第10話 魔法犯罪対策局×挑戦


 綺羅が搬送された後学校で待機していた俺は数時間後、魔法犯罪対策局の者に車に乗せられた。

 

 エアビジョンを開発したmaho社が設立した魔法犯罪対策局(Magic Crime Countermeasure Bureau, MCCB)は魔法を利用した犯罪行為を監視し、摘発し、法執行機関と協力して治安を維持する役割を担う。魔法犯罪対策局と警察の間には一般的には良好な関係が築かれている。


 魔法犯罪対策局の一人にに連行された俺は、局内の厳重なセキュリティを通り抜け、無機質なコンクリートの廊下を進んだ。無数の監視カメラが鋭い視線を送り、セキュリティゲートは厳重なチェックを行った。やがて、重厚な鉄扉が開かれ、事情聴取室に通される。


 部屋の中央には、一人の男が待っていた。白髪がところどころ混じった髪を持ち、知的な雰囲気を醸し出す眼鏡をかけた推定60代の男がそこにいた。


 「そちらの席に座ってください」と連行してきた男が促す。


 俺が椅子に腰を下ろすと、じいさんは資料から目を上げて話しかけてきた。


「ご苦労さん。君が今回魔物になって綺羅俊介きら しゅんすけ赤井雪弥あかい ゆきやで間違いないんじゃな。」


 え……死に陥れた?いやいや、どういうミスだよ。俺を勝手に犯罪者に仕立て上げるのやめろ。思わずマジで綺羅死んだのかと思ったじゃねえか。


「いえ、死んでないですよ。綺羅は光魔法で回復し現在意識も戻りました」


 白髪の男は驚いたように目を細め、手元の資料に視線を落とした。近視なのだろうか、資料に顔を近づけて一言。


「失敬、失敬。おっふぉぉぉぉ」


 こんな失敬な奴初めて見たぜ。てか、何だよ最後の。図書室の自習コーナーにいたよな、こういう煩い変な咳するジジイ。


 じいさんは一息つくと、俺の方に再び顔を向けた。その表情には、穏やかな笑みが浮かんでいた。


「さて、話を続けようか」と言いながら、手元の資料をめくる音が部屋に響く。


「君は最近配信を始めた登録者22万人の配信者で、魔物化して綺羅俊介に傷を負わせた。彼は回復しており体調は万全。君自身は魔物化する危険性がある要注意人物とされている」


 まあ……要注意ではあるよな。自分でもそう思う。魔物化したことでの体の異常等々の片鱗を今は感じないが……正直自分が怖い。暴発したら次こそ飲まれんじゃないかと気が気でならない。


 俺の不安を感じ取ったのかじいさんは笑いかける。


「要注意人物と言っても、こちらからできることは注意喚起だけじゃ。そんなに心配しなさんな。それに今回の魔物化……確かに特別なケースではあるが、なにも前例がない訳ではないんじゃ」


「え?そうなんですか?」


 最初の一文で安心し、次の2番目に俺は関心を持った。そんな配信者一人も見た事ないぞ。ニュースでもそんな報道は見た事ない。一度魔物になってからは、それっきりというのが常識だ。


「少しは安心したかな?」と調査官のじいさんは言う。


 俺は答えずにただ頷いた。


 正直ここに来るまで、頭の中は不安と絶望でいっぱいだった。俺はこれからの人生、魔物化する危険性のある人物として扱われ、どこにも雇われることはなく一人でニートとして過ごし、空気のように誰からも気付かれずに生きていくんだろうな……って考えていた。我ながらネガティヴ思考すぎるな。


 俺の頷きを見た爺さんは続ける。


「魔法犯罪対策局の二番隊ダンジョン調査隊員、柊秋法。彼は、八層で君のような魔物化現象から自我を復活させ、魔物の力を使いこなしている。彼含めた二番調査隊は八層の資源調査をしていたが、現在は七層にいるんじゃ。」

「その人なら魔物化を抑える方法分かるんです?」

「うむ」

「その人と連絡とる事ってできますか?」

「いや、それがなあ。結構癖が強くて全然連絡くれないんじゃ。何度もこちらから連絡は送ってはいるんだかねえ」


 俺は思わず呆れてしまった。めちゃくちゃ社会不適合者やんけ。そんな奴を雇うなよ……というか、会ったとしてもそんな奴がアドバイスしてくれるイメージが沸かないんですが……


「メンバーは複数人ですよね。他の調査メンバーから連絡をもらえば……」

「いや、連絡と生命反応バンドの信号が途絶えている。柊以外全員亡くなった」


 お、おわったあああああ。これあれだわ。魔物化抑える方法知りたかったら、七層層まで行かないといけないパターンだ。七層って中級レベルでも半分辿り着けるかつけないかだったよな。これなら再発しないよう祈った方がまだ可能性あるんじゃないか。


「そもそもその人たちは何でこのタイミングで八層に向かったんですか?調査隊ならもっと深層に行けるでしょ」

「うむ。いい質問するなあ。最近魔の濃度は変わらないにも関わらず、八層に限って魔物化現象増加が起こっているんじゃ。その原因を解明するべく、調査隊は向かったという訳じゃ」

「ん?魔の濃度が変わらないのに増加なんてあり得ます?抵抗がない人が過剰の魔を浴びることで魔物化現象が増加するんですよね?」

「うむ。今まではそう思っていた。しかし実際に、魔の濃度は変わっていないのにも関わらず魔物化現象は増加しているんじゃ」

「どういうことです?」


 魔物化現状は魔の濃度ただ一つの影響でなるはずだ。じいさんは「ふむ、おさらいといくか」と髭を触りながら言った。


「そもそも魔法力を出すことで少なからず人間にとって有害な魔が出る。その有害な魔は蓄積しやすい場所に集まる傾向があり、一定時間経過すると移動する。蓄積の結果ダンジョンが形成されるんじゃ」


 ダンジョンの成り立ちは学校で先生が話すから知っている。


「君はまだダンジョン初心者で、魔に対する抵抗がない状態だ。そんな君が超火力の魔法を使ったことで、副産物として発生した過剰な魔を、魔が蓄積しやすい場所であるダンジョンに移動する前に浴びてしまった。だから魔物化してしまったというわけじゃ」


 じいさんは髭を触りながら更に続ける。ずっと触ってるな。お気に入りなのだろうか。


「今回、八層での魔物化現象の増加が確認されたが魔の濃度は変わっていない。もしかしたら、魔の濃度以外にも魔物化を引き起こす要因があるのかもしれないと私たちは踏んでいるんじゃ。君の魔物化の解除にだって説明がつかない。もしかしたらその未知の要因と君が関係しているかもしれないな」


 じいさんは深くため息をつき、真剣な表情で俺に向き直った。彼の目には、何か重い決断を抱えた光が宿っているように見える。


「そこで本題だ。赤井雪弥、君に七層に行ってほしい」

「はい?」

「八層で調査していた柊は現在七層の祠で休憩をしているとエアビジョンから生体確認がとれている。また現状、調査隊は人手不足なんだ。優秀なメンバーはさらに深層に潜っていて、彼らが戻るには時間がかかり間に合わない」


 間に合わない?ってなんだ。俺の心に不安が広がる。


 じいさんの瞳に一瞬の揺らぎが見えた。そして、彼は深く息を吸い込み、重々しい言葉を選びながら話し始める。


「それから、君にどうしても伝えなければならないことがある」


 俺に伝えたいこと?その前置き辞めろ。告白か?告白なのか?悪いが、俺はまだ女性を諦めるつもりはないぞ。ていうかこれ悪い予感しかしねえな。


 じいさんは再び深呼吸し、静かに続けた。


「報告によると、一度魔物化したら、徐々に体に異変が生じるらしい。君も悠長にしていたら命の危険がある」


「!?」


 その言葉が耳に入った瞬間、俺の世界が一瞬にして変わった。まるで時間が止まったかのように、すべてが静止した。胸の奥で心臓が鈍く痛む。魔物化……体に異変……命の危険。これらの言葉が脳内で響き渡り、現実の重さがのしかかる。


 俺はじいさんの目を見つめ返した。その目には、俺の運命を告げる深い悲しみと覚悟が映し出されていた。は、はああああ?タイムリミットあるのかよ。妖精たちが夏を刺激する、生足魅惑のマーメイドがあるのかよ。それホットリミットな!


 つまらない一人漫才をしても脳がクリアにならない俺はじいさんに問う。


「ええ、つまり、行かないと魔物化して死ぬってことですか?」


 じいさんは厳しい目を向けながら頷いた。


「そういうことになる。早急に行動しなければならない」

「あのー、どのくらいで完全に魔物になるんですか?」


 じいさんは苦い顔をしながら首を振った。


「すまない、わからないんじゃ」じいさんの声は深く響き渡り、静かな部屋に緊張感をもたらした。


「調査隊が五層にいる間、柊にその現象が起きてから15日後までの調査隊のレポートがある。14日目には体の大部分が蝕まれ、15日目には完全に克服した模様だと書かれていた。克服についての詳しい情報を求めたが、そこから調査隊の報告はない」


 俺はその言葉に沈黙を保ちながら耳を傾けたが、胸の中で焦りと恐怖が渦巻いていた。


 じいさんは続ける。


「学校に行かなくて良いようこちらで手配しておく。出席日数分はこちらで補填するから心配はいらない」


 おいおい、外堀めっちゃ埋めますやん、この人。


 運よく美女と付き合えて、逃さまいと必死に両親と仲良くなろうと掛け合うモテない男みたいなムーブしてきたな。

 まぁ……どのみちそもそも俺に選択肢はなかった。本当に行くしかないのか……


「明日、君をサポートする調査隊一人を派遣する」


 じいさんは真剣な表情を崩さず、最後に念を押すように言った。「君の安全を最優先に考えている。だが、君自身も覚悟を決めてほしい」


 じいさんの言葉はもう耳に入ってこない。まるで頭の中がブラウン管テレビの砂嵐状態。

 心の中では、もう疲れたという思いが渦巻いていた。

 

 なぜ俺がこんな目に?その問いは、答えのない虚無へと吸い込まれていく。


 俺は深くため息をついた。目の前に広がる不確かな未来……真っ暗闇だ。自分の命運がどこへ向かうのか、全く見えない。


「……マジで死にかけじゃん、俺」と自嘲気味に呟いた。



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