第11話 魔物化解明編①~釣り前~

 

 憂鬱な朝、灰色の空が重く低く垂れ下がり、俺の心にも同じように暗い影を落としていた。タイムリミットまであと14日。刻一刻と迫る運命の締め切りに、焦燥感が押し寄せる。魔法犯罪対策局に連行された翌日、俺はダンジョンの前に立っていた。


「で、なんでお前がいるんだよ」


 隣に立つ人物に目を向ける。正真正銘我が幼馴染兼クラスメイトの凛音だ。薄い笑みを浮かべることもなく、相変わらずぶっきらぼうな表情を俺に見せる。


「あら、何か問題でも?」


 凛音は肩をすくめ、その動作に合わせて彼女の黒髪が微かに揺れた。


「問題しかないっつーの。俺は今から七層に行くんだぞ」

「奇遇ね。私もそうよ」

「噓つけ」


 なんでお前が七層に行くんだよ。七層って魔法覚えたての奴が行ったら自殺しに行くようなもんだぞ。俺は選択肢が無いから仕方がない。でもお前は違うだろ。


 心の中で疑念と驚きが交錯する。凛音の冷たい目が何を考えているのかまったく読めない。彼女はいつもそうだ。平然と突拍子も無いことを言っては、俺を驚かせる。だが、その裏には必ず何か理由があるはずだ。何故、こんな危険な場所に行こうとしているのか?


 俺の噓つき発言をまるで聞いていなかったかのように彼女は微笑みながら続ける。


「言ってなかったかしら?私はダンジョン探索が趣味であなたより熟練度高いわ」


 勿論そんな事は知らない。幼馴染みだけど関わりはそんなに強くなかったからな。


「級は?」

「中級よ」


 凛音は手をかざして中級証明書をエアビジョンに映し出す。青い光の中に浮かび上がるその証明書に、俺は驚きを隠せなかった。おいおい、中級って高校生だと県に一人いるかいないかだろ。綺羅に続いてここにもいたのかよ。


 綺羅の場合は正確には中級証明書を見ていないため本当かどうか分からないが、あのレベルは確実に中級だ。しかし、凛音まで中級だなんて、これまでの彼女の印象が一気に覆る。


「本当に、中級…なんだな。」


 驚きと戸惑いが入り混じった声で呟くと、凛音は一瞬だけ微笑んだ。その笑顔は、まるで秘密を共有した仲間にだけ見せるような、特別なもののように感じた。


 凛音に口からでまかせ言ってんじゃないだろうなと口を紡ぎそうになったが、こいつは噓を言う性格ではないしな。


 まあ、それでも俺の言う事は変わらないんだけどね。


「帰れ」

「嫌よ」

「はああああ」


 俺はため息をつく。帰る意思が今の所全く見当たらない。どうしたものか。他の話題から派生して説得を試みようとする。


「ちなみに属性は?」

「光よ」

「めっちゃいいやん……」


 光属性は最強属性と言われていて、その大きな理由は瞬間移動ができる圧倒的移動性だ。これにより他の属性と大きさ差をつけることができる。某俊足のコーナーで差をつけろレベルじゃない。スタートダッシュから差がついてるようなもの

だ。


 彼女の冷静な瞳から自信に満ちた光を帯びている。だが、それでも不安なことには変わりない。


「でも、マジで死ぬ可能性あるって」


 俺の言葉に、凛音は苛立ちを隠さずに応えた。


「うるさいわね。私がそう決めたんだからいいでしょ!」

 

 うーん、心配だ……しかしこいつ頑固すぎるな。今の凛音は頑固親父も手に負えないレベルの頑固娘だ。頑固親父でもそもそも親父でもない只の幼馴染みの俺がこいつを止める事はできそうにないな。


「わかったわかった。降参だ」


 俺は苦笑しながらも頷いた。


「当たり前よ」と勝ち誇った顔をしている横にこれまた意外な顔がそこにあった。まあ昨日の時点でじいさんから連絡来て知ってたんだけどね。


「よろしくねー!魔法対策局最年少と期待の新人みどりでーす」


 眩しい。俺に葉緑体があったら光合成してるであろう程に輝かしい人物がそこにいた。

 彼女は登録者100万人を誇るみどりちゃんねるのみどりちゃんだ。その笑顔とエネルギッシュな挨拶に、俺と凛音のどんよりとした空気が一瞬で明るくなった気がした。


 俺の予想では、みどりちゃんがダンジョン探索中に絶体絶命のピンチの時に俺が颯爽と現れ、魔物をやっつけることで救い、意気投合して仲良くなるという妄想をしていたのだが、まさか探索前から仲良くならざるを得ない状況になるとは思っていなかった。


 昨日じいさんが言ってた派遣はみどりちゃんの事だ。まさかのみどりちゃんは魔法対策局最年少のエースだった。全く知らねえ。正社員登用されているのか?それともただの顔的な役割?広告塔的な?高校生の俺にはどういうビジネスが絡んでいるのかよく分からない。


 まあ、なんでもいいや。可愛いし。可愛いは最強!でもその価値観にさらされていると、30代になると苦労することになるからほどほどにね!


 俺はそのまま思考を切り替え、「女の子二人?まじで大丈夫なのか?」と不安を口に出してしまった。


「男女差別だー!」


 みどりさんが明るく言い放つ。ごめん、ナチュラルにしてしまった……俺がモテない由縁だろう。奢り奢られ論争やら蛙化現象等はこういうナチュラルな発言から火種になるんだろうな。まあこれに関しては俺が完全に悪いな。


 みどりさんの言葉に、俺は苦笑しながら頭を掻いた。彼女の指摘は正しいし、俺も反省するべきところが多い。凛音は無言で俺をじっと見つめ、その視線には冷ややかな警告が込められているように感じた。


「こんなの放っておいて行きましょうか。みどりさん」

「お!いいね!凛音ちゃん行こ行こ」


 二人は本当に初対面なのか?仲良く談笑しながら先に歩き出す。その様子はまるで長年の友人同士のようで、息の合ったやり取りに俺は少し戸惑いを覚える。


「開幕ぼっちかよ」


 さすがすぎるぜ俺……


 何はともあれ出発だ。


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