第12話 魔物化解明編②~釣り~
一層から五層までは難易度は比較的高くなく、俺達の目的地である七層の手前の六層から危険性が高くなる。生存率は中級だと六層から十一層を通して50%であることから、配信者の多くは一層から五層に滞在しそこで配信活動を行っている。例えばグルメ系だったり、古民家作ってみた等とジャンルは様々だ。
一層から五層にかけては、俺にとって俗に言う「修行パート」だった。一層と同じような景色が広がり、魔物が現れたら率先して俺が倒すよう指示された。凛音とみどりさんからは、反省点や改善点を繰り返し教えてもらいながら、俺は魔法の扱いや戦闘における身のこなしを鍛えられた。
なによりこの修業期間の五層までの五日間に及ぶ長い時間を共にすることで俺達は仲良くなっていた。俺と凛音は幼馴染み同士だし、みどりさんは以前のダンジョン配信で顔馴染みだった。あの人はコミュ力が高く、凛音も俺以外の対人コミュニケーションに関しても特段問題ないので想定通り早く互いの壁は消えていった。
そんな俺達は現在五層にある湖で釣りをしている。
「そろそろ六層に行きません?」
「えーはやくない?」
「いや、俺タイムリミットあるんですが」
「大丈夫!私八層まで配信した事あるから!七層なら分かるよ!」
「はあ」
柊によると魔物化のタイムリミットは後九日程であるが、俺の場合はどうなるか分からない。もしかしたら後三日で……何て事もあるかもしれない。不安な俺とは対照的にみどりさんは元気いっぱいだ。
「まあまあ、腹が減っては戦は起きるだよ!」
「腹が減っては戦はできぬですよ」
初めて聞いたぞ腹が減っては戦は起きるって。本質はついてるけども。戦は飢餓から起きることも多い。有名なところで言うとフランス革命とかルワンダ戦争とかあるな。みどりさんはそんな知識1mmも無さそうだけど……
それにしてもこの女、全く動く様子がなくルンルンと釣りをしている。俺の不満が募る中、彼女の無邪気な笑顔がやけに耐えがたく感じられる。マイペースなのか、それとも彼女なりの理由があるのか、正直わからない。ふうと息をつき、俺は諦めて周りを見渡す。
すると、4m程離れたところにbotみたいに魚を釣っている凛音の姿を見つける。なんじゃありゃと思い俺は凛音に近づく。足元に置かれたでかいバケツに目をやり、俺は驚愕する。でかいバケツには50匹以上以上の魚が釣れていた。そんなにいらないだろ。てかこいつら食べるの?マジで?
「すごいなお前」
俺の驚きを隠せない声が漏れる。どんだけ釣れてんだよ……ほんと何でもできるんだな。しかし釣っている魚の特徴が気になる。目玉が異常にでかい魚がいっぱいだ。きめえ。思わず声が出る。
「うわ、ダンジョンの魚気持ち悪っ……」
その声を聴き凛音が髪をはらい、ようやく俺に顔を向ける。彼女の表情は冷静だが、何やら釣り針をいじくり始めた。不穏な雰囲気を感じるぜ。そして、平常運転のきつい言葉が投げかけられた。
「あなたのその死んだ魚のような目の方が気持ち悪いわ」
「はあー?さすがにそれは言い過ぎだろ。それよりもう釣りは十分じゃないのか?」
俺は凛音に問いかけるが、彼女の答えは予想外だった。
「いえ、まだよ」
「え?」
「獲物は……ここにもいるわ」
あろうことか、凛音は俺の口に釣り糸を放り込みやがった。そして、その糸を引き始めた。釣り針が俺の口に刺さる。
「い、いてえええ」
凛音はそれを見て愉快そうにケタケタ笑った。悪魔かこいつ。
「シリコンだからそこまで痛くないでしょ」
「ん?」
よくよく冷静になると確かに痛くねえな。だからといって人の口に投げこむのはいかがなものかと。
俺は口に入った釣り針を取り出す。うん、シリコンで柔らかい。さっきなんか弄ってるなと思ったていたけど、これがしたかったのか。凛音さんはガキ大将なのかな?
「ふう。結構釣れたしこのまま終わりにしようかしら」
俺の反応を見て満足したのか、釣りはこれにて終了!とばかりに凛音は腰を上げると、どこからともなくみどりは人懐っこく近づいてきた。すっかり仲良しさんですねえ。
「うわあすごい。めっちゃ釣ってる!」
バケツを見たみどりの歓声が上がる中、凛音は冷静にみどりが持っているバケツから釣果を評価する。
「みどりさんは全然釣れていないわね。仮にも100万人登録者の配信者で魔法犯罪対策局の人間なのだから鍛錬した方がいいわよ」
みどりは凛音の指摘を受け入れ、決意の表情を見せる。
「うん、頑張ってみる!というか、そんな上手いんだから配信者やればいいのに!釣り日記みたいな感じで!」
確かにこの実力ならやった方がいい気もする。というかやってるんじゃないのか?
「そもそも既に顔隠して釣り配信やってたりして」
俺の言葉に、凛音がふっと笑みを浮かべた。
「やってないわよ。でもそうね。顔を隠してプライバシーを守った上で配信するのなら金銭も同時に得られて良いかもね」
「顔隠しねえ。顔隠し配信って誰か見るのか?」
「さあ。でもあなたは今みたいに顔出してやったほうがいいわね。顔隠してもそのダメさ加減は隠しきれないから、もういっそ全部さらけ出しちゃった方が親近感が湧くわ。いえ、もしかしたらあなたは親近感以前に顔が気持ち悪いから今からでも顔隠して配信した方が……」
「あーはいはい、生まれてきてすみませんでした」
俺の適当な返事をして、適当に一番きもくなさそうな魚を手にする。それでもきもいけど……
「なんだこの無駄に目がでかい魚は」
「それはデカメアジといってアジのような味をしているのよ」
「へえー」
俺はアジが好きだ。それが言葉に乗ったのか少し興味津々で返事をすると、凛音は俺に魚を先に食べるように促す。
「先に食べてていいわよ」
それではお言葉に甘えてと思い、俺は「了解」と返事をする。
俺は魚を焼く準備を始めようとそこら辺の岩に座ろうとした時、背後からみどりさんの声がかかる。
「仲いいねー」
「仲は良くないですよ。ただ幼馴染みってだけで」
俺はそう答えながら、デカメアジを焼く準備を進める。みどりさんはふーんと言った後、次に感心するように声をあげる。
「おー、料理できるの?意外!できないのかと思ってたー」
そこそこできるっつーの。どうやらポンコツキャラみたいに思われているらしい。汚名返上してやんよ!
「まあ少しだけ」
俺は自信たっぷりに答えると、みどりさんに火魔法を披露する。
「見てください。俺の火魔法グリルグルを」
ものの10秒でアジを焼き魚に変身させた。
「うわあーこんなの初めて!」
思わず吹き出しそうになる。漫画とかネタ系動画以外で初めて聞いたぜ。無論、俺は騙されないぞ。本当はうわあーこんなの(今日)初めて!っていう意味で言ってるだろ。
男の中でも疑り深い俺を甘く見くびらない方がいいぜ。それにしても、みどりさんみたいな異常に可愛い女の子でも恋愛講習動画とかでありそうなテクニカルな言葉使うんだな。
そう言えば俺を振った麻也は『恋愛講座万華鏡さん』っていう動画投稿者見てたな。なんだよ万華鏡って。万華鏡写輪眼で異性落とすのかよ。みどりぃ!お前はオレにとっての新たな光だ!イタチでちゃった。
みどりさんは彼氏とかいるのだろうか?とふと考える。
というか、彼氏とかってなんだよと我ながら思う。彼女いたらそれはそれでいいなと更に考えを巡らせていると、耳元に彼女の声が囁く。
「ねえねえ」
「私の事名前で呼び捨てでいいよ」
「え、なんで?」
「なんか距離感じるじゃん。敬語もなしね!」
「は、はあ」
お、おう。でも本当にいいのだろうか。そんな簡単に距離を近づけて。俺は今配信をしていないが、もし配信を開始した時呼び名が変わっていたら視聴者から何か言われるのではないだろうか。でも断るのはそれはそれで失礼だしなあ。もういいや。流されよう。俺は押しに弱い文化系女子のようにちょろっと流された。
俺は一拍おいて声が上ずらいようなるべく冷静さを心がけて名前を口にする。
「みどり……よろしく」
「う、うん……」
みどりの顔がほのかに赤く染まっている。自分から言っておいて何照れてるんだよ。こっちにもその赤さが伝染しそうだ。というか伝染した。俺も顔に熱を帯びるのを感じる。
「は、はい」と俺は意味の分からない相槌をする。
「なに『はい』ってー。んーじゃあ私凛音ちゃんと話してくるね。先食べてていいよ!」
みどりは俺の相槌から緊張を読み取ったのか笑いかけ、その場を立ち去った。もしかしたらみどりも緊張していて、逃げるように立ち去ったのだろうか。まあ俺には分からん。
みどりの背中を見送りながら、俺は手に持った世にも恐ろしい見た目のデカメアジを見つめた。焼き上がった魚からは香ばしい香りが立ち昇り、その匂いだけで腹が鳴りそうになる。慎重に一口頬張る。
口に入れた瞬間に広がるのは、その絶妙な歯ごたえ。プリプリとした食感がたまらなく、そして次に感じるのは、噛むごとにじわりと溢れ出る甘みと旨味。新鮮なアジならではの、この味わい深さがたまらなかった。
「うっま……」
俺は再びデカメアジの顔を見る。その姿はどこか奇妙で、まるで笑っているかのようだった。
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