後編-5-
そこは真っ暗な空間だった。深い、深い泥の中を泳いでいる感覚で、一つ、一つの挙動が億劫で、ねっとりとした粘りのある黒い泥が身体に纏わり付く。
苦しい。
その泥が鼻に、口に入ってきているのだろうか。呼吸が上手くできない。苦しい、苦しい、早くここから出ないと。漆黒に近い闇の中ではどちらが天地なのかは不明だが、それでも動かなければ状況の打破はできない、と思い、闇雲に体を動かす。しかし――
動かない。
体が固定されてしまったかのように、俺は上にも下にも左右にも行けずにいた。何故、動けない? どうしたら動ける? 苦しい、苦しい。そのときだ。
自分の首に何かがまとわりついているのがわかった。それが俺の首を絞めているから苦しいんだ。振り解かないと危ない、と思い、自分の両手を首に持ってくる。確かに、何か触れた。それを掴む。掴むとその形状から、それが何かわかった。誰かの手だ。誰かの手が俺の首を絞めている。そして、俺が今掴んだのは腕だ。誰かが俺の前に立ち、俺の首を絞めている。俺はその腕を引き剥がそうとするが、微動だにしない。それどころか、相手の絞める力は強くなる一方だ。
相手の爪が皮膚に食い込んだ。あぁ、皮膚が破れた。きっと血が出てる。痛い、痛い、苦しい。
「ごぉぉぉ。ごぉぉぉ」
俺は助けを求めるように、相手を糾弾するように叫んだが、上手く言葉には出来ず、濁った音を吐き出し続けていた。
「うるさいよ、黙れ」
誰かの声が聞こえた。だけど、その声には聞き覚えがある。だって、今のは……そのとき、暗闇に目が慣れたのか、それとも、全く違う要因なのかはわからない。それでも、見えた。今、俺の首を絞めている存在が。
それは間違いなく俺だった。さっきの声も俺の声だった。今、首を絞めているのは俺だ。
「もう充分だろ? 返してもらうよ、僕の存在」
その言葉を聞き、意味が理解出来ないでいると、視界が暗転した。すぅ、と吸い込まれるように目の前が暗くなる。
そして、闇が晴れた。
どさり、どさり、と何かが俺の上に乗せられていく。いや、もうそんな遠回しな言い方は止めよう。わかっている。ここは御久良山――と自分が設定した場所だ。そこに穴を掘り、俺は埋められているのだ。
そして、姿は見えないが埋めているのもきっと――俺だ。
不定期に、だが、確実に俺の体には土が覆い被さっていく。最初は心地よく思えた重みも次第に辛く、苦しいものになっていく。
あぁ、アイツはどうやって出たのだろうか?
あぁ、俺はもう二度と出られないのだろうか?
上から振ってくる土は当初見えていた光を完全に防いでしまった。
きっともう二度と見つからない。
きっともう二度と光は当たらない。
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