第2話 隣の席の女子は惚気けてくる。
夏休みも終わり、新学期が始まった。
長い長い夏休みが終わったからと言って、めちゃくちゃ日焼けしている男子も居なければ、イメチェンする女子も居ない。
いつも通りの学校生活が始まろうとしていた。
あの祭り以降、美緒とは連絡を取っていない。
美緒の意思を受け取ったら、いつもの幼馴染を続けなくてはならないというのは分かっている。けれど、俺はもう美緒と真正面から堂々と話せることなんてないだろう。
もちろん気まずいというのもあるが、単純に彼氏がいる女子に話しに行こうとは思わない。
「――おはよ」
隣の席にカバンを吊り、気分が良さそうに挨拶をしてくるのは
まぁその会話の内容の殆どがこいつの惚気……というか、こいつの好きな人の話しなんだけれどさ。
「おはよ」
多分今回も笑顔なのは、好きな人が関わっているからだろう。
ついこの前振られた身からするとウザイの一言に尽きるが、他人事を押し付けるほど俺はひどいやつではない。
別に笑顔を見るのも嫌いじゃないし、今回も適当に聞き流そう。
「今朝ね?一緒に来た」
「おぉそうか。どうだった?」
「もう好きが堪能できたね。匂いだとか身長だとか立ち姿だとか顔だとか優しさだとか――」
「――分かった。好きなことは分かったからもういい」
「全部言わせてよ」
「1時間あっても足りんだろ」
「当たり前じゃん」
こちらに椅子を向けて腰を下ろす藍沢はプクッと不満げに頬をふくらませる。
背中まで伸びた茶色の髪と、小顔も相まってか普通に可愛い。絶対に口にはしないが可愛いことだけは認めている。
「あ、そういえばこの前お祭りあったじゃん?」
「あーうん。あったな」
「なんか歯切れ悪くない……?」
祭りは振られた日だからあんまり話す気力が起きないのだが――といっても振られたなんて言えるわけもないしなぁ……。
「気のせい。んでそれがどうした?」
ふいっと視線を窓の外へと向けた俺に対し、藍沢は顰蹙を向けてくる。
けれど詮索することなく、口を開いた途端言葉が柔らかくなった。
「一緒に花火見たんだ〜」
「そっすか」
「え、冷たくない?なんかもっと反応とかないの?」
柔らかくなったと思えばキリッとした口調になり、後頭部に視線がズシズシと突き刺さるのを感じる。
「どんな反応がほしいんだよ。『うわぁ!よかったねぇ!』とかほしいのか?」
わざとらしく両手を叩き、キラキラさせた眼差しを藍沢に向けて言うが、返ってくるのは冷めた目付きのみ。
「気持ち悪っ」
「うっせーな。まず人の惚気にいちいち反応してられっか」
「
「善田くんでも人の惚気には反応しません」
「ダメな男。私の好きな人を見習ってほしいよ」
「誰だかしらねーのに無理だろ」
そう。俺は今日まで散々こいつの惚気を聞いてきたが、その好きな人を知らないのだ。
最初の文字も知らなければ、頭文字すらもわからん。まずこの学校にいるのかもわからんし、この世界にいるのかもわからない男の惚気を聞かされているのだ。
それを踏まえて、こいつの惚気に反応できるわけがない。
「誰だか知らないなら、今日知ることになるでしょう!」
「……?今日?」
自信満々に言う藍沢に首を傾げながら問いかけると、元からある胸を更に強調してくるように大きく頷く。が、本当に頷くだけで口は開いてこない。
更に首を傾げる俺は自信に満ちた笑みを浮かべる藍沢に問いかける。
「今日なにかするのか?」
「秘密〜」
「……だっるいなおまえ」
表情一つ変えることなく簡単に人をイラつかせてくるこいつに、デコピンを一発御見舞する。
「いでっ」という情けない声を上げておでこを押さえ、上目遣いにこちらを見てくるが、心配のしの字もない。
「レディーに暴力なんてひどい……!」
「知らね」
「うわっ。これだから善田は」
「はいはいこれだから俺はですよ」
シッシッと追い払うように手を仰ぎ、また窓の外に視線を向ける。
「私の幸せな姿を見て後悔しても知らないんだからね!」
「しねーよ」
「どうだかっ!」
フンッと鼻を鳴らしてそっぽを向いたのか、これ以上話しかけることはなく、1時間目の始まりを告げるチャイムだけが耳に残った。
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