金創医の役目
「ねぇ、あんた。ねぇ、起きて」
おれが女の声にたたき起こされたのは、すでに月明かりが照らす、闇夜になったころだった。寝ぼけ
「なんだよ。いい気分で眠っていたのに」
「あんた、お医者様の連れと聞いたけど、ほんとなの?」
いぶかしげな女に、おれは「あー、そうそう」とあいづちを打った。
「起こしてごめんなさいね。あたしは梅野というの。あたしの妹がお産をしているのだけど、みてくれないかしら」
「取り上げババはそばにいないのかい」
「隣村の
中條様が出産や赤子の医術にくわしいとは到底思えなかった。しかし、目の前で
「わかったよ。おれは旅籠にもぐりこんで、お医者様を連れてくるさ」
おれは梅野といっしょに着物についたわらを取ると、表に出て、
「なにをしているのだ」
聞きなれた声に、視線を上げると、目と鼻の先に中條様が立っていた。さっきぶつかったのは、中條様の胸板のようだ。
「中條様こそ」
「私は薬の材料になる貝殻を探しに行こうとしていたのだ。……そなたのほうこそ、馬小屋で眠るのではなかったか」
おれはなにも言わずに、ひとまず中條様の腕をつかみ、外へと引っ張った。旅籠の外では、梅野が心配そうに立っていた。しかし、中條様をみると、安心したように眉を寄せる。
「お医者様、あたしの妹がお産をしていて、取り上げババがそばにいないのです。一目みていただけませんか」
中條様はおれをにらみつけると、梅野に向き合った。
「申し訳ないが、私は戦傷を治す医術しか知らぬ。赤子は見たことがない。行ったところで役に立つとは思えぬ」
「よいのです。見てくだされば。一目見ればなにかできることがあるかもしれません」
梅野は一歩も引こうとはしない。中條様はあからさまに嫌そうな顔をした。
「中條様、行ってみましょう。きっとできることがあるはずです」
行きたくなさそうな中條様を無視して、「産小屋の場所はどこ?」と梅野にたずねた。梅野はおれの手を引くと、産小屋に引っ張っていく。おれがつかんだ中條様の手首は若干の反発はありつつも、振りほどかれることなくついてきた。大丈夫、きっと何とかしてくれるはずだ。
産小屋は浜辺のそばに建っていた。月明りと共に、行灯がともされ、小屋の中をほんのりと照らす。中をのぞくと、息も絶え絶えの少女が今まさに、赤ん坊を産んだところであった。
「多江っ!まだしばらく産まれないと取り上げババは言っていたのに」
驚きを隠せない梅野が妹の多江に
赤ん坊の声が聞こえない。大きく
おれは、後ろに立つ中條様を見た。
「中條様、赤様が――」
「この者たちは戦で傷を負ったわけでもない。私が手助けする義理もない」
おれの言葉に被せるようにして、中條様の冷ややかな声がひびく。おれは、ほおが熱くなるのを感じた。
「あんたってやつは!」
おれは土間から駆け上がる。突然男の成りをした者が上がってきて驚いたのか、ぼんやりしていた少女の顔が引きつった。
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