第15話 魔物化解明編⑥~休憩地~
第六層での死闘を乗り越え、ようやく休憩地に辿り着いた俺達は疲労と緊張が入り混じったまま、俺は大きな柵で何重にも強化された土属性の壁に手をかけ、ドアを叩いた。上から偵察している門番のような人影が見え、やがてこちらに降りてきた。
「おー、みどりちゃん!」
「やっほー」
その瞬間、俺の心に不穏な感情が湧き上がる。なんだこいつ。俺のみどりに馴れ馴れしくしやがって。彼氏か!彼氏なのか!胸が締め付けられるような嫉妬心が湧くが、冷静さを保とうと努める。
門番はみどりだけでなく、俺たちにも目を向ける。
「おおー、三層にようこそ!火事が起きたみたいだけど大丈夫だった?」
「はい、大丈夫でした?」
まあ、原因は俺なんですけどね。心の中で自嘲しながら答える。門番は中に来いと手招きし、俺たちもそれに従って歩き出す。周囲のキャンプ地は、各所に設置された灯りが淡い光を放ち、安心感を与えてくれる。長い戦いを経て、ようやく安全な場所に辿り着いたという安堵感が広がる。
「配信見てたよ」
見てたんかい!思わず心の中で突っ込むが、顔には出さない。門番の言葉に耳を傾ける。
「すごかったね。木を燃やして窮地を救うなんて!」
その言葉に、俺の心は少しだけ安らぐ。馬鹿。褒めても何も出ないぞ!と言いつつ俺はズボンとパンツを下ろし、股間についている竹馬をボロンッと見せる。訳ないよね!
とどうでもいい茶番と松岡修造バリのノリツッコミを頭の中で繰り広げていると、気づいたらみどりと門番が談笑していた。
「いいパーティー持ったなー」
「ふふーん、でしょー」
なんか仲良くないですかあなた達。門番からは気の良い兄さんのようで圧倒的リア充オーラを感じる。俺も大学生になったらこんな風になれるかな?うーん、無理(笑)
門番とみどりが横に並び、俺と凛音はその後ろについていく。
「あの魔物なんだったんだろうね」
凛音が話題を切り出す。あの魔物とはさっきの人間の言葉を操る魔物のことだ。思い出すだけで、背筋が寒くなるような不気味な存在だった。
「本当にそうだよ!レポート速攻で送った!」
みどりがすかさず応じる。報告書書かないといけないの面倒くさそうですなー。門番の男は、俺たちの話に真剣に耳を傾けているようだ。彼もまた、その魔物に何か心当たりがあるのだろうか。
「人の言葉を操る……か」
門番の男は熟考するように眉をひそめ、しばらく沈黙が続く。やはり、彼も具体的には分からないのだろう。考え込んだ後、彼はふとこちらを振り返った。
「とりあえず、ゆっくり休んだ方がいい。この宿は、今日は人が少なくて5パーティーぐらいかな。いっぱいくつろげるはずだよ」
ドラクエによくある宿泊所みたいな感じなのだろうか。俺のこの疲れ切った体を癒してくれ。
「ずっと門番してて疲れたからね。俺も変わってもらおうかな」
門番の男は「あぁー」と大きなあくびをしながら、寝ぼけ眼をしている。お疲れのご様子だ。
門番は扉に手をかける。だが、扉を開けた瞬間、彼の表情が一変した。驚愕と恐怖が入り混じった顔で、固まっている。
「なんだこれは…..」と信じられない顔をする。
俺たち三人も何事かと顔をのぞかせる。目の前に広がる光景に息を呑んだ。そこには、三体の魔物がいた。背丈はそれぞれ異なり、形状もバラバラだ。しかし、共通しているのは、その不気味さと凶暴さ。
俺の胸に嫌な予感が走る。さっきの六つ目の魔物の姿が頭をよぎる。宿の中には血が広がっており、少なくとも三人が寝込みを襲われている。その血痕が、生々しく床に広がっていた。魔物が侵入してこれほどの惨劇を起こしたのか?しかし、頑丈で何重もの土属性の壁を壊せば、破壊音が門番に聞こえたはずだ。では、どうやって…。
考えを巡らせる暇もなく、目の前の現実に対処しなければならない。門番もその異常な光景に目を奪われている。
「宿の近くに怪しい敵の動きはなかったの?」
「ずっと見ていたがそんなのなかった。」
門番の男は困惑した様子で答える。その言葉がさらに俺たちの不安を煽る。何もわからないが、確実なのは一つ。こいつらを倒すしかない。俺は剣を握り締め、戦う決意を固める。
「敷地内の破壊の可能性は?」
凛音が冷静に門番に問う。
「ありえない。敷地内で破壊されたような音も何もなかったぞ」
「なるほど。やりましょう。どちらにせよ安心して休憩できる場所はここにしかないわ」
凛音の声が静かに響く。彼女の決意は揺るぎない。目の前の危機を乗り越えない限り、安息は訪れないと俺たちは確信した。
「連携が必要だ。君たちの属性は配信見てたから把握してる。俺は水属性で中級だ。互いに頑張ろう!」
「うん!頑張ろう!」
「室内でこのまま闘い、室内で相性が悪いと思ったら外に出ましょう」
「うす」
最後に俺は小さく返事する。
一体目は小さな目に鼻フックされたような歪んだ鼻に、棘が六本無秩序に突き出ている。胴体含めすべて白色で、蜘蛛のように足が多く、蜘蛛のように多くの足を持ち、最前列の二本は鋭利な刃物のように尖っている腕を持つ。まるで、白く輝く悪夢の具現化だ。大きさは2m前後。俺は心の中でそいつを「白クモ」と呼ぶことにした。
白クモが高速でこちらに近づき、尖った腕を剣のように振るう。門番が素早く水の剣を顕現させ、抵抗する。
二体目は「脳ゾンビ」と名付けるにふさわしい姿をしていた。そいつは死体から血を吸い続け、その脳みそのような頭部は不気味に脈動している。胴体と四肢も白色で、掌は異常に大きく、まるで巨大な吸盤のようだ。脳ゾンビは俺たちには目もくれず、ただ吸血に専念している。その姿は生理的な嫌悪感を引き起こし、見ているだけで身の毛がよだつ。
三体目は頭部と胴体がなく、太くて巨大な木のような足が中心に据えられている。爪は八つに分かれ、それぞれが鋭い鉤爪となっている。その足に四つの頭部が全方向に向いており、それぞれが鋸のようにギザギザの歯を持っている。目はなく、ただ口が大きく開かれているだけだ。
俺と凛音は四つ顔デカアシの相手をする。
四つ顔デカアシの四つの口から、ねっとりとした音を立てて何かが吐き出される。黒ずんだ卵が地面に落ちる音が不気味に響き、瞬く間にその表面にひびが入り始める。卵が割れ、中から無数の小さな昆虫のようなものが湧き出してくる。それはまるで、コバエの大群のようで、一斉にこちらに襲いかかってきた。
「甘いな、四つ顔!」俺は胸中で叫びながら、即座に火属性の魔法を使うことを決意した。火の玉が手の中に顕現し、赤い輝きが周囲を照らす。火は昆虫にとって致命的な武器のはずだ。俺は自信満々に火の玉をコバエの大群に向けて放った。
「雑魚が、火あぶりの刑に処す」
火の玉が放たれた瞬間、その熱が空気を歪め、コバエたちは一瞬で消し炭になると思っていた。
「まじかよ」
しかし、思ったほどの効果はなかった。確かにコバエの3/4は焼き尽くされたが、残りの1/4がしぶとく生き残っている。火の耐性を持っているのか?
「まじかよ…」呆然とつぶやく俺は再び火の魔法を放つ。しかし、同じ結果が繰り返された。確実に火の耐性がある。どうする?光属性のガードは、この小さなコバエたちにはほとんど意味をなさない。凛音のガードは大型の敵には有効だが、このような小型の群れには無力だ。
焦りと不安が胸を締め付ける。しかし、諦めるわけにはいかない。
「みどり!このコバエに雷を!」
「おっけー!」
みどりの声が頼もしく響く。彼女の手から雷の魔法が放たれ、電光が辺りを照らしながらコバエたちを焼き尽くす。だが、二匹ほどが雷の網をかいくぐり、俺に近づいてきた。急いで左方向に避け、距離を取るが、凛音が光の壁を俺に施すまでのわずかな間に、数体のコバエが腕に密着してきた。
「いてえええ!」
鋭い痛みが腕に走り、見下ろすと小さなコバエが肉を食い破っている。小さいのに何でこんなに傷が深いのか。恐らく、肉を腐食させる毒を持っているのだろう。痛みと同時に恐怖が胸を支配するが、幸いにも広がる様子は感じられない。
凛音はすぐに傷跡の処置に当たった。「雪弥!ヒーリング!」その言葉と共に光が俺の腕を包み、痛みが少しずつ和らいでいく。
一方で、四つ顔デカアシは次のコバエを出そうとしている。今度も四体分であろう。恐らく火属性と雷属性の耐性持ちを出してくるだろう。もしくはランダムに何か違う属性のコバエを放つかもしれない。どちらにせよ、ここで立って叩き潰さなければジリ貧だ。
「胴元を叩く」
俺は決意を固め、火属性の剣を顕現させた。真っ赤な炎が剣の形を取り、四つ顔デカアシに向かって一直線に突き進む。
「間に合え!」
剣が一閃し、喉元から卵を出そうとしている四つ顔デカアシを真っ二つに斬る。黒煙が立ち上り、その姿は地面に崩れ落ちた。
俺達が戦っている間に、門番も戦いを終えたようだ。白クモは水属性の大量の水で感電死していた。その姿は見るも無残だった。
「中々むごい殺し方しますね」
「むごくないし!ちゃんとした協力技だよー」
みどりが反論した。俺は目線を白クモの光景からある所に移す。
「ラストはあいつっすね」
その視線の先は、勿論「脳ゾンビ」がいた。一番厄介そうな奴が最後で良かった。身長は3メートルぐらいで、体格の割にちゅうちゅうと今だに吸血を続けている。もうすぐ吸い終わりそうなのか、吸われている男はしぼんでいく。
「私がやるよ。」とみどりが前に出る。
「スパーク!」
放電が起こり、雷が虜の釘パンチみたいに四回炸裂する。雷の閃光が辺りを照らし、轟音が響き渡る。しかし、脳ゾンビにはあまり効いていないようだ。雷の耐性があるのか?さらに驚いたことに、そいつは言葉を発した。
「なにすんだよてええええええええめえええ」
突然、脳ゾンビが言葉を発した。ぞっとする声に、一瞬、全身が凍りつくような感覚を覚える。驚きと恐怖が心臓を強く締め付ける。雷の耐性があるだけかと思ったが、こいつが言葉を話せるということは、ただのモンスターではない。ムツメの存在が頭をよぎる。これはマジで危険な相手だ、と直感する。
脳ゾンビはその巨大な爪を振り上げ、俺たちに襲いかかってきた。爪で切り裂こうとするその攻撃は速く、そして凶暴だ。門番が素早く水属性の剣を顕現させ、みどりをかばうように構える。
「なに!?」
門番の剣が粉々に砕け散る光景に、俺は驚愕する。が、驚いている暇はない。門番の負傷を見て一瞬の隙をつき、俺は脇腹を火属性の剣で刺そうとする。しかし、剣は脳ゾンビの体に触れた瞬間に弾かれた。
「くそっ、かてえ」
思わず声が漏れる。なんだこの強化外骨格。ガンダムじゃねえか。
◆◆◆
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