叱咤激励
馬と馬の間から、
騎馬が前に進み始めた。砦への入場はいつも胸がざわめく。違う土地の者と関わる機会が多いから、いつもだれかしらから絡まれるし、そばでケンカが起きることもある。戦前はみんな神経がいきり立っているんだ。
馬に乗っていたお偉方は屋敷の方に進んでいく。おれたち歩兵は
馬の姿が見えなくなると、後ろでどさりと音がした。振り向くと案の定、ひざをついたり、
歩兵の頭には、黒光りした
おれのふくらはぎには、硬いすね当ての代わりに、柔らかく頑丈な動物の皮でできた、早馬用のすね当てを巻いている。みなと同じような硬いすね当てをしたまま、走るのは厳しい。それでも、足は鈍いだるさをまとっていた。おれは縁側に腰を下ろすと、すね当ての上から、やや張りかけたふくらはぎを優しく揉んだ。
しばらく経ったころだろうか、「よう」と図太い声が後ろからひびく。後ろを振り向かなくても、だれが話しかけているかくらいは、容易にわかる。同じ村に住む矢次郎だ。がっしりとした体つきで、若者の中では一番の力持ちである。
「今回も参加しているのか、矢次郎」
おれはぶっきらぼうにたずねた。互いの
「こんな大戦、参加しない手があらすか。大戦には何度も出て、手柄を立てて、おっかあたちを楽させてやりてえと思うもんだに」
矢次郎はおれの許しも得ずに、どかりと隣に腰かける。歩兵の中でも少しだけ上等な鎧が音を立てて重なり合った。
「おやじさんは、元気か?」
「ああ」
「
「そうだな」
「そんであれば、そろそろ腰を落ち着けたほうがいいんでないか」
特に話すこともないので、
「だれかと縁を結ぶより、おれは走っていたいから」
握り飯が配られていることを目の端にとらえ、おれは立ち上がった。握り飯は湯気が出ているほどに熱々で、塩のしょっぱさが疲れた体にしみわたる。これぞ、まさしく生き返るようだ。
二、三個握り飯をほおばると、体のすみずみまで力がみなぎってくるのを感じた。井戸に寄って、腰にぶらさげたひょうたんに水をくむ。
一口、二口と水を飲みほしたころ、ぶおう、ぶおう、ぶおうと、ほら貝の音が周囲にひびきわたった。
出陣の時間だ。
おれは、周りの者たちと一緒に、庭先で殿様方の登場を待った。馬のひづめの音が軽快に聞こえてくる。太陽の光に照らされて、きらめく
二人の大殿様の後ろで、比良の若殿様が、存在を消して立っている。この軍を率いているのは、井関の殿様と千秋の殿様なので、お二人を立てていらっしゃるのだろう。かっぷくの良い温厚な男が井関の殿様で、その隣に立っている若武者が千秋の殿様に違いない。
井関の殿様が口を開いた。
「みなの者! 我らが主君、
重く鳴りひびいた
「「「えい、えい、おう」」」
うなる声が空気をふるわせた。全身に血がわきたち、今すぐにでも戦場に出たくなってしまう。
「それぞれ持ち場につけ。出発するぞ!」
すべての兵が持ち場へと動き出す。ここからは、いつ敵兵と出会うかわからない。
「比良の兵らはどこにいる」
すずやかな声が背後から聞こえた。近くにいた兵が、声の主を見て頭を下げる。おれはとっさに声の主がだれかをさとり、ふりむいて頭を下げた。
「みなの者、頭を上げてくれ」
命令に従い、頭を上げれば、りりしい若武者が馬の上から、おれたちを見下ろしていた。
比良の若殿様だ。
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