前編-6-

『スーツ新調しました! これを着て受賞式に挑みます!』


 SNSにその投稿をすると腰掛けたベッドにスマホを放り投げた。そして、天井を仰ぎ見て大きく息を吐く。とりあえずは出来ることはした。あとは待つしかできないが、それがもどかしく苦痛を伴う作業だった。スマホを持っていると数秒ごとに確認して気が狂いそうになるので放置してリビングへ移動する。物理的に距離を取ることは、今俺に出来る有効な手段だった。

 リビングで寛ぐ振りをすると、テレビをつけてチャンネルをザッピングする。休職中、昼過ぎのワイドショーと夜のニュース可能な限り確認していた。


「本日、御久良山で身元不明の死体が見つかりました」


 アナウンサーが冷静に、しかし、その起きた事件の重要さを伝えるように真剣な目、強張った表情でそう言って、続けて詳細を――そんな映像が流れないかをチェックしている。実際はそのようなものが出てこないことに安堵……いや、更なる不安を煽られつつ過ごすのが日課となっていた。

 そして、今日もそのような情報は放送されない。さらに、そのあとの行動も決まっている。

趣味部屋に行き、パソコンを起動し、ネットサーフィンだ。

 最近あった殺人事件のニュースを片っ端から検索する。御久良山周辺の情報も。既に何回も見たものもあるが、それももう一度見る。五回以上見たものはさすがに既視感があるので読み飛ばすが、それでもそんなことをしていると夜になっている。空腹で手が止まるのがまだ自分は健全だと思えた。以前は、飲まず食わず、そして、寝ずで倒れることも多かった。


「ひとまず飯だ」


 趣味部屋を離れて、リビングへ。電気ケトルに水道水を入れて、セットし、お湯を沸かす。何かを作る気にはならないのでカップラーメンを用意する。空腹を満たせれば、それでいい。お湯が沸くまでに冷蔵庫から野菜ジュースを取り出して、コップに注ぐ。健康の為の無駄なあがきに自嘲する。


「三分、か。スマホは……ベッドだ」


 カップラーメンの待ち時間を計る為に、スマホを取りに寝室へ。そこでは主の代わりにベッドの上で眠っているスマホが置いてあった。それに手を伸ばし――


「あ……」


 スマホに手を触れる瞬間に、通知ランプが点滅した。まるで警告されたかのように、伸ばしていた手が止まる。


「まさか……届いたのか……」


 アイからのダイレクトメール。もしかして――俺はスマホを手に取って、通知を確認する。数時間も放置されていたので、かなり溜まっていた。


 メルマガ――スワイプで削除。

 ニュース――スワイプで削除。

 スワイプで削除。

 スワイプで削除。

 スワイプで削除。

 スワイプで削除。

 スワイプで削除。


「ダイレクトメール、ダイレクトメール……あった!」


 通知の中で、SNSのダイレクトメールを見つけた。俺はそれをタップし、画面に開く。

届いたダイレクトメールは――


『マコトさん、いきなりのメール失礼します。最近、受賞したと拝見しました。私、動画サイトにて小説の紹介をしているのですが、よろしければ今度、是非コラボを――』


 自分の中に確実に存在していた焦り、不安、興奮――それらが生み出していた熱が失っていくのがわかる。送信してきた相手のアイコンをタップするとプロフィールのページに移動したが、これまで一切関わりがない上に無名の動画配信者だった。そこまで確認すると再び、俺の中に熱が生まれる。その源泉は間違いなく怒りだった。


「クソみたいなダイレクトメール送ってきてんじゃねぇよ!」


 スマホをベッドに投げつける。軽く弾んで、表示画面を隠すように着地した。まるでふて腐れてうつ伏せになって寝ているようだ。スマホからすれば表示しろと言われたから表示したのにこのような扱いを受けるなんて理不尽極まりない。

 リビングの方からカチリ、と音がしてお湯が沸いたことを知らせてくれた。俺の熱はまだ冷めないが、あちらの熱はどんどん冷めていくだろう。

 俺は舌打ちをすると自ら放り投げたスマホを拾い上げて、リビングへと戻る。きっとこんな感情を抱えたままじゃ飯なんて不味いとわかっていながら。

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