前編-9-
「……夢のような時間だったな」
ホテルの一室に備え付けられたベッドに大の字になって、天井にくっついているシーリングライトに向かって呟く。
受賞式は滞りなく進行し、俺を含む受賞者の表彰や今回の賞の総評などが行われた。また出版社の偉い方々も参列していたらしく、受賞式のあとの立食パーティーではその偉い方々にもたくさん話しかけられた。俺はそのような人々に疎いので緊張などはしなかったが、隣にいてくれた担当者は相当気疲れしているようだった。
それよりも嬉しかったのは、佳作とはいえ多くの方々に自分の作品の感想、評価、改善点などが聞けたことだ。
「面白かったよ、キミの作品」
「あの展開をもう少し工夫して……」
「あの描写は素晴らしかった」
金賞や銀賞の作家に比べると劣るが、それでもたくさん声をかけてもらった。上手く返せなかったが、それでも自分の思っていることや考えていることを親身なって聞いてもらえたのだ。このような素晴らしい方々が選考しているのだ、賞レースというのは厳選な基準で選考が行われているのだ、と実感した。
そして、立食パーティーが終わると夢見心地のまま出版社が用意してくれたホテルで一泊することになっていた。これは翌日、受賞者達は出版社にて担当者と今後について打ち合わせを行うからだった。
『受賞式終わりました。素晴らしい経験をさせてもらいました』
ベッドに横になったままSNSにそう投稿して、俺はまた大の字になってスマホを手放した。
出版社が用意してくれたのはビジネスホテルで、広さはよくあるシングルタイプだった。だけど、高級感のある雰囲気でお値段も格安ではなさそうだ。テレビ、無線LAN、ユニットバス、と一般的な設備は揃っているので一泊するだけなら不満はなかった。まぁ、費用も出版社持ちなので不満を言う方がおかしいのだが。
しばらくはほどよい疲労感に身を任せ、だらりとベッドの上で過ごしていたが、五分後には着ているものを脱ぎ、シャワーへ。汗と疲れを流し終えると部屋着に着替えて、小型の冷蔵庫にあらかじめ冷やしておいたペットボトルの水を数口飲んで、テーブルに置いた。脱ぎ散らかしたスーツをクローゼットに吊るし、置いてあったシワ取り用のミストを数回振りかける。ズボンプレッサーも置いてあったが、そこまではしなくてもいいか、と自ら提示した妥協を自ら受け入れる。
「さて、と」
自分自身が覚悟を決めるまでの時間稼ぎを終えると、俺はベッドに転がっているスマホを見た。先程から通知ランプが点滅していることは視界に入っていたが見て見ぬ振りをしていた。だけど、向き合わないといけない。その為にこれまで派手に振る舞ってきたんだ。
俺はスマホを確認した。
『見ました! おめでとうございます!』
『マコトさんのご尊顔、拝見しましたー。カッコ良かったです!』
『ちょっと緊張してました?』
『ずっと応援していたので、感動して少し泣いちゃいました』
『小説家としての偉大な一歩目だ!』
コメントは多数届いていた。そのほとんどが俺の小説家としての門出を祝うものだった。それを読み進める度に――俺は次のコメントを見るのが怖かった。
本当に夢のような時間だった。
憧れていた世界に足を踏み入れた。
ずっと、ずっと物語を書き続けてきた努力が報われた。
諦めそうな日々を乗り越えてきた。
無関心に心がくじけそうにもなった。
それに耐えて、踏ん張って、物語を書き続けて――ようやくここまで来たのに。
「ふぅぅ、ふぐぅぅ……うぅ……」
俺は涙を流しながらコメントを見た。多数のお祝いコメントに対する感動の涙ではなく、怨恨による怒りに近い感情が暴走している。
アイが本当にこのタイミングで俺に対して秘密の暴露やそれによる脅しを行おうとしているなら間違いなく完璧なタイミングだ。完璧すぎる。それをされたら俺は本当に絶望を味わう、と自信を持って言える。何でそんなことが出来るんだ? 性格が醜悪すぎる。
「……許さない、許さないぞ。俺は小説家になるんだ、絶対に」
殺してやる。俺の中でドス黒く、力強い誓いが生まれる。
「殺してやる」
次のコメントを見る。
「殺してやる」
次のコメントを見る。
「殺してやる」
次のコメントを見る。
「殺してやる」
次のコメントを見る。
「殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやるから出てこい!」
俺はスマホの画面に向かって叫んだ。
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