第13話 魔物化解明編④~紫色のなにか~


 湖で空腹を満たした俺たちは、次の目的地である六層に向かって歩き出した。湖畔の風景が徐々に背後に遠ざかり、前方には暗い森が広がっている。足元の小道は薄暗く、木々の間からは冷たい風が吹き抜ける。そんな中、俺はふと疑問が湧き、みどりに問いかけた。


「みどりは中級なんでしたっけ?」


 湖の楽しい時間がまだ頭に残っているせいか、気分がふわふわしている。敬語と呼び捨てが混じるのが何よりの証拠だ。


「うんそうだよ。配信者は中級クラスが一番多いよー」

「やっぱ上級と違うんですか?」


 俺の興味は尽きず、さらに尋ねる。


「配信あんまり見ない感じなの?」


 みどりはくすっと笑いながら問い返した。質問に質問で返すなってお母さんいつも言ってるでしょ!あと、ジョジョの作者が。とはいえ、寛容な俺はたいして気にしないので素直に返事する。


「そうですね、あまり見ないですね」


 俺の言葉に反応した凛音が会話に割って入る。


「あなた勉強もできないし、トレンドも追えないなんて。本当に家で何してるの?私の家のムーちゃんの方がまだ何かしてるわよ」

「ああ、あの汚い犬ね。元気か?」

「殺すわよ」


 ペットを引き合いに出して俺を侮辱してきたから、軽く煽ってみたら予想以上に怖い反応だ。女の子がしてはいけない顔をしてらっしゃる。まるで阿修羅像や金剛力士像を彷彿させるような、恐ろしい顔をしていた。


 俺はそんな強面凛音との会話キャンセル。略してカイキャンをしてみどりに顔を向ける。


 俺と凛音の一連のやり取りを見て楽しんだみどりは、笑いながら口を開いた。


「上級はね。雪弥君みたいなスキル持ちが多くいて、中級より火力が高かったり魔法のクールタイムが短かったりかな」


 その言葉に耳を傾けていると、突然、空気がピリッと緊張に包まれた。周囲に視線を走らせると、三体の魔物が俺たちを囲うように飛んでいるのが見えた。


「俺がやりましょうか?」

「いや、私がやるよ。心臓麻痺クリス・デーク!」


 みどりが一歩前に出ると、彼女の手から放たれ……見えない。しかし低空飛行をしていた三体の魔物は翼が急に動かなくなり、そのままドサッと地面に倒れ込んだ。


「何が起きた?」


「ふふーん、私の雷の上級魔法クリスデークだよ。すごいでしょ!」とみどりは誇らしげに大きな胸を張る。


「すごいわね」と凛音が感心して言う。


「すげえ」と俺も驚きの声を漏らす。


 その胸もすげえ。いったい何を食べたらそんな胸になるんですか。胸肉ですか?

真相を知るべく俺たち調査隊はダンジョンの奥地に向かった。向かわねえよ。


 俺たちの反応が嬉しかったのか、みどりはさらに胸を張った。昔のアニメで見る、胸を張った瞬間にボタンが飛んでいきそうなほどパッツパツである。魔法も胸もどちらも凄まじい力を秘めていますな……


「簡単に言うと心臓麻痺させるんだあ」


 心臓麻痺!?驚きを俺は口に出す。


「うぇっ、最強じゃないですか」


 それでダンジョン全部攻略できるんじゃねーの?もうあなた一人で良くないですか?ソカモナ!


 俺の冗談交じりのコメントに、みどりは少し照れ笑いしながらも肩をすくめた。


「んー雑魚敵専用みたいな技でね。強い敵とかだと全く聞かないんだよねえ。めっっちゃ魔法力に差がないと倒せないんだ」

「でも、かなり汎用性が高いわ。みどりさんはかなり優秀ね」


 おい、なんで今「は」を強調した。お前が一番なんもしてないだろうが。俺は……魚焼きました☆


「じゃあ、そろそろ行きましょうか」

「なんでお前が仕切ってんだよ」


 俺はツッコミを入れつつ、先頭に立つ凛音についていく。


 みどりは楽しそうに微笑みながら、俺たちの後ろをついてきた。彼女の魔法の強さとその無邪気な笑顔に、俺の胸は少しずつ高鳴っていた。そして何故かみどりの胸を張った姿がまた目に浮かんでくる。ほんと、胸も魔法も最強だな。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 五層の湖から5時間ほど歩いた俺達は現在六層に繋がる階段を下っている。にしても暗いな。足元には何もなく、ただ闇が広がっており暗闇が重い。息苦しさが胸を締め付ける。


「六層が見えてきたわね」


 凛音の声が、その暗闇を切り裂くように響いた。しかし、その声には何かが漲っている。警告の言葉が込められていた。その言葉が背筋をぞくりと震わせる。


「うん。油断してると本当に死んじゃうから。大きい音とか出したら敵が一斉に集まってきちゃうよ」


 みどりの声が静かに返ってくる。その声には冷静さが漂っているが、同時に不安も感じられる。六層からは一切の光が漏れていない。そう言えば六層から十一層は音を出すと危険という事から静寂の森と言われている。


 俺は疑問を口にする。


「夜か?」

「というより、今までの層と比べて昼や朝という日が昇るという概念がないわ」

「ふーん、面白いな。常識が全く通用しないんだな」


 俺が呟くと、凛音は頷く。このダンジョンの世界において、常識が意味を持たないことを理解する。


「そうね。そもそも常識なんて 18 歳までに身につけた偏見のコレクションでしかないわよ」

「あー聞いたことある!サンドイッチ伯爵の言葉でしょ!」


 みどりが興奮気味に言うが、絶対に違う。というか誰だよそいつ。


「違うだろ。マルク・ド・ヴォーヴナルグの名言だろ?」

「二人とも全然違うわ。相対性理論で有名な物理学者アルベルト・アインシュタインが残した言葉よ」


 凛音の声が冷静に響く。彼女の言葉には、確かな知識と理解が滲み出ていた。結構有名なやつが言ってたのかよ。


「そもそもサンドイッチ伯爵は名言残してないし、ヴォーヴナルグは『この世で一番重い物体は、もう愛していない女の体である。』という名言よ」

「へえ、なんか深いね!」


 深いという言葉の感想の浅さは異常である。意見の深さは思考の深さって言うしな。この五日間で分かったの事であるがみどりはちょっとアホなだ。俺も凛音も辟易とした顔をした。ちなみに僕はよく不快って言われます。てへ。


 六層に下ると、その深淵に広がる闇が凛音やみどりの言葉どおりに俺の周りを包み込んでいた。しかし、ただの暗闇ではない。かろうじて月明かりのようなものがあって、周囲をぼんやりと照らしている。


 暗いところに長い間いると、目が慣れて暗くても物が見えるようになる現象を暗順応という。生物の授業で習った。暗順応ってなんかかっこいいよな。「いでよ!暗順応!」みたいな、ブリーチの黒棺並みにかっこいい。俺も闇属性持ちだし、新技に暗順応ってつけようかな。


 そんな下らない事を考えていたが、その考えは一瞬で遮られた。


 その闇の中から、不気味な影がこちらに向かってくるのが見えた。最初はただの幻影かと思ったが、徐々にその輪郭がはっきりとしてきた。紫色の人型のシルエットが暗闇の中から浮かび上がる。俺は全身が凍りつくような感覚に襲われ、呼吸が乱れるのを感じた。俺には全く分からない。なんだ、こいつ。


 俺たちは一斉に臨戦態勢に入る。


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