告白をして振られた者同士、お互いの傷を舐め合うのかと思っていたが、やっぱり幼馴染のことが忘れられなくてハンカチを噛みしめる。

せにな

第1話 告白

 8月も終わりが近づき、しっとりとした夜風が肌に当たるのを感じながら、俺は鳥居の下の階段で幼馴染と一緒に花火を見ていた。

 ただ無言で、夜空に広がる火花よりも、今は何よりも彼女のことを見つめたい。


 空気を肺に溜め、再度幼馴染に横目を向ける。

 変わらず瞳を輝かせながら花火に熱中する彼女は何よりも綺麗。

 ショートボブがハーフアップにされ、夜風によって結ばれた黒髪が揺れる。その度に彼女の甘い香りが鼻下を撫でていく。


 膝の前にある巾着入りかごバッグを大事そうに両手で握り、子供っぽさも想像させる彼女は、こちらの視線になんて気が付かない。

 おばあちゃんに仕立てられた花柄の赤い着物はその子供っぽさを隠すような、凛とした姿が目に映る。


 横目に見ていたつもりが、いつの間にかまじまじと見ていることに気がついた俺は慌てて花火に照準を合わせる。

 幸いなことに花火に集中していた幼馴染はこちらに気がつくことはない。


 肺いっぱいに溜めた空気をスルスルと、神経を整えるように細く吐き出す。隣には聞こえないように。

 そうして吐いた空気を少し吸い、花火が散ったタイミングを見計らって、今度は堂々と彼女の顔に視線を下ろした。


美緒みお。聞いてほしいことがあるんだけど、いい?」

「ん?どうしたの?」


 コテッと小首をかしげ、仕草も声も可愛い彼女に思わず魅入ってしまいそうになるが、グッとこらえて硬い唇を動かす。


「美緒のことが好きだ。付き合ってほしい」


 小学校の頃から好きだった幼馴染への告白。この関係が崩れてしまうと考えたらこの上なく嫌だ。

 けれど、それ以上に初恋を何もせずに終わらせたくなかった。

 だから祭りの日に美緒を誘い、告白すると決めたのだ。


 相変わらず小首をかしげる美緒は一瞬呆けたような表情を浮かべた。

 きっと、思考が追いついていないのだろう。なんやかんや幼稚園の頃からずっと一緒に居たやつからの告白。

 最近では少なくなったが、よく家に泊まりくることもあったし、遊びに行くこともあった。

 例え幼馴染であっても、振られる理由がない。


 瞬間、美緒の表情には苦笑――俺を傷つけないための笑顔――を浮かべた。

 告白した立場からすると、あたかも馬鹿にしているような笑顔に、俺は冷や汗をかいた。


「えっと……ごめん。私、もう付き合ってるんだ」

「付き合……え?付き合ってる?」


 話してなくてごめん、という言葉が耳を通っていくのが分かる。

 俺なら話さなくても大丈夫だろうと彼女は思っていたのだろうか。俺の好意に気が付かず、いつもうちに泊まっていたのだろうか。

 ……いや、最近は泊まっていなかった。ということは彼氏の家に泊まっていたという――


「あ、そろそろ行かなくちゃ」


 考え込み、思わず黙り込んでいた俺をよそに、巾着袋からスマホを取り出した美緒は液晶版を見ながら立ち上がる。

 慌てて顔を上げ、止めようと口を開こうとするが、すぐに察してしまった。


「――彼氏?」

「うん。フィナーレは一緒に見ようねって約束してたんだ」


 先ほどまでのあざ笑うかのような微笑みが嘘かのように、美緒の表情は柔らかく、誰が見ても幸せそうだなと口にするような笑みがそこにはあった。

 純粋で、楽しみで、嬉しいという感情が伝わってくる。

 これは幼馴染だから分かる。長年一緒に居たから、美緒がどんな顔をしている時はどんな感情を持っているのかが分かる。


「そっか。いってらっしゃい」


 まるでさっきの告白がなかったかのような会話。

 美緒には気まずさの一つもなく『これまでの関係を保っていこうね』という意思すら感じる。


「うん!いってきまーす」


 まるで家から学校に行くような、元気の良い返事は深く俺の心を抉る。


 今、俺はどんな顔をしているのだろうか。苦笑を浮かべているのだろうか。それともスッキリした笑顔を浮かべているのだろうか。


 潔く背中を向けて、鳥居をくぐっていく美緒に小さく手を振る。

 本当に俺の告白がなかったかのような、そんな感じがする。

 そこまであっさりしていると、俺まで感覚がおかしくなる。


 ドンッドンッといつの間にかまた上がり始めた花火は、たった今の状況を振り返らせる。


 花火職人のように何年も下積みを頑張り、だけど打ち上げた時はあっという間。模様付き花火のように、成功すれば花火職人は達成感に満ち溢れるが、綺麗に見えなかった時は達成感があまりない。それどころか悔しい思いをするだろう。


 その花火はもちろん一発勝負。この告白も一発勝負。来年も頑張ればいいとは意味が違う。

 だから、俺はあんなあっさり終わらせられたことがひどく悔しい。


 今日のために母親に仕立ててもらった着物に水滴が落ちるのが分かる。

 止めようにも止められないほど瞼から溢れる雫は何度も着物を打ち付ける。

 俺の恋は終わったのだ。

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