第9話 魔物化×俺×危険

 すぐさま意識を取り戻した。意識が戻ると同時にさっきまでの痛みが急に消え去った。しかし、それよりも不思議なのは視界が共有されていることだ。まるで夢の中にいるような感覚で、俺は自分の体が自動的に動いているのを見守っているだけの状態。ただ状況を把握するだけの冷静さが身に宿っていた。彷徨う霧の中を、自分の存在とは別の視点から見下ろしているような……魂が身体から離れ、周囲を静かに見守っているような不思議な感覚だ。


「なんだこれ」


 コメントから推察するに配信画面の俺の見た目はすっかり魔物になってるようだ。角は曲線的な形状をしており、先端に向かって細く尖り。目は猛禽類のような鋭い視線を思わせる。目は細長く、端が上向きに尖って、角は基部から始まり、外側に向かって螺旋状に捻れている。右腕から始まり左腕も同様に、外皮は固くとても人間ではない。


 綺羅は化け物となった俺を見て悪態をつく。


「どうすんだよ、この化け物!クソ陰キャが!」


「ガアアアアアアアアア」


 魔物は右腕から巨大な黒い大剣を顕現させた。その剣は漆黒の闇を纏い、まるで夜の闇そのものを形にしたかのようだ。闇属性は通常、拘束に特化しているがこの剣はその常識を覆すかのように鋭い殺意を放っている。


「くッ」


 綺羅の視線には、魔物化した俺に対する恐怖が滲んでいる。バイオハザードの体験版が怖すぎて、わずか5分でプレイを断念した俺のようだった。まずいな。このままだと殺しかねない。


 綺羅は土壁で魔物を真正面から殴ろうとした。その瞬間、超スピードで黒い剣を振り抜いた。見事に木っ端微塵だ。


「おい、もうやめろ!」


 俺の叫びに応じて、魔物の動きが一瞬止まった。しかし、それと同時に激痛が走る。


「あがああああああああああ」


 叫び声が喉から溢れ出す。


 体を取り戻そうとすると、激痛でそれを拒否ろうって訳か……俺がうろたえていると、魔物は綺羅に向かってダッシュで駆け寄った。

 

 綺羅は冷静に四つの棒状の土壁を直線的に魔物に向かって攻撃した。魔物は一本目、二本目、三本目を一振りで破壊する。尋常じゃない威力だ……最後の四本目の土壁に対し魔物は尻尾で絡みつき、それを遠心力で一回転し綺羅にとびかかろうとする。


「やめろおおおおおおおお」


 俺の叫び声が闇に響く。同時に激痛が走ったが、これ以上はやばい。俺が激痛で狼狽えている間に死ぬ可能性もある。激痛でも耐えろ。うざいクラスメイトであっても、命は守らなければならない。わずかな可能性でもしがみつけ……


「ガアアアアアアアアアッ」


 化け物は唸り声を上げ、俺に対する抵抗の意思を示した。その巨大な大剣が軽やかに振り回され、綺羅に向かって回転斬りを繰り出した。その一振りによって、空気が切り裂かれる音が響いた。


「クソがッ」


 綺羅は小さく声を上げて倒れた。その声は、弱々しい風のように、空間に広がった。綺羅の体が地面に倒れると同時に、その小さな声もかき消えてしまった。間に合わなかった……しかしまだ諦める訳には……!


「さっさと元に戻しやがれええええええええ」


「ガアアギャアアアッ」


 魔物は錯乱したかのように、空に向かって炎を放ち続けている。その姿はまるで災厄の化身であり、周囲の空気を焦がすような熱さを放っていた。


 俺と化け物が唸り声を上げ続けていたが膠着状態になっている時に、急に変化が訪れた。


「あああああああああっ!ああ?」


 俺の身体から、外皮がすっと霧散した。何かの呪縛から解き放たれるかのような解放感を感じる。


 爪が通常の長さに戻っていく。痛みも徐々に和らぎ、意識が段々と俺のものに戻っていった。息が苦しく、胸が悲鳴を上げる中、周囲の景色がぼやけながらも明確になっていく。魔物の放っていた炎は弱まり、やがて消え去っていった。


「は、はあはあ」


 俺は膝をつき、荒い呼吸を整えながら自分の手を見つめた。青銅色や白色で染まっていた肌が元の色に戻っている。爪も、顔も、すべてが人間のものに戻っていた。肩で息をする俺を見て、凛音が涙目で駆け寄ってきた。なんで凛音がここに?


「雪弥、大丈夫?」


 その声に初めて、彼女のうるんだ瞳を見た気がする。普段は大人びている凛音だが、泣きそうな顔をしている姿は年相応に見えた。


「ああ」


 頭が回らない。呆然と、意味もなく周りを見回すと、遠くから俺達を見ている人がちらほらいる。ふと、コメント欄に速い速度で流れる文字が目に入った。


"魔に近づいて解除とかできるの?"

"いや、初めてみた"

"地上で魔物になるのも初なのに、魔物から人間に戻るのも初じゃね?"

"金髪の男やばくね"

"ヤンキー死んだ?"


 コメントでは魔物化に対して多くの疑問が寄せられているが、シンプルに俺が知りたい。

 最後のコメントのヤンキーは綺羅の事だろう。意識が覚醒する。突然、心臓が強く鼓動を打ち始めた。綺羅の容態が気がかりで仕方がない。恐る恐る、震えながら隣にいる凛音に問いかけた。


「き、綺羅は大丈夫なのか?」

「傷口は意外にも浅いわね。咄嗟に土壁でガードしてたわ。あと、斬る手前で魔物が硬直したのも救いだったわね」

「でも、意識がなさそうだが……」

「ショックで倒れてるだけよ」

「お前が言うなら間違いないな……そっか、良かった……」

「うん」

「あと、救急車は?」

「騒ぎを駆け付けた先生が呼んだわよ」


 安心した俺は一呼吸置き、再びコメントの方を見やった。


"魔物になっててびびった"

"魔物化って戻れるんやな"

"平気なん?"

"女の子かわいすぎ"

"こんなかわいい子でもうんこ滅茶苦茶臭いんだろうな……良き。"


 流れが早すぎて少しのコメントしか目で追えない。大事に至ってないと分かり、安心したのだろうか。綺羅を心配するコメントが思いの外少ない。ちょっと冷たすぎやしませんかねぇ、この人達。


 傷口を見つめると、そこには魔物だった自分がつけた痕跡が鮮やかに浮かび上がっていた。その痕跡は、まごうこと無き俺の暴走の証だ。


「ごめん、綺羅……」


 言葉は静寂の中に消え去り、どうにもできなかったその悔しさが空間を満たしていく。綺羅への謝罪が口を離れると同時に、遠くからサイレンの音が段々と近づいてきた。




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