第14話 魔物化解明編⑤~危機~
俺達は臨戦態勢に入る。なんだコイツ……
空気がピリピリと張り詰め、まるで時間が凍りついたかのようだ。手に汗がにじみ、指先がかすかに震える。視線は鋭く、敵を見逃さぬように全身が研ぎ澄まされる感覚があった。まばたきすらも忘れ、全神経がそいつに集中する。周囲の音が遠のき、心臓の鼓動が耳元で大きく響いていた。
「誰か分かる?」
一瞬の沈黙の後、俺は問いかけた。声は緊張で少し震えていた。
「ごめん、分からないかも」
「私も分からないわ」
みどりも凛音も分からないってどうゆうことだ……
突然、そいつが口を開いた。
「よお、旅のお方かな?えーと人間」
そいつの発した言葉を聞いた瞬間、俺の頭は再び活性化し、様々な考えがよぎる。言葉遣いが変だな。てか、こいつ人間か?紫色?てことは魔物だ?なぜ話せる?直感的に警戒心を強める。俺以外の二人もピリピリとした雰囲気を出す。今まで誰も知らないという事はなかった。みどりは八層までの調査隊として経験豊富で、配信者としても有名だ。凛音も配信を通じて様々な情報を把握している。それなのに、目の前のこの明らかにやばそうな奴が知られていないってのはあり得るのか?
膠着状態が続くのはまずい。状況を打開するために、俺は軽い調子で話を切り出すことにした。
「えーと、」
返答を聞く前に俺は小さく悲鳴を漏らした。
「なッ」
目が慣れてくると、そいつの全体像が鮮明になってきた。紫色の四肢に胴は鎧で覆われ、銀色の金属的な輝きを放っている。顔は包帯で隠されており、ランダムな位置に六つの目が点在している。その目はピンク色で、不気味な光を放っていた。顎は10cmぐらいの三日月のように長くカーブし、鋭利な刃物のように見える。
「好きかね好きだな」
その言葉に応えるように、そいつは両手を後ろからゆっくりと前に出した。両手には鋭い剣が握られており、その刃は鈍く光っている。
コイツ魔物だ。
コメント欄もすごい速度で流れている
"魔物?"
"わんちゃん人やろ"
"こんな人居ねえって"
"じゃあなんで話せるんだよ"
"いや、話せてもなくね?まともな回答できてねえよ"
"言葉通じるなら闘わなくても済むんじゃね?"
「俺達この先行きたいんだよ。だからさどいてくれないかな」
初対面で全く話せない俺だが、興奮状態らしくいつもよりフランクに接することができた。心の中では緊張が高まっていたが、その緊張を隠して言葉を絞り出した。
目の前の紫色の魔物は、一瞬だけこちらを見つめ、そしてゆっくりと頷いた。
「わかた、気を付けび」
「うん、ありがとう!」
みどりが怪訝な表情を見せず、明るく返事をする。声は抑え気味で、周囲に響かないようにしていた。ここは今までの森とは違い、危険な森が広がっている階層だ。魔物のレベルが格段に上がることを考えると、慎重さが求められる。
俺たちはそいつの横を通るとき、全身に冷や汗が滲むのを感じた。何かしてくるか?大丈夫か?頭の中で不安と警戒心が渦巻く。何があっても対処できるよう、俺が先頭、凛音が中間、みどりが最後尾の順で前へ進む。
一歩一歩、足を進めるたびに、緊張が増していく。周囲の静けさが一層際立ち、森の中の音が耳に響く。葉擦れの音、風のざわめき、遠くから聞こえる獣の鳴き声。すべてが異様に感じられる。
見事に全員が無事に通り過ぎることができた。しかし、警戒は怠れない。心臓の鼓動が耳に響き、汗が背中を伝う。話したいけど話せない。相手が人の言葉を理解するということは、何かしらの逆鱗に触れる可能性もある。俺たちはそのまま慎重に歩き続ける。
俺はチラッと後ろを振り返った。なんだ、なんかついてきてるしー!驚きと焦りが胸を掻き乱す。俺たちは自然と横三列の陣形に移行した。
「なんできてんだこいつ。進路方向引き返してるやん。」心の中で呟きながら、全身が緊張で固まる。ずっと無言のまま、紫色の魔物は一メートルの距離を保ちながらついてくる。その距離が余計にプレッシャーを増大させる。ストレスがえぐすぎるって。
そうだ、俺たちはただ「どいてくれ」としか言っていない。ついてくるなとは言わなかった。俺は一瞬の安堵を覚えた。こいつは話が通じるんだやつなんだ。ちょっとアホなだけで丁寧に説明してあげれば多分大丈夫だろう。
俺は決意を固め、振り返って話しかけることにした。
「あのさー、ついて……」
その瞬間、紫色の魔物が突然「タタタタッ」と地面を蹴り、急に襲いかかってきた。何が起こったのか理解する前に、その鋭い動きが視界を埋め尽くした。
すぐさま反応したのは凛音だ。「光の
光の壁が俺たちを守るように輝き、その眩い光が周囲を照らし出す。紫色の魔物、六つ目の魔物――略してムツメの攻撃は、その光の壁に弾かれた。ムツメは勢い余って後ろにのけぞる。
全員が一瞬で攻撃態勢に転じた。その瞬間、ムツメは「キエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ」と耳をつんざくような叫び声を上げた。その声が森の静寂を破り、周囲に不気味な響きを広げる。
「ここは静寂の森だ。音を出されるのは冗談きついって」と心の中で叫びながら、俺は剣を握りしめた。みどりは冷静に弓を構え、矢を番えている。彼女の顔には一瞬の動揺が見えたが、すぐにその表情を引き締めた。
「クッソ、まじか」
「七層がおかしいとは聞いていたけれど、六層もかなり異常な事態ね」とみどりが冷静に言ったが、その声には不安が隠せない。
「態勢立て直そ。五層に戻って!」とみどりが言う。
「けど、戻るには走っても15分かかるぞ」
俺は周囲を警戒しながら言い返す。
「ここからだと、人間が作った休憩地が近くにあるはずよ。あそこなら防壁があるから魔物は近づけないわ」
「あ、そうだ!そうしよ!」
敵の足音がぎゃんがぎゃんがと近づいてくる。や音が森の静寂を切り裂くように響き、心臓の鼓動がさらに速くなる。やがて、闇の中から狼に似た魔物が7体、姿を現し、俺たちを取り囲む。月明かりが彼らの鋭い牙を照らし、その牙は異様な緑色に輝いていた。毒液がぽつりぽつりと滴り落ち、地面に触れるとじゅわっと音を立てて溶けていく。地面が腐食してる……
手が震える。やべえ、マジでやべえ。冷たい汗が額から流れ、剣を握る手のひらはじっとりと湿っている。心臓の鼓動が耳鳴りのように響き、息がうまく吸えない。
「雪弥!落ち着きなさい!」みどりの声が鋭く響く。その言葉にハッと我に返る。
「お、おう」と答える声は情けないほどかすれていたが、何とか返事をする。彼女の冷静さに少しでも触れようと、必死で深呼吸を試みる。
どうせ、魔物に位置割れてるんだ。火属性使わせてもらうぜ。自分に言い聞かせるように呟く。俺の中で湧き上がる恐怖を少しでも押さえ込もうとする。
「投げ銭お願いします!」
俺は配信を見ている視聴者に呼びかける。上限は8万円としているが、10万円にいったらこの前の綺羅の時みたいにまた魔物化するからな。
一万円分はすぐに貯まった。胸をなでおろし、安堵のため息をつくが、冷や汗が止まらん。綺羅の時みたいに投げられなかったら、俺はここで魚焼くだけで一生を終わるところだったぞ。あの時の絶望感が蘇り、心臓が締め付けられるようだ。
「くそでかい木に火をつければ、状況を変えられるかもしれない…」自分に言い聞かせるように呟く。近くにある巨大な木に向かって火炎を放射する。火の手は瞬く間に広がり、木々を伝って森全体を照らし始めた。炎の勢いは凄まじく、闇が一気に退けられる。完全に大火事だ。某アニメのちびまる子ちゃんのキャラである永沢君もこれには号泣しちゃうね。火事になって卑屈になった永沢君に「お前火事になったからって調子に乗んなよ」っていう迷言がある。今思い出しても笑っちゃう。
だが、今は笑っている場合じゃない。てことで永沢君みたいにこの静寂の森を静寂の更地にしてやるぜ!そう決意して、再び前を見据える。
凛音は盾を構え、防御に徹している。彼女の動きは無駄がなく、敵の攻撃を全て受け止めている。その背後で、みどりが雷属性の魔法を次々に放ち、狼の魔物を狙い撃ちにしている。
狼の魔物たちの周りに燃え移った大木が炎を上げ、彼らを混乱させている。よし、計画通りだ。火の刃を顕現させる時が来た。俺のチートスキル"投げ銭額で魔法力飛躍"を見せつけてやる。一万円パワーで、そこそこの大きさの火の刃を具現化する。これが俺の切り札だ。
「切れろ、くそでか木!」そう叫びながら、燃え上がる木に一太刀を叩き込む。倒れる方向を計算し、凛音とみどりの真上に倒れ込むように仕向けている。剣が木を貫き、その感触が腕を通じて伝わる。木が真っ二つに裂ける瞬間、炎が舞い上がり、まるで勝利の狼煙のように輝いた。
「こっちに逃げるぞ!早く!」手ごたえを感じた瞬間、俺は全力で声を張り上げた。叫び声は森全体に響き渡り、燃え盛る炎と混ざり合って一層の緊迫感を生み出す。
その声を聴いて振り返った凛音とみどりは、瞬時に状況を把握した。彼女たちは一瞬の躊躇もなく、俺の指示に従って走り出す。燃え上がる木が凛音たちの頭上に倒れ始め、空気中に焦げた匂いが漂う。木の裂け目から火花が散り、周囲はまるで地獄絵図のような光景だ。木が崩れ落ちる轟音が耳に響き、熱波が肌に感じられる。
「ナイス!」
「このままキャンプ地に向かいましょ」と凛音が冷静に指示を出す。その言葉に俺も頷き、全員で一気に走り出す。
完全に倒れる直前、紫色の六つ目の魔物と目が合う。魔物の目には何の感情も読みとれないが、俺は冷笑を浮かべた。
「俺の勝ちだな」と静かに呟く。
倒れる木の影が魔物を覆い隠し、その瞬間、俺たちは全力で前進する。背後から聞こえる激しい音と炎の熱を感じながら、俺たちは前へ、ただ前へと進む。
俺たちはある程度走ると、今度は音をなるべく大きく立てないように足を運んだ。静寂の森には音に敏感な生き物が多いが、さすがにこの煙と火事では音よりもそっちを気にするだろう。炙られた魔物たちの絶叫が遠くから聞こえ、そのおかげで敵はこっちに来る様子はなかった。
「正直あなたのおかげだわ」
「うん、ジリ貧になるところだったね。本当にありがとう!かっこよかった!」
凛音とみどりが俺を褒め称える。特にみどりの「かっこよかった」という言葉に俺はビクンと反応する。もっと言ってくだしぁい♡もうとろけそうだ。ボイスメモして目覚ましにしたいレベル。
「とりあえず祠行きましょうか。ほかのパーティーがいるかもしれないし」
凛音の提案に俺たちは頷き、慎重に進んだ。辺り一面に広がる炎の赤い光が背後に遠くからそびえ立っている。森が更に燃え盛っているようだ。
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