で、さぁ行くぞってな感じで盛り上がっている。幸いにも、朔也の服装は未だに探索着のままで何かあってもある程度は平気。
ダンジョンに入るにも特に不便は無いとは言え、ノリで入ってしまって果たして良いモノかどうか。ただまぁ、経験値稼ぎは大歓迎ではある。
そんな思いで、早速装備したカードホルダー付きの革チョッキからメインカードを用意して。呑気な妖精に続いて、いざ見知らぬダンジョン内へ。
そしてすかさず、隻腕の戦士を召喚して周囲を窺いに掛かる。そこはやたらと物が置かれた、さっきの納屋のような佇まいの室内のようだった。
床も板張りて、見知らぬ装置がそこかしらに置かれてある。生活感も漂っていて、使い古されたソファやテーブルや棚が置かれているのも見受けられる。
ここはダンジョン内の筈なので、誰かが生活しているとは思わないけど。朔也は油断せず、周囲を観察しながら妖精について移動して行く。
その後に、隻腕の戦士もゆっくりした足取りで続く。
「それにしても、何で館の住人はこのダンジョン入り口を隠してたんだろう? 執事の毛利さんはきっと知っているよね、危ないから塞いでたとか?
だったら、布切れじゃ無くて立ち入り禁止とかにする筈だろうし……あれっ?」
不安から妖精に語り掛けていた朔也だったけど、もちろん彼女からの返答は無し。その時、懐からピロンと言う通知音がして、思わずビクッと体を竦める破目に。
思わず取り出して確認すると、どうやら音を発信したのは妖精のカードのようだった。それには明確な異変が現れおり、元は妖精のイラストの描かれていた場所に妙な文字列が。
“希望の妖精のクエストボード”
『ダンジョン内で《カード化》を5回成功させろ』
『腹筋、腕立て、背筋20回1セットをこなせ』
『レベルを3に上げろ』
『ダンジョン内で戦闘に10回勝利しろ』
『水1リットルを一気飲みしろ』
『ダンジョン2階層に侵入しろ』
『違うダンジョン3か所に侵入しろ』
『魔法アイテムを1つ装備しろ』
カード自体がそんなに大きくないので、並んだ文字も小さくてとっても読み辛い。それでも内容は理解出来たし、どうやらこれは“クエストボード”であるらしい。
この妖精の特殊能力なのだろうか、カードの召喚モンスターがこんな事も出来るとは驚きだ。朔也は感心しながら、出現している文字列を眺めやる。
幾つかは赤文字に代わっていて、例えば『レベルを3に上げろ』『ダンジョン内で戦闘に10回勝利しろ』は文字が赤い。『魔法アイテムを1つ装備しろ』もそうで、どうやらクリア済みを知らせてくれているらしい。
試しにその赤文字をタップしてみると、目の前の空間に突然アイテムが出現した。どうやらクリア報酬が貰えたらしい、朔也は驚きの表情でそれを眺める。
出て来たアイテムは全部で3つ、小さな木の実が1個に銅貨が20枚、それから妖精の形をした小さな人形が1つ。それを見た妖精は、何故か誇らしげに胸を反らしている。
まるで自分の功績のようなリアクションだが、朔也は意味も分からず混乱したままだ。取り敢えずアイテムを回収して、さてその次はどうするべき?
などと混乱していたら、不意に話し掛けられた。
「なんじゃ、騒がしいと思ったら久々の客か……ここは
きちんと規律を守るなら、小僧さんの利用も許可してやろう」
「うわっ、ビックリした……アカシアさんですか、どうも初めまして。えっと、ここは探索者が訓練をするためのダンジョンなんですか?」
「入れるのは、
こう見えても、ワシは『錬金』スキル持ちなんでな。どれ、小僧さんのカードも特別に見てやろうか?」
小僧さんと呼ばれて複雑な心境の朔也だが、どうやらカードを“合成”すれば強く生まれ変わるらしい。アカシアと名乗ったノームは年寄りで、確かに技術者っぽい風体をしていた。
だからと言って凄腕とは限らないけど、この提案は渡りに船である。朔也は持っているカードを全て老ノームに見せてみるが、返って来たのは酷い言葉のみ。
お前さんのカードはクズばかりじゃなと、その率直過ぎる言葉に相棒の妖精も憤慨する始末。とは言え、的を射ている指摘には違いなく、反論のしようもないと言う。
まぁ、【負傷した戦士】はこの先もメイン戦力として使うだろう。そのサポートとして使えるカードが、1枚も無いのが今の朔也の悩みだろうか。
【希望の妖精】に関しては、さっき判明した特殊能力など多芸ではあるみたいだけど。体型からして戦闘にはとっても不向きで、出来てちょっとだけ敵の意識を
今の所、サブアタッカーみたいな立ち位置を、朔也が担っていると言う苦しい探索事情のチームである。ここのダンジョンでも戦力増強が望めるなら、嬉しい誤算かも知れない。
老ノームのアカシアは、合成装置を使うなら燃料の魔石や同種類のカードや素材を持って来いと指示をくれた。それから気前良く、ダンジョンでの訓練の許可も与えて貰えた。
ただし、深層に置かれているダンジョンコアだけは壊すなよと怖い顔。それを壊されると、魔素が枯れてダンジョンの活動が当分の間停止してしまうとの事である。
そして再活動まで、半年程度は掛かってしまうのだとか。
「放っておけば、3日もすればモンスターや宝箱も元通りに湧いてくれるからな。そうやって、訓練用のダンジョンは上手に使うもんじゃ。
小僧さんも、そうやって存分に励むがええ」
「あっ、ここのダンジョンの取り扱い方法ですね……了解です、ちなみにこのフロアにはモンスターは出て来ないんですかね?」
そんな事を老ノームに訊ねるのは、ちょっとお門違いな気もするけれど。本人は管理人と言っているので、このダンジョンの事は何でも知っている筈。
アカシアはその点の安全面は保証してくれて、部屋の奥をしわくちゃの指で示した。そちらの壁際に、色んな種類のエリアへ行けるゲートが存在するとの事。
かつて若い頃の祖父は、そのゲートを使って特訓を行っていたようだ。そんな祖父の死を、この老ノームに知らせるべきなのか朔也は悩む。
とは言え、向こうから訊ねられてもいないのに、それを知らせるのも違う気がして。祖父の安否は、訊かれるまで黙っておく事に決めた朔也だった。
そして立て続けの新発見を、改めて脳内で整理する朔也である。“妖精のクエストボード”もこの“ノームの訓練ダンジョン”も、上手く活用すれば自身のパワーアップに繋がる筈。
時間も充分にあるし、クエストも訓練ダンジョンに通うのも積極的にやって行きたい。そんな感じで
少し考えて、まず思い浮かぶのはカードデッキの強化を先にしたいって事。年上の従兄弟にカードを強奪されて、朔也の手持ちの札はスカスカの状態なのだ。
《カード化》の能力も
一応は管理人の老ノームに話し掛けて、今から訓練ダンジョンを使わせて貰う許可を貰って。暇そうに突っ立っている
それは壁に3つ並んでいて、中の様子は当然ながら確認出来そうもない。前情報が無いのは不安だが、取り敢えずは右の奴から順に確認して行く事に。
それにしても、こんなダンジョンもあるんだと妙に感心しつつ朔也はその場で探索の準備。装備や持って行く鞄は、“夢幻のラビリンス”の時と変更しなくて良さそう。
帰還の巻物やポーションはまだあるし、後は自分の現状ステータスの確認はしておきたいかも。さっき鑑定持ちのメイドからは、レベルが3に上がっていると指摘はされたのだけど。
ちょっと勿体なくて、鑑定の書での確認はしてなかったのだ。
名前:百々貫朔也 ランク:――
レベル:03 HP 19/24 MP 11/18 SP 16/16
筋力:14 体力:12 器用:18(+1)
敏捷:15 魔力:17 精神:18
幸運:08(+2) 魅力:08(+2) 統率:18(+2)
スキル:《カード化》
武器スキル:――
称号:『能力の系譜』
サポート:【妖精の加護】
順調にステータスは伸びてくれていると思うけど、本気で戦うにはMPはまだ全然足りてない。F級のカードを召喚するのに、MPコストが確か2ほど掛かった筈なので。
高ランクのカードなら、掛かるコストはもっと高い筈。ちなみに妖精は、出しっぱなしで安定のコスト5みたいである。その辺は、まだ検証が必要な案件ではある。
取り敢えずは、もう少しカードを充実させておきたい……でないと、安全に探索も出来ないのは当然の事実。そんな思いで気合いを入れ直し、朔也は右端のゲートを選択して突入する。
そして中を改めて確認して、やや拍子抜けの表情に。てっきり遺跡か洞窟タイプのエリアに出ると思ってたのに、そこは何と室内仕様だった。
しかも中世の台所みたいで、大きな
台所はかなり広くて、地面は土を固めたような感じで衛生的には疑問ではある。でもまぁ、中世風のエリア設定ならそんなモノなのだろう。
それより敵の姿が、今の所全然見当たらない……用心しながらテーブルに近付くと、ようやくエリアに変化が訪れた。足元に気配を感じて、慌てて朔也は視線を下へと向ける。
するとテーブルの下に、ラグビーボール大の大ゴキブリを発見。
思わず悲鳴を上げて飛び上がる朔也と、そいつを蹴り上げてさっさと始末する隻腕の戦士。クールで頼もしいけど、踏み潰して退治するのは
ただまぁ、そいつは倒されると魔石(微小)になったしバッチくは無いと思いたい。隻腕の戦士も冷めた表情で、再び警戒の体勢へと戻って行く。
朔也は落ちている魔石を拾い上げ、なおも地を這う敵がいないか慎重にチェック。そして発見、台所の土壁の地面近くにに嫌な穴が開いている。
それから脳内で作戦会議、テーブルの上に目を向けると食材はたんまり置かれており。それを餌に敵をおびき寄せるとか、可能では無かろうか?
試してみると、最初の1匹は何とか釣れて上機嫌の朔也である。ただし倒された時の悲鳴のせいか、続く2匹目がなかなか引っ掛かってくれそうにない。
考え込んでいると、妖精がポンッと手を叩いて妙案が浮かんだゼスチャー。何をするのだろうと朔也が見ていると、彼女は自分の持つ小さな鞄から魔玉(土)を取り出した。
そしてそれを、勢い良く穴の中へと放り込む。
――その後の騒動は、さながらパニック映画の如し。
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