南無阿弥陀仏

 次に起きたのは翌日の昼ごろである。半分以上減っていた兵たちは数人ばかり残っているのみだ。相変わらず、中條様は書物を読んでいる。手当てしていた他の医者の姿は見られない。


 「ここにいた兵たちは、郷に帰れたんだろうか」


 おれのつぶやきに、中條様は書物から目を離さず、「そんなわけなかろう」と返答した。


「歩ける者は帰した。しかし、郷は方々ほうぼうだ。そもそも、この場で息絶える者も多い」

「息絶えるのならば、なぜ救うのです」

「戦で負った傷を治すのが、金創医の役割だからだ」

「ではなぜ、中條様は金創医になったのです」


 『血はけがれ』とはるか昔から言われている。出産のときも、月のものが来るときも、女子はみな、小屋で過ごす。おれはまだ月のものが来ていないから、男子だとあざむけるが、月のものが来れば、難しくなるだろう。


 キンソウイという言葉をおれは知らなかった。しかし、血に触れ、傷を治す医者がいることは、風のうわさで聞いたことがある。薬で治す医者とは違い、技を磨くため、戦場におもむき、生きている者の傷を塞いでいくのだそうだ。他人のけがれをまとうから、あまり好かれていないとも。


「それぞれ、金創医になろうと思った理由は持っている。だが、それは会ったばかりの小娘に言う必要もない」


 中條殿は小娘と言ったのを、おれは聞き逃さなかった。


「なにを驚いているのだ。そなたの矢傷を治したのは私だ。男子と女子の体の区別がつかぬ医者など、見習いでもおらぬわ」

「じゃあどうして」

男子おのこであろうと女子おなごであろうと、戦で傷を負った者には変わりないからな」


 背中の手当てをした際に解かれたさらしは、畳まれ、着物の後ろ身頃に縫いとめられていた。

 中條様は意外と優しいお方なのかもしれないな。そんなことを思いながら、おれは布団に突っ伏した。


「中條様、昨日いらした他の方はお仲間ですか?」

「あぁ」

「今日はいらっしゃらないのです?」

「京に帰られた。残った者たちの予後を見るのは、下っ端の役目だからな」


 彼は書物から目を離すことはない。こんなことで本当に状況把握ができているのか?と思ってしまう。


 あと七日間もこの場にいるのは、とてつもなくしんどい。早く治したら、早く郷に帰れるってことか。中條様は“傷が治ったら”と言っていた。それならば、気合でなんとかできるかもしれない。幼いころからおれは、怪我の治りが早かったのだ。


 そんなこんなで毎日念じながら、食っては寝て、食っては寝てを繰り返して入れば、見る見るうちに元気になっていった。起き上ることも楽にできるようになり、柱を使っていれば、立ち上がることもできる。中條様の小言はうるさかったが、傷が開く程の無茶をしなければ、なにも言われなくなった。しかし、歩くまでには時間がかかり、思った以上に治るのに時間がかかった。


 その間にも、横たわっていた兵たちは目を覚まして帰路につく者もいれば、その場で冷たくなった者もいた。


 初陣の時、おれは戦が始まって早々、味方の城へ文を届けに行ったので、すぐに戦線を離脱した。今回はどうだ。頭が真っ白になって切り付けた、敵の肉を裂く感触を思い出しては、何度も吐き気を催した。


 永遠の眠りについて者たちには味方もいれば敵方もいた。冷たくなった敵方の兵を見ては、おれが切り付けた者かもしれないと、心がむしばまれた。冷たくなったむくろを前にして、自然に「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」とくちびるからつむがれる。しかし、おれが救いたいのは、亡くなった者の魂か、それともおれ自身の心なのか……。

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